第二部 第五章 ①
ドームの占領に成功したと大型宇宙船からルクススペスの地球帰還対策本部に連絡が入った。
対策本部の会議室に集まっていた要人らは大喜びをしたが、本部長は厳しい顔をして言った。
「喜ぶのはまだ早いです。ドームを占領できただけであっていつ攻めてこられるかわかりません。ここからが厳しい戦いになります」
要人たちは本部長の言葉に返す言葉がなかった。
本部長は本部長室に戻り、カイに連絡した。
「ドームはとりあえず占領に成功した。すぐに出発するかね?」
「はい、おそらくドームを取り戻そうとアマヒはカナダに気がいくでしょう。その隙に日本に行ってアマヒを探してきます」
カイはそう言ってホームを出て小型宇宙船が駐機している格納庫に向かった。
カイは小型宇宙船に乗り込み月を出発した。
日本の東京付近の上空から大気圏に突入した。
かつては首都であった都会だが、今は見る影もなかった。ビルの残骸があるばかりだ。
カイは小型宇宙船を東京駅があった付近に着陸させた。ここにアマヒがいるとすれば慎重に行動しなければすぐに捕まってしまうとカイは考え、すぐに小型宇宙船から離れた。
カイの調べでは地下都市への入り口は東京駅の地下にあると月の移住者が持って来ていた本に書いてあった。保存されていたデータにもアクセスして調べたら、地上から約30mのところに地下街や通路、地下鉄が存在し、さらに1㎞以上地下に都市が建設されていると載っていた。
地下都市への入り口は数ヶ所あり、エレベーターを使って降りるらしいが、IDカードがなければエレベーターのある出入り口を通過できないとも載っていた。
しかしそれは千年も前の話だ。カイはシステムが壊れていることを願った。
カイは東京駅残骸の周りを歩いて入り口を探した。どこもかしこも朽ちていて地下街や通路は崩れて入れそうになかった。
だが地下都市がまだ機能しているならばどこかに必ず出入りしている通路があるはずだとカイは駅から離れたところも隈なく見てまわった。
地下街入り口の多くは駅以外にビルや商業施設にあると調べてわかっていたが、どのビルも朽ちていて入り口がどこにあったかさえもわからない状態だった。
この状態では地上では生き残った者はいなかっただろうと思い、本当に地下都市が今でも機能しているか、カイは疑問に感じた。
地下だけで千年も人類が生き延びることができるだろうか。
「いや、地下生活はルクススペスと同じ状況じゃないか。地下都市は必ず機能して多勢の人が生活しているはず」
カイは独り言を言いながら歩いた。
しばらく歩くとビルの残骸のない広い土地が見えてきた。
ビルばかりの都会だと思っていたカイはそこだけは異空間のように見えた。
カイは吸い込まれるようにその土地に入って行った。
大きな木でできた門があったらしいが門は朽ちていて、石造りの土台はそのままの姿を残していた。ところどころにある石垣も古来を思わせる風情があった。
ビルの残骸がある街は灰や埃だらけだったのになぜかこの場所は灰や埃が取り除かれていた。
カイが坂道になっているところを登っていくと人の声が微かに聞こえてきた。
カイは声のする方へ気づかれないようにゆっくりと近づいて行った。
話し声が近くなってカイは石垣の陰に隠れて様子を伺った。
「……だって。大丈夫かな、大きな戦争にならなければいいけど」
「うーん、どうだろ。こっちは千年前の古い型の戦闘機や戦車しかないんだろう?勝算があるのかな」
「まあ、戦闘員がアンドロイドだから。俺たちを捨てて月に逃げた奴等に少しでも制裁を受けさせればいいんじゃないか」
二人の若者が掃除をしながら話していた。
話の内容からして地球人で間違いないとカイは思った。アンドロイドやヒューマノイドではなく、人間が地球に存在していたことにカイは安堵と同時に喜びが込み上げてきた。
カイは話かけたい衝動に駆られたが、慎重に行動すべきだと自分に言い聞かせた。
二人の若者の後をつければ地下都市に侵入できるかもしれないと、カイは二人の行動を陰から見ていた。
二人の若者に気を取られて、背後から近寄って来る者にカイは気づかなかった。
「誰だお前⁈」
声に驚いてカイは振り返ったが、その瞬間スタンガンがカイの首筋に当てられ、カイは気を失った。
カイの意識がはっきりしたとき、なぜか地下都市で研究室のような所でいた。
しかも別の名前で呼ばれている。ただその者の目や耳を通して伝わって来るだけで意思を持って動いているわけではない。カイは別の誰かになった夢を見ているのだと思った。
だが、やけに生々しい夢だった。まるで今ここで別人になって生きているような感じがした。
何年、何十年もこの地下都市で生活を続けていた。
ある日、マザーに拘束され、身体の自由を奪われた。
愛しい人が目の前で切り刻まれる瞬間を目の当たりにした。
「やめろーーっ!!」
カイは大声で叫び目を覚ました。
夢でも見ていたのかと少し安堵したが、カイは自分の状況に驚いた。
今さっき夢の中で尚子が乗せられていた手術台の上に自分が乗せられているではないか。
頭にはコードのついたヘルメットを被せられ、手足は鉄の輪っかで固定されている。
「どういうことだ……」
カイは今の状況も夢なのかもしれないと思った。だが、全く知らない地下都市の夢を見るはずがない。
ヘルメットに電流が流れた。
カイは再び夢の中に引きずり込まれた。
マザーと同化した新たに誕生したAIが“アマヒ”。アマヒはAIだったのかとカイの意識は考えていた。
地球上に人類は存在していなかった。小惑星衝突で巻き起こった粉塵や灰はほぼ収まっていたが、地球の回転が速まったことによる天変地異は凄まじいものだった。
世界各国、地下都市や地下避難所を建設していたようだが、どこも朽ちていて人が生活できる状態ではない。
コールドスリープしている人間が世界の何ヶ所の国に保存されている。カイは少しでも生きながらえている人類がいることに安堵した。
小惑星が地球に衝突してから約千年後の西暦3200年、月が地球の衛星に戻った。
地球の自転がゆっくりと元の速さに戻っていく。暴風が止み、波が落ち着きはじめた。
この日から半年後に地球に降り立ったんだとカイは思い出していた。
アマヒはアンドロイドを使って各国のコールドスリープされていた人間を目覚めさせ、日本に連れて来て全員に記憶の操作を行った。それは言葉を壁を越えるためのものだった。
カイはそこで目を覚ました。
《気がつきましたか?いかがでしたか?地球に残された者の記憶の断片は?》
「マザー……いやアマヒ……」
カイは混乱していたが、しばらくして頭の中を整理することができた。
「…アマヒ、わたしがここに来てどれくらいになる?」
《10日が経ちました》
「10日…?そんなに経っているのか……頭のこれを外してはもらえないのか?」
《直ぐに外すわけにはいきません。カイの身体は10日の間微動だにしていません。脳だけが働いていたのです。今外せば身体と脳の繋がりが完璧に遮断されてしまいます。》
「…どうすれば…?」
《丸一日かけてリハビリを行います。脳からの指令を少しずつ身体に流し動かしていきます》
「…信用してもいいんだな…?」
《カイは瑛人の関係者。大事に扱います》
「瑛人…?確か月に移住した研究所の主任だったとかいう……なぜ?」
《カイの左手首の菩提樹のブレスレットです。それは尚子がネパールに旅行に行った際に瑛人へのお土産に買ったものです。瑛人は肌身離さずつけていました》
「……わたしの祖先が月に移住するときに持ってきたものと聞いた…そうか…」
《その祖先とは瑛人のことですね。カイは瑛人の子孫なのですね。偶然とはこういうときに使う言葉でしょうか》
カイは今ここにいるのは偶然ではなく必然なんだと思った。
「偶然とは人間が予想できない物事が起きたときに後付けで言う言葉だよ。全ては必然だ。こうしてアマヒに会えたことも全て起きるべくして起きたことだ」
《カイは難しいことを言うのですね。偶然とは因果関係が不明確な予期せぬ出来事。必然はそうなる以外はありえない確実な出来事。今回のことは確かに因果関係は成り立っています。偶然ではないといえます》
「すべての事柄は原因があって結果があるんだ。その結果が原因となってまた結果が生まれる。偶然て言葉は考えることを諦めた体のいい逃げ言葉だよ。それが必要なときもあるが、僕は考えたい方だ。どうしてこうなっているのか知りたい」
《考え方が瑛人に似ています。DNAを受け継いでるのですね》
「……カナダはどうなった?」
《スタジアムを月の者が占領しました。こちらからも攻撃を仕掛けようとしましたが、スタジアムに着く前にやられました。今はプランを立て直している最中です。正直に言ってこちらの戦闘能力は千年前のままです》
「それで前に捕虜になったとき執拗に聞いてきたのか」
《大事なことです。月の戦闘能力を知らなければ勝機はありませんでした》
カイはアマヒと話しながらこれがAIなのかと感心していた。
「戦いを続けるつもりなのか?」
《攻撃をしてきたのは月の者。侵略しているのも月の者。こちらに戦わない理由がありますか》
カイはしばらく考えてから言った。
「ある……と思う。地球側が月の者を迎え入れてくれれば月側も攻撃しない。月側が攻撃しなければ地球側も攻撃しないということだろう?」
《月の者は地球を見捨てたのです。簡単に地球に戻れると思うことが根本的に違うのです。カイこの話はもう終わりです。リハビリをいたしましょう》
カイはため息をついて頷いた。




