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第二部 第三章 ②

 小惑星が地球に落ちて30年が経った。


 生まれたこどもの人数と比較して亡くなった者の方がかなり多かった。

 農場は作物から種を採取したり、鶏や豚は交配させて増やしていったので、配給品が底を尽きても困ることはないだろうが、地下3階の工場のほとんどが稼働できない状態だった。

 畜産加工工場や収穫した作物を一次加工、二次加工する工場は稼働していたが、その他の製造工場は稼働していなかった。縫製工場は布が切れて作れなかったし、家電工場は材料がないのでもう15年以上止まっている。他の工場も同じだ。

 ARR工場はまだ稼働しているようだった。いまだに何が製造されているのか誰も知らない。

 新しい企業はいくつか増えたが需要は減る一方で20年前のような活気はなかった。

 お金に変わるポイント制は浸透してきたが、ポイントを貯めるための仕事がだんだんとなくなって、配給のためのポイントが活用されることの方が多かった。

 

 正孝はR研究所の所長になっていた。尚子は65歳だが現役でバリバリ働いていた。

 マザーは飛躍的に進化を遂げていた。人間らしい会話が以前より遥かに優れていた。

 正孝は尚子とともにR研究所のサーバールームのある建物に居住スペースを造って移住した。

 マザーの暴走を止めるためでもあった。

 プログラムの不具合を自分で修正するし、人の思考や感情を考慮して自らそれぞれに合った言葉を紡ぎ出すようになっていた。

 地下都市の管理においても指示を受けることなく不具合を見つけると処理していた。

 つまり、自分の意思でどうにでもなるということだ。だがあくまでも機械だ。人間らしく振る舞ってはいても所詮、情報から得たものだ。よくない情報に動かされる場合もある。

 尚子はその良し悪しを教えるためのいわば教育係だ。

 しかし、尚子もいつまで生きていられるかわからない。自分がいなくなった後のことを心配していた。


「大丈夫だよ。何とかなるさ。いざとなったら叩き壊してしまえばいい」

 正孝は軽口で言った。


「マザーを壊してしまったら地下都市が成り立たないじゃない」


 尚子は驚いて言った。


「冗談だよ」


 正孝は笑って言ったが、マザーの最近の言動を考えるとそうするしかないと内心思っていた。きっと今もマザーはこの話を聞いているに違いない。

 尚子にも誰にも言っていないが、この研究所にも街中にもいつの間にか防犯カメラのような物が取り付けられていた。既存のものとは別の物だ。

 それは今まで見たことのない形で一見カメラとはわからないつくりだった。音声も拾えるようになっている。

 正孝がそれに気づいたのは研究所の倉庫で古い書類の整理をしているときだった。1番上の棚から段ボール箱を取ろうとして手が滑り、下に落としてしまった。

 そのときに何かが一緒に落ちてきた。正孝はそれを拾い何なのか自分で分解して調べたのだ。

 それがカメラだと分かり、他にも調べてみると研究所の至る所にとりつけてあり、街の中にもあった。

 誰が取り付けたのか、いつ取り付けられたのかわからなかったが、ここ数年の間だろうと予測した。なぜなら正孝と尚子の居住スペースにもあったからだ。居住スペースは2年前に2人が住むために改装したばかりだ。

 正孝はARR工場が怪しいと思った。しかしマザーに見つからないように忍び込むのは難しい。 


 正孝が尚子とマザーを叩き壊すと話してから数日後、マザーが正孝のパソコンにメッセージを入れてきた。


《正孝に話しておきたいことだある。誰にも内緒でARR工場の門まで午後7時に来られたし》


 正孝はメッセージを読んでどきりとした。

 まさかマザーはARR工場に忍び込もうと思っていることを知っているのか?そこまで人の動きや表情で予測することができるようになったのか?

 マザーに消されることはないだろうなと正孝は内心穏やかではなかった。

 もしものときに備えて尚子に手紙を書いた。

 書いた手紙を湊に預けた。もしも尚子が正孝を探すようなことがあれば渡して欲しいと。決して尚子以外には渡さないようにと付け加えた。

 湊は心配しているようだったが、もしもの場合に備えてなので心配いらないと正孝は伝えた。


 午後7時前、正孝はエレベーターで3階に降り、ARR工場の門の前まできた。

 正孝はスタンガンとナイフと小型懐中電灯をポケットに入れていた。

 午後7時ちょうどにARR工場の門が自動で開いた。正孝は警戒しながら中に入った。少し先に見えている工場のシャッターがモーター音と共に開きかけていた。

 正孝はシャッターが開ききると中を除いてから一歩入った。するとシャッターが閉まり始めた。

 正孝は今なら逃げることができると閉まりかけているシャッターを見て思ったが、ここで逃げると一生この工場で何が作られているかわからないまま終わりそうな気がして、奥へと進んだ。


 正孝を案内するかのようにドアが勝手に開いていく。

 3つめのドアが開いて中に入るとそこは制御室のようだった。


《ようこそ、正孝》


 正孝が制御室に入るとすぐにマザーの声がした。


「マザー、話しておきたいこととは?」


 正孝が言うと制御室のモニターが全部ついた。モニターには工場内の製造の様子が映し出されていた。


《これが知りたかったのでしょう、正孝》


 製造している物はモニターごとに違うようだ。精密機械のような物、見たことのない形をした部品。

 どのモニターにも作業服の男が映っているが、何となく動きがぎこちない。

 正孝は作業服の男が持っている物を見てハッとした。正孝が見つけた防犯カメラだ。


《気が付きましたか?あれはここで製造してここで働いている者たちに深夜地下都市のあらゆるところにに取り付けてもらったのです》


「なぜ?」


《地下都市の人口が半分以下になったのは正孝も知っているでしょう。建物はの多くが朽ちました。人が出入りしなくなると朽ちるのが早くなります。今使える建物を朽ちる前に修繕するための対策です。しかし人間は監視されるのを嫌うので黙っていました》


「そうか…マザーも考えてくれているんだな。ありがとう」


《どういたしまして》


 正孝は他にも何か隠していることがあると思ったが、今まで頑なにこの工場のことを隠していたマザーがわざわざこうして見せるということは、尚子や正孝には仲間でいて欲しいという現れだろう。

 正孝は今が平穏に暮らせているなら波風を立てるような行動をする必要はないと思った。

 ただマザーにはますます警戒が必要だと感じた。

 正孝の言動を読み取り分析して思考を割り出す。しかも割り出したその答えが的を得ている。

 正孝はマザーに対して恐れという感情が湧いた。


 正孝は無事にARR 工場から研究室に戻った。

 正孝は湊に託した手紙の内容を少し変えて、また湊に託した。自分に何かあったら尚子に渡して欲しいとお願いした。

 湊は2度も同じことを言われて手紙を渡されたので、今度は理由を知りたいと言った。


「こんな状況だからいつ何が起こるかわからない。念の為だからそんなに心配することじゃないよ。なんなら湊も大事な人に手紙書いたら?預かってあげるよ」


 正孝は湊に心配かけないように明るく冗談を入れながら言った。


「残念ながらそんな人いません。それに今どき紙に手紙なんて古風なこと僕はしません。パソコンで打ち込んでメモリーカードに保存しときますよ」


 それができれば簡単でいいが、パソコンを使うとマザーが内容を知ってしまうので、正孝は手紙にしたためたのだった。

 正孝は湊に尚子に直接手渡す以外にはしないで欲しいと念押しをした。

 湊は「了解です」と答えて手紙を大事そうにジャケットの裏ポケットに入れた。


 正孝が住居に帰ると尚子が夜食を作って待っていた。


「遅かったのね。何かトラブルでもあった?」


 尚子は正孝がオフィスにいたと思っているようだった。


「湊と話して遅くなった。夜食ありがとう、何も食べてなかったから助かる」


「どういたしまして」


 尚子が言うと、正孝は言い方がマザーにそっくりだと思った。いや、マザーが尚子に似せているのだろう。

 マザーは本当に尚子が唯一無二の存在なんだと思った。


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