ー其の遂ー
九回、最終回をお送りします。
翌日、寝付けずにいた僕は日が昇ると共に下宿屋を後にした。
綾一郎さんはまだ寝ているのか、それとも最初から顔を見せるつもりがなかったのか、自室から出て来なかった。
来た時と同じ様に、鞄一つを抱えて、すっかり通い慣れた道を駅に向かって黙々と進んだ。
電車に乗り、地図を頼りに新しく用意されたアパートに着くと、荷物を下ろしてその場に座り込んだ。
冷たいフローリングの床。
一切の家具もない、無機質で狭い部屋。
不意に声を出したが、応じる相手もいない。
誰かに泣けと言われた気がしたが、理由もなくそんな真似は出来ない。
僕は今日、一人暮らしを始めた。
悦に浸るな、出しにするな。
その言葉だけが頭に残っている。
結局僕は、彼の社会復帰のために利用されていただけだったのだろうか。
そして、満足な成果を得られなかったから切り捨てられた。
否定的な考えというものは、どんどん下に掘り進められるから厄介だ。
もう二度と会う事もないのだから、少し位都合の良い希望を持ってもバチは当たらないというのに。
でも、もうそれで構わない。
僕もまた、綾一郎さんに依存していた。
儚げで頼りない彼に対し、僕がいないと何も出来ない都合の良い存在を見出した。
今思えば、相互依存の中で生活していた。
そんな考えさえ、一人で無理矢理落とし所を見付けただけの、実感のない意見でしかない。
悦に浸り、出しにしていたのは果たして彼だけだったのか。
啼かない鳥、というものは存在しない。
昔、郷里の年寄りに教えられたのを思い出した。
自分の存在を知らせるため、ストレスや感情を発散させるため、必ず啼くのだそうだ。
舌を切られ、本当に声が出なくても、必死に何かを伝えようと口を開いている。
確かに聞こえていた筈だ。
あのいつまでも響く声は、あの人の囀りだった。
僕には、その声を聴こうとする気がなかった。
聞こえていても伝わなかった。
朽ちた鳥籠を飛び出した鳥に思いを馳せても、今更どうにもならないけど、何かを変えられたんじゃないかと、そんな事を考える事がある。
啼かないと鳥とはいうけれど、その声は例えか細くても確かに響いている。
この先もずっと、いつか力尽き空から墜ちるその日まで。
色々至らぬ所もあり、本来は推敲して完成度を上げる所をわざと打ちっ放しで投稿したりと、いつも書く小説とは違うものになってしまいましたが、どうにか形には出来たと思います。 これにて奇妙な下宿屋での二人の生活はお終い。 お粗末!