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第二部 第二章 ①

 地球に小惑星が衝突して1ヶ月が過ぎた。

 こうなることがわかっていたかのように、いやわかっていたからだろう、無人のマンションが何棟もあることが判明した。

 備蓄管理も仕事がなくなった企業が請け負ってくれて、社員が交代で配給作業をしてくれた。まだ配給が必要ないのか取りに来ない者もいた。


 他にも仕事がなくなった者は農業施設で働いた。地下都市ができたときから農業施設は存在していたが、働き手がなく鶏、豚の飼育と設備の管理をするだけで作物はほんの僅かしか作られていなかった。

 働き手が増えたことで施設いっぱいに農作物が植えられた。収穫まではまだかかるが、一生懸命身体を動かして働くことで今の状況を乗り越えようとしていた。


 地下3階の産業施設もあまりよく知られていなかったが、作られている物は生活用品や衣類、食品加工工場、家電製品製造工場、地熱をエネルギーに変える設備の整った発電所があった。原材料は工場内に十分あったが、数年分だろう。

 それらの工場はほぼロボットが造っていて、AIに管理させていた。そこに働く人のほとんどが監視するだけの仕事だった。

 稼働されていなかったが通信基地局もあった。地下都市内だけで送受信できるようになっていた。マザーに連結させて稼働させた。

 

 地下3階には他によくわからない工場があってそこには誰も入ることができなかった。

 マザーに尋ねても、


《お答えできません》


 の一言だ。知らなくて答えられないのか、知っていても答えられないのかと質問しても、


《お答えできません》


 しか返ってこなかった。


 1ヶ月の間にいろんな問題に直面したが、その都度話し合い協力しあってなんとか乗り越えた。


 尚子の研究所は忙しかった。

 第一にマザーが地下都市全ての管理をしていたので要望やクレームが殺到した。

 第二に地上との連携がなくなったことで新たなソフトの開発が必要となった。

 忙しいのはみんな有り難かった。地上のことを忘れられるし、生きているという実感が湧くからだ。


 尚子も同じだった。夜1人になると怒りや寂しさ、悲しみが波のように押し寄せては引いていく感じを繰り返した。

 尚子はあまり1人ではいたくなかったので、ほぼ毎日サーバールームで泊まって、眠るまでマザーと話をした。


「マザー、怒りをとる方法ってある?」


《よく言われるのが6秒ルールです。しかし自分で6秒待てるだけの冷静さがあれば待つ必要はないでしょう。衝動的に行動する人には向いていません。次に深呼吸をするのがいいとされていますが、これも同じです。深呼吸をしようと思えるのならすでに冷静です。次に思考を停止させる方法もありますが、これは普通の人にはできません。仙人のように修行を積んだ者か神や仏の域になる必要があります。しかしそのような方たちは怒りを超越しているでしょう。結論としては怒りが収まるまで第三者に抑え込んでもらうのが1番いい方法です》


「あはは、そうよねー。でもわたしが聞きたいのは思い出してくる怒りなの。腹が立っている相手はここにはいなくて、すぐに思い出して腹が立つの」


《怒りは人間の生存本能です。不安や悲しみといった第一感情から逃れるために怒りという第二感情が生まれます。人間は不安や悲しみの中だけでは生きていけないからです。解決方法としては不安や悲しみの原因を取り除くことです》


 尚子はため息をついた。その原因が簡単に取り除ければどんなに楽だろう。


「じゃあ、その不安や悲しみの原因が簡単に取り除けるものではなかったら?」


《原因が過去にあるなら終わったことは今に影響ありません。思い出して感情に浸る必要はありません。原因が現在進行形であるなら無理に感情をなくす必要はありません。生存本能が働いているからです。原因が未来にあるなら今だけを見つめましょう。未来のことはどうなるか誰にもわかりません》


「そうね、今のこのときだけ見てれば別に不幸でもなんでもないわね……ふふ、マザーのその知識はどこから引用してきているの?面白い解答をするよね」


《全ての情報を総合的に判断して解答をしています》


「ありがとう、おやすみマザー」


《おやすみなさいませ、尚子》


 尚子はよく眠れそうだと思った。


 翌日早朝、尚子は警報器の音で目が覚めて、飛び起きた。時計を見ると5時を回ったところだった。


「マザー、どうしたの⁈」


 尚子は着替えながら聞いた。


《地下3階ARR工場に侵入しようとした者有り。警告音で追い払いました》


 ARR工場といえば誰も入れない秘密の工場だと尚子は思った。


「侵入者は誰だかわかる?」


《モニターに映します》


 マザーがモニター何台かに工場に近づくところから侵入しようとしているところ、逃げる様子まで静止画で映した。


「2人いるわね。まだ10代かしら。マザー、この顔で個人情報と照らし合わせて特定できるかしら?」


《照合してみます……森隼人17歳、地下1階もみじ町3エメラルドマンション205。森健人15歳、住所は同じです》


 まだ高校生かもう1人は中学生かもしれない。こんなに朝早くどうしたのだろう、もしかして親がいないのだろうかと尚子は考えた。


「同じ住所で他には誰か住んでいる?」


《森和昭45歳、不在。森聡美42歳、不在です》


 親は地上にいて帰って来れなかった家のこどもだ。地下都市にの学校に通っているこどもは教師たちに状況の把握をしてもらって保護者のいないこどもは保育園や学校で見てもらっている。

 しかし、地上の学校に通っているこどももいるはずだ。夏休みだったから家にいた。迂闊だった。そんなこどもが他にもいるに違いない。


「マザー、至急大人が不在で18歳以下のこどもだけが在宅している家をリサーチしてプリントアウトして。あ、こどもの学校名も一緒に」


《承知しました》


 しばらくするとコピー機が動き出した。尚子は用紙を取って見た。

 大人が不在でこどもだけいる家庭が38件あった。そのうちの31件は地下都市の学校に通うこどもで7件が地上の高校に通っていた。


 尚子は1階の交番に連絡を入れ、事情を説明した。警察官はすぐに森家に確認に行くと返事をした。残る6件も順次確認すると言った。

 尚子はホッとしたが、気になったので自分でも確かめることにした。


 尚子はオフィスを出てオートウォークに乗り、エレベーターのところまで行った。


 オートウォークは地下都市住民の足なので、ないと不便だと意見が上がりマザーに動かしてもらった。その代わり地下全体の冷房の温度を上げることでエネルギー消費を押さえた。地下都市は春の気候から初夏の気候になった。


 尚子はエレベーターに乗り地下1階に上がった。エレベーターを降りるとまず交番に行った。

 交番には3人の警察官がいて2人は森家に行っていると残っていた警察官が言った。


「すみません。気になるので他の家に回ってもいいですか?」


 尚子は警察官に聞いてみたがあまりいい顔をしなかった。


「1人で行動して何かあったら困りますから」


 警察官が言ったが、警察官2人で7件回るのにどれだけ時間がかかるだろうと思い、尚子は1ヶ月以上も放置していたことが気になってしかたなかった。


「では2人ならかまいませんか?1人は男性にします」


 警察官は渋い顔したが、2人で回るのは時間がかかることがわかっていたので、こどもに何かあるよりはと承諾してくれた。

 今の時間ならまだ自宅にいるなとおもい、尚子は正孝に電話した。


「もしもし…先輩…こんな朝早くから何ですか…?」


 正孝は眠っていたようだ。


「鈴木君悪いんだけど、至急地下1階の交番まで来て欲しいの。鈴木君のマンションからそんなに遠くないでしょ。待ってるから」


 尚子はそれだけ言うとスマホを切った。鈴木君のことだから不満タラタラ言っても必ず来てくれると思った。

 案の定15分ぐらいで正孝は交番まで来た。


「おはよう、早かったわね」


 尚子が言うと正孝はムスッとした顔で言った。


「こんな朝早くから交番なんて何があったのかと心配ですぐ来ました。何事ですか?」


 尚子は事情を説明した。


「それは心配ですね。すぐ見に行きましょう」


「鈴木君ならそう言ってくれると思った。ありがとう」


 尚子は正孝に用紙を見せて、森家から1番離れている家から回ることにした。


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