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第二部 第一章 ③

 研究員たちは配給日を毎週日曜日に決めて、配給場所も決めた。

 他にもいろいろな問題が出てきた。

 地上から来ている者もいるから居住するところが必要な人がいるし、企業があって働けても給与が払えるかわからない。

 考えることは山積みだ。みんなため息をついた。


「なんで俺らがこんなことを考えないといけないんだ。仕事のテリトリーを超えてる。だいたい給料だってもらえるかどうかわからないんだろ」


 若い研修生が投げやりに言った。


「そんなこと言うな。言い出したらキリがない。こんなときだからこそできる者ができることをして助け合わなけれないけないんじゃないのか?」


 直哉が諌めるように言った。


「首相が数年から数十年かかると言っていたが、地下だけで本当に生活できるのか?」


 若い研修生は苛立っていた。

 尚子は月がいなくなったことを伝えなければならないが、今タイミングじゃないなと思った。


「あーもうお昼がきているわ。腹ごしらえしましょう。お腹が空いてるとイライラするし、いいアイデアも浮かばないわ」


 成美が言った。


「店やってるんですかね」


 正孝が言うとみんなあっと言う顔をした。


「みんなでやっている店を探しながら様子を見てきましょう。地下都市が今どんな状況か確認しておかないといい案が出ないわ」


 尚子が言うとみんな頷いた。


 オフィスの外に出ると誰もいなかった。

 いつもならこの時間は昼休憩なので人が大勢歩いている。

 動力の節約かオートウォークは止まっていた。


「歩いて見て回るのは時間がないですね」


 若い研究員が言うと成美が笑いながら言った。


「時間はたっぷりあるわよ。昼休憩じゃなくて視察よ」


 それでも地下2階だけでも今日中に見て回るのは無理だと尚子は思った。

 オフィスから約1㎞範囲の所を手分けして歩いて回ったが、飲食店はほぼ閉まっていた。

 唯一コンビニエンスストアが開いていたので、尚子と正孝はそこで買い物をして近くの公園で食べた。

 コンビニの店員は何があったのか知らないようで、今日は客足が多く、品切れしているのに朝に配達されるはずの惣菜が来ないと嘆いていた。

 正孝がコンビニ店員に事情を説明すると驚いていた。


 オフィスに戻るとすでにみんな戻っていた。

 やはり飲食店はほぼ閉まっていてコンビニエンスストアだけは開いていたそうだ。24時間営業なので閉めるタイミングがないのと、先ほどの店員のように働いていてモニターを見ていない人が多いのだろう。


「これからどうしますか?」


 正孝が聞いた。

 尚子は今が話すときだと思った。


「あの、ちょっといい?すごく言いづらいことなんだけど、マザーが言うには小惑星衝突の衝撃で月が地球から離れてしまったそうなの」


「ええっーー!!」


 みんな今日1番の驚きをした。


「それってもう2度と地上には出れないと言うことですよね」


 正孝が聞いてきた。


「マザーはね、出れないことはないと言うの。でも暴風や高波で生活は難しいだろうと」


 尚子はマザーが言ったことをみんなに話した。

 みんなはかなり落ち込んでいるようだった。

 直哉が大きなため息をついてから言った。


「とりあえず各企業、研究所の代表に集まってもらうか。天野君、マザーに連絡してもらえるように頼めるか?」


「はい。このオフィスでいいですか?」


「ああ、2階のホールに集まってもらおう」


 尚子はハンズリーイヤホンを装着した。


「マザー、ご機嫌よう。各企業、研究所の代表にR研究所のオフィスビル2階に集まるように伝えてちょうだい」


《承知いたしました》


 20分ほどすると1人2人と人が集まってきた。

 1時間もしないうちにホールがいっぱいになった。

 集まった者たちは不安そうな顔をして各自知り合いと話していた。


 直哉が前に立って話を始めた。


「今地球がどうなっているかは高槻首相のメッセージを聞いてご存じのことだと思って話します。首相は数年から数十年で地上に出られるだろうとおっしゃっていましたが、小惑星の衝突の衝撃で月が地球から離れてしまったそうです」


 ホール内は一気にざわついた。


「お静かに!月がいつ戻ってくるかはわかりません。わたしたちはおそらく一生この地下で生活することになります。そこでいろいろと取り決めや、地上から来ている者たちの居住を確保しなければなりません。皆様に集まっていただいたのはこれからのことを話し合うためです」


 初めのうちはみんなショックと不安でいっぱいいっぱいで頭が回らず、話が一向に進まなかったが、しばらくすると誰かが少人数ずつグループを作ってこれから必要なことを書き出していこうと言った。

 みんなそれに賛成して5、6人のグループを作り話し合った。 


 ある程度の時間が経つとそれぞれ話し合ったことを発表した。

 最初に発表したグループと異なる意見が出たところだけ発表してもらいながら、パソコンに打ち込み大型モニターに映し出した。

 意見が出終わったところで、まず今日必要なことをいくつかピックアップしてもらった。

 とりあえず今日寝泊まりできる場所を探すことから始まった。宿泊施設を設けている企業や研究所があったのでそこは問題なかった。その他の者は1階の学校の教室や体育館で泊まってもらうことになった。学校は避難場所にもなっているので寝具が常備されていた。

 一生学校で過ごすわけにはいかないので明日、空き家を探すことになった。

 地上との断絶で必要なくなったオフィスを居住に変える案も出た。

 集まった者たちはそれぞれの役目を持って帰って言った。


 尚子はマザーに地下都市全体に家のない人は学校に集まるように音声を流すことを頼んだ。


「尚子、今日はどこで寝るの?」


 成美が心配して聞いてきた。


「良かったらうちに来ない?他の女子研究員も3人来るのよ。雑魚寝で良かったらだけど」


 成美は地下1階のマンションに夫婦で住んでいた。


「ありがとう。でもわたしはオフィスで寝るわ。今はマザーから離れたくないの」


「そう?わかったわ。じゃあ、また明日ね」


 成美は3人の研究員を引き連れて帰った。

 尚子はサーバールームで寝るつもりだった。マザーが誰も入れないようにしているが、一応監視のためだ。

 サーバールームでときどき寝泊まりしていたので、こっそりソファベッドを買って奥のディスクの横に置いていた。普段はソファにしてあるので誰も気にしていなかった。


 尚子がサーバールームに向かっていると正孝が声をかけてきた。


「天野先輩、今日はどこで寝るのですか?」


 サーバールームは今マザーが誰も入れないようにしていることをここの研究員は知っているので尚子は焦った。


「鈴木君は?」


「野郎ばかり5人で宿直室に泊まります」


「え、1部屋に5人?狭くない?」


「仕方ないです。残りの2部屋も5人います」


 それは毎日続くと疲労が溜まりそうだなと尚子は思った。


「明日空き部屋が見つかるといいね、じゃ、おやすみ」


 尚子はなんとか誤魔化して行こうとしたが、また聞かれた。


「で、天野先輩はどこで寝るのですか?」


「……オフィス内で寝ようと思ってるけど、まだ決めてないわ。開いてるところを探して寝るわ」


「先輩たちがホールで話し合いしている間、みんな寝るとこの争奪戦をしていたからいいところはないと思います」


「そうなの……」


 尚子は困った。正孝は動こうとしない。


「……仕方ないから成美の家に行くわ。さっき誘われたの。じゃあ」


 尚子はそう言って玄関に向かった。警備室の前まで来て振り返ると正孝はいなかった。

 尚子はこっそりと戻って見つからないようにサーバールームに急いで行った。


《おかえりなさい、尚子》


 サーバールームに入るとマザーが出迎えてくれた。


「ただいま、マザー。しばらく厄介になるわね」


 尚子はそう言うと奥に行ってソファに腰を下ろし大きくため息をついた。


《尚子、今日大きなため息3回目です。小さいのと合わせると10回以上です》


「マザー、そんな計算しなくていいから」


《承知いたしました》


「…鈴木君はどうしてあんなにしつこく寝るところを聞いてきたんだろう…?」


《鈴木正孝がしつこくする理由は2つ考えられます。1つ目は尚子を心配している。2つ目は尚子に好意を抱いている》


 尚子は吹き出しそうになった。


「いや、ないから。それに今のは質問じゃないから」


 尚子はソファに横になった。今日のことやこれまでのこと不意に落ちないことがいくつもあった。

 尚子はマザーに質問した。


「マザーは小惑星が衝突することを知っていたのよね?だからわたしにここから出るなと言ってくれたんでしょう?」


《はい。機密事項解除されたのでお伝えできます》


「首相があんなメッセージを残したと言うことは首相も前から知っていて、世界のトップはみんな知っていたということ?」


《はい。2090年にNASAが発見してから軌道を変える試みをしましたが、軌道は変えることができず、地球に落ちると予測していました》


「月に行った者はみんなわかっていて地球を見捨てて行ったの?」


《知らずに行った者もいます》


「高槻主任は知っていたのよね。じゃあ所長は?所長も知っていから月に行ったの?」


《予測ですが所長はご存知だったと判定します。5年前から何度も小惑星が地球に落ちたらどうなるとネットにアクセスしていました》


 尚子は腹が立っていた。所長にはもちろんだが、世界のトップの者にだ。

 そんなに昔からわかっていたのなら、どうしてもっと対策を立ててくれなかったのだろう。月に基地を作るぐらいならもっと地球に地下都市を造ってくれていたらどれだけの人が助かっただろう。

 尚子は声を殺して泣いた。


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