私の闇
まずは、のホラーですが、初めての挑戦なので、ホラーになったのかどうか……。
そして、「起承転転」というのがちょっとうまくいったかどうか……。
よろしくお願いいたします。
一人きりになると、つい考えてしまう。
太陽の光を見て、その影を見て、思いを巡らしてしまう。
闇は怖い、と。
でも、どうしてだろう?
誰だって、闇が好きって人は少ないとは思う。 けど、私ははっきりと感じる。
闇は怖い。
普通より霊感とかが強いからかもしれない。いえ、単に霊感が強いってだけじゃない、それは生まれつきもあるだろうけど、そう言う修行も受けているから。
だから、本当は闇が怖いなんて言ったら笑われる。 いえ、怒られるだろうか?
これでも、何代も続く陰陽師の家系を継ぐものだし、幼い頃からそう言ったことへの対処の仕方はいやと言うほど学んだし、実践の経験だってある。そして、私の周囲には、むしろ、そう言ったことを日常の生業としている人たちだっている。
闇との対峙は、ある意味日常の一幕に過ぎない。
私自身も闇と対峙し、その中から飛び出してきた化け物を滅し、封印したことがある。
だから、普通に出くわす程度の暗闇、その中に潜む化け物を怖い、とは感じない。
闇に潜んでいるうちは、その正体が判らず戸惑うことはある。けど、一度その正体が見えてしまえば、化け物そのものと対峙すれば、それはもう現実として対処できる。
まぁ、たまに私一人の力では足りなくて、何人かで一緒で対処することはある。
けど、とにかく、化け物ならば対処の仕方はわかるし、怖さも理解できる。
それでも、闇は怖い。
どうしてって、闇そのものを引きずり出すことも、明るみに晒すこともできない。
闇は、闇。 それは永遠に正体が判らないから。
そして、この世界から闇を消すことはできない。
どんなに明るい光でも、照らしたものの影に闇が生まれる。
そして、光が明るければ明るいほど、闇も濃くなる。
そんなに闇を怖がるなんて、何か理由があるのか? って聞かれるかもしれない。でも、理由は無い。それでも、ただ感じる。闇が、闇そのものが怖い、と。
どうしてか判らない、だからなお怖い。
つまり、単なる根拠の無い不安なのだろうか?
理性ではそう考えるべきと思っている。
それでも、心の奥底から湧き上がる怖れを押さえることができない。
なぜだろう……。
まぁ、そんな思いに囚われることはあったけど、現実の使命を果たすことは忘れはしない。
「滅せよ!」
その言葉と共に、捕らえた妖怪に向け、より一層の気力を込めて止めの一撃を繰り出した。
霊的な攻撃なので、その攻撃自体が見える訳ではないけれど、どの様なものであれ、不自然なエネルギーの奔流は周囲の空気を震わせてしまうので、結果的に攻撃の行方が見えてしまう。
もちろん、私の放った攻撃は、目標を違えることなく妖怪に命中し、一気に、その存在自体を抹消した。有り余った攻撃の余波が、突風となって周囲の木々の葉を揺らした。
「やった……。 よね?」
慎重に周囲の気配を探り、妖怪の存在が消えていることを確認した。
化け物。 妖怪。 怪異。 妖。 そんな風に呼ばれるモノたちと密かに戦い、人知れず滅してしまうことで、その存在を噂にとどめる。
それが私たちの負った使命だった。
世間では妖怪とかは真実の存在としては信じられていないけど、それは私たちの負った使命が果たされている証拠であり、本当のところ、確かに実在する存在だ。
そして、妖怪が単なる噂にとどまっているので、私たちの存在っていうのもやはりまた噂に過ぎないものとなっている。
つまり、存在が正しく認識されていないこの状態こそが、正しく存在している証拠。
なんだか、言葉にすると不思議な感じだけど、それが私たち。
まぁ、多くの場合、男性は神主、女性は巫女、として世間に認識されている。けど、その真の姿というのは世間には知られていない。 とはいえ、やはり噂のレベルではその存在が語られることはあるけれど、誰もが本気で信じてはいないと思う。
特に、この現代においては、技術者は現実の存在だけど、陰陽師は架空の存在だ。
でも、現実に、私たちはその陰陽師とも呼ばれる退魔師の一族だ。
「大丈夫か?」
「あ。 お兄ちゃん……」
気が付くと、兄がそばに立っていた。
「うん、大丈夫よ。 このくらいの相手なら、問題ないわ」
「まぁ、そうだろうな。 でも、最近は……」
「ちょっと多すぎる?」
「あぁ、 レベルとしては他愛も無い、というのがほとんどだけど、ここ数ヶ月の頻度はちょっと異常だと思うな」
「それに、ここ、仮にも神社だし、鎮守の森の中なのにね……」
「うちの御神木、やっぱ弱ってるのかな……。 早くなんとかしないと……」
そんなことを話しながら、けど、私には別のことが気になっていた。
最近増えているのは、確かに他愛も無い化け物の出現。 でも、そのほとんどが私の居る所に出現していることだった。 兄に、そのことを相談したとき、兄の顔に浮かんだ表情。
心配している、というのとは別の、戸惑いの表情があったと思う。
私には何か特別な事情があるのだろうか?
こういうのは何だけど、退魔の力として、私の能力は兄の能力を遥かに超えるものがある。
けど、最近の化け物たちは、そもそも襲ってくる、という感じがしない。
そして、何故かは分からないが、私に滅せられることが「不本意」だと考えている感じがしていた。奴らにとって、そもそも滅せられることが不本意には違いないだろうけど、その様なこととは少し違う、そう感じられた。
そして、そう感じてしまう、奴らの考えを感じてしまった様なことにも私は怯えていた。
なぜ、奴らの考えを感じることができるのか?
陰陽師の中で、そんなことは聞いたことがない。
私にとっては、その妙な感じはそれなりに重要だったけど、より重要なことは、うちの神社の御神木が、どうもその霊力が、神通力というか、周囲を浄化する力が弱っているのではないか、そんな兆候が最近目立ち始めているってことだった。
それは心配の種と同時に、その対策、御神木の力の復活が当面の最重要課題でもあった。
そして、それは私たちの家族だけの問題ではなく、この地域全体の問題でもあり、最近は毎週のように、この地域の主だった神主が集まり、対策を話し合っていた。
そう言えば、今日も確か会合があったはず。
「何か方法があるの?」
何の気なしに、兄に問いかけたけど、それが難しい問題であり、簡単にどうにかできる訳じゃないことは十分に理解していた。
「方法は、無い訳じゃないけど、ちょっと問題があって、実現は難しいんだ……」
問題って何なんだろう? その口ぶりは、何かを隠している様だったし、兄の顔には深刻な困惑の表情が浮かんでいた。
兄は、既に正式に神主にもなっていたし、そんな対策の会議には呼ばれていた。だから、その場で話し合われていることを知っているだろうけど、それを、家族でも、正式にその一員になった訳じゃない私に教えることはできないのだろう。
まぁ、教えてもらえないってことに不安はあったけど、仕方が無いこと、と諦めた。
その夜も、うちの神社で開かれた寄合い、つまり対策会議は夜遅くまで続いた様だった。
そんな会合が開かれていると思うと、その晩は落ち着かなかった。
夜の闇がいつもより濃い様に感じ、それは気のせいに過ぎない、そう言い聞かせることができず、御神木のことを思い、闇に潜む化け物のことを考え、そして闇のことを考え震えた。
なので、布団に入りながらも、灯りを消す勇気を出せず、寝入ることもできなかった。
けど、何かが起こる訳でもなく、まんじりともせず夜を明かしてしまった。
さすがに体が疲れ、つかの間のまどろみに沈み込んだとき。
使いの人間に呼び出された。
御神木復活の対策が決定され、その儀式を行うので、巫女の正装で御神木の前に集合するように、とのことだった。
言われたとおり、巫女としての正装に身を包み、御神木の前へと向かった。
晴れ渡る空の下、鎮守の森に囲まれた御神木の周囲には異様な雰囲気があった。
そこには、既に、この付近の主だった陰陽師たちが一同に会していた。現代において、こんな数の白装束の集団っていうのは、それだけで異様な感じがした。
そして、そんな正装した陰陽師が集まっているだけでも、一種異様だとは思うけど、その場の雰囲気にはそれだけでは言い表せない、何か歪んだ異様さを感じさせた。
呼ばれるままに、御神木の前まで進み出たけど、違和感が拭い去れなかった。
ふと、周囲をよく見ると、父親も兄も居なかった。
そのことを尋ねようとした時だった。
「え?」
私の身体に縄がかけられていた。
「どういうことです?」
必死に問いかけたけど、誰も答えてはくれなかった。 助けが欲しくて、必死にお父さんを、お兄ちゃんを探したけれど、やはりその姿はなかった。
照りつける太陽がやけに眩しく、私の作る影は、普段より色が濃いように感じられた。
私を取り囲む神聖な衣装に身を包んだ集団から発せられる異様な雰囲気から、一つの答えを導き出すことができた。
ワタシ、イケニエナンダ。
そう気が付いた瞬間、足元の穴に気が付いた。
いえ、その穴の中にあるモノに。
そこには、私と同じような格好をして、既に目を閉じ、ぴくりとも動こうとしない。
そんな父親と兄が横たわっていた。
ずい。 と進み出た、この辺の長が苦しげな表情で、でもはっきりと言った。
「立派な最後だった。 彼らの意志を継ぎ、我らがこの御神木を護り、継いで行く」
恐ろしいのは闇なのだろうか?
「御神木となり、我らを護りたまえ」
それとも、人の心なのだろうか?
穴の底に落とされた瞬間。 影の中に入った瞬間、私のとなりには闇があった。
昨夜と同じ様に、体が震え、動悸が激しくなった。
昨日は、それが恐怖のせいだと思っていた。
けど私は、今、高揚している。
深い闇の中に身を置いて、理解してしまった。
これまで、闇を感じた時、怯えていた訳ではない。 闇に惹かれていたんだ、と。
オカエリナサイマセ。
永年、私の帰還を待っていた私のしもべたちが姿を現した。
深い闇の中、闇そのものとなった私が微笑んだ。