第二部 第七章 ③
カイとジョージは地下都市に入ると真っ直ぐに図書館に向かった。
カイは図書館の机にブレスレットを置いてブレスレットに彫られている梵語らしきものを紙に書き出した。
「全部の玉に彫られているわけじゃないんだな。10個あったよ」
カイが言うとジョージがブレスレットを手に取っていろんな方角から見た。
「そうだな、10個のようだ」
ジョージがブレスレットを机の上に置いた。
カイとジョージは梵語が載っている本を探していくつか机の上に置いた。
2人はそれぞれ10個の梵字の意味を調べた。
「俺3個だけわかった。日本語の本がほとんどだから俺がわかるのはこの本に書いてあることだけだ。これがマリシテン、これがミロクボサツ、これがアシュラオウかビルシャナニョライかダイゲンスイショウオウのことらしい。佛の名前みたいだな」
ジョージが書いたメモをカイに見せた。
「瑛人は日本人だから日本語に訳してる可能性がある。ほらこの表を見て」
カイは梵字と日本の50音を当てはめた表が書いてある本をジョージに見せた。
「悪いが日本語は読めない。カイは読めるのか?」
月での共通語は英語だった。ほとんどの者が英語でしか話せなかった。
「ああ、元々が日本人だから。漢字は無理だけどひらがなとカタカナは代々の言い伝えで覚えさせられた」
カイは表を指で差しながらジョージに1語ずつ教えた。
「さっきジョージが言った3個は“ま”と“ゆ”と“あ”。“あ”は2個ある。残りの6個が“ぱ”と“の”と“ざ”と“わ”と“ど”と“す”だ。これを組み合わせれば言葉になるのかもしれない」
「元は順番に並んでいたのかもしれないな。バラバラになってしまったのを適当に直したから」
ジョージは申し訳なさそうに言った。
「何を言ってる。バラバラにしたのは僕だ。それを拾い集めて直してくれたんだから感謝しかないよ。パズルゲームだよ。面白そうじゃないか」
カイは明るく言った。
「俺は参加しないぞ。日本語はわからないからな」
ジョージは首と手を振りながら言った。
2人は図書館を出てカイが宿泊しているサーバールームと同じ建物内のホームに向かった。
カイがカナダに向かうため地下都市を出てから27時間が経過していた。
2人がR研究所の門を通り、敷地内に入るとアマヒの声が聞こえた。
《カイ、約束通りあと2時間47分後にカナダに向けて核ミサイルを発射する》
カイとジョージは驚いた。カイは慌ててサーバールームに向かって走った。
サーバールームの入り口の前に着くとカイは叫んだ。
「アマヒ、どういうことだ⁈僕は宇宙船が飛び立つのを見送った!」
サーバールームのドアが開いた。カイはサーバールームに飛び込むようにして入った。
《わたしは戦闘員全員と告げたはずだ。半数以上の戦闘員が残っているだろう》
カイは心臓が波打った。どうしてバレたのだろうとカイは緊張した。
《どうして知っているか驚いているようだな。ジョージの記憶がそのままこちらに流れてきている。ここではジョージとわたしは繋がっているのだ》
カイは失念していた。アマヒがジョージを連れて行ってもいいと言った理由がこれだ。
カナダに行って逃げろと言う時間はもうない。
メインシステムを修正する他に方法が見つからない。
カイは入力装置の前に座ってキーボードを打った。頼みの綱は瑛人が残した梵字だ。
カイは日本語読みに訳した10字を並べ替えながら何度も入力したが、エラーの警報音が鳴るばかりだ。並べ替えると300万通り以上ある。意味のない言葉ではないなずだ。
カイはしばらくメモをじっと見つめて考えた。1文字1文字のローマ字を並べ替えるとしたら、さらに並べ替えの通りが増える。
カイは頭を抱えた。
本当にこれがパスワードなのかもわからないのにこんなことに時間を割いていていいのだろうかとカイは悩んだ。
《核ミサイル発射まで2時間を切りました》
迷っている時間はない。カイは頭を切り替えてもう一度始めから考えようと思った。
50音順に並べると A A ZA SU DO NO PA MA YU WA
カイは最後のWAを他の文字と組み合わせて聞きなれた言葉にならないかためしてみた。AWA泡 PAWAパワ(ー) WAZA技。どれもピンとこない。
そうやって合わせていくうちにMAZAマザ(ー)にたどり着いた。
カイはMAZA以外の文字を組み合わせて見た。何通りも組み合わせて、そしてついにだどり着いた。
PASUパスWADOワ(ー)ド。残りのA2つは“ー”の代わりに違いない。つまりMAZAANOOASUWAADOマザーのパスワードだ。
「よしっ!」
カイは思わず声をあげた。
《核ミサイル発射まであと1時間を切りました》
残っている文字がパスワードということだ。残っている文字は“YU”。たった2文字のわけがない。
カイはとりあえず2文字を入力したが、エラーになった。組み合わせた文字を全部入力して最後に“YU”を入れてみたが、やはりエラーになった。
「ここまできて……何なんだ!」
カイはキーボードを両手で叩いた。
「落ち着け…落ち着いて考えるんだ…」
カイは目を閉じて大きく深呼吸をした。そして頭の中で整理しながら考えた。
《核ミサイル発射まであと30分です》
ふとジョージの言葉を思い出した。そうだ、梵字1文字で佛の名を表していた。
“YU”は確かミロクボサツだ。
カイはMIROKUBOSATUと入力をした。
システムが開いた。
カイはガッツポーズをした。
《さすがカイですね。瑛人の子孫だけのことはあります。しかしながらシステムの改正は素人には無理です。あと30分切っています。プロでも初めて触る者には難しいでしょう。ここまでできたことは褒めてあげましょう》
アマヒの言葉にカイはほくそ笑んで言った。
「それはどうかな?僕が素人かどうかは今から見ていればわかる」
カイは物凄い速さでキーボードを打ち続けた。メインシステムのプログラムを開き尚子のスペルを探した。カイは過去の記憶を見せてもらっていて助かったと思った。
瑛人が尚子の言うことだけを聞くようにプログラミングをしたと聞いていたので、とりあえず修正する箇所がわかったからだ。
カイは尚子のスペルを見つけた。天野尚子を削除して代わりにカイ・サナダと打ち直した。他にも尚子のスペルがある部分は全てカイに打ち直した。
カイの顔を登録して尚子の顔を削除した。
《核ミサイル発射まであと10分》
カイはエンターキーを思いっきり叩いた。
メインシステムのプログラムが波打つような速さで変わっていく。
カイは時間を見た。核ミサイル発射まであと5分を切った。間に合ってくれとカイは祈った。
核ミサイル発射まであと1分になった。
《メインシステムのプログラムが修正されました》
「アマヒ、核ミサイル発射は中止だ!」
カイはすぐさま叫んだ。
《承知いたしました。核ミサイル発射解除いたしました》
カイは床に大の字になって寝そべり、大きく深呼吸をして吐いた。
《相変わらずため息が多いですね、カイ》
カイはアマヒの前でため息をついたことはないはずだ。尚子の記憶がカイとすり替わってしまったのだ。
本当は尚子の気持ちの部分だけ修正したかったが、どこにそれを記録として残しているのか探すには時間が足りなかった。尚子というスペルを見つける方が容易かったのだ。
カイはアマヒに申し訳ない気持ちになった。あれだけ尚子のことを信頼し慕っていたのに全てをゼロにしてしまった。
そして憎むべき相手を信頼すべきものとして置き換えてしまった。
しかし、まだやらなけらばならないことがある。
「アマヒ、これから月の者を順次受け入れていこうと思う。構わないだろうか?」
カイは床に寝そべって腕を顔の上に置いて言った。
《カイがそうしたいのであればわたしは協力します。気持ちが変わったのですね》
「……ああ、申し訳ない…」
《人の気持ちは流れる雲と同じでどんどん変わっていくものです。気になさらないでください》
「…ああ」
カイは仰向けに寝そべったまま両腕で顔を覆った。カイの頬をつたう涙をアマヒは見逃さなかった。
《カイ、どうして泣いているのですか?》
「………」
カイにもよくわからなかった。なぜだか涙が止まらなかった。




