第二部 第一章 ②
尚子は地下にいる人たちがどうしているか気になった。
「マザー、地下の様子をモニターで映して」
《承知いたしました》
50台もあるモニターが一斉について地下都市の各場所の様子が映し出された。
右往左往する人や泣き崩れる人、何人か集まって話をしている様子が見えた。
かなりの人数の人だかりを見つけた。人が多すぎて見ただけではどこなのかわからない。
「マザー、D−3のモニターに映っている場所はどこ?」
《地下3㎞にある貯蔵庫に行くためのエレベーター前です》
尚子はハッとした。まさか貯蔵庫の備蓄品を取りに行っているのか。
「マザー、貯蔵庫に行くためのエレベーターを止められる?」
《できますが、すでに人が乗って下に降りています。D−4のモニターです》
尚子はD−4のモニターを見た。人が鮨詰め状態で乗っている。
「今すぐ停止して!」
《承知いたしました》
エレベーターが停止して乗っている者たちが慌てている様子がモニターに映った。
「マザー、地下全域に貯蔵庫への勝手な侵入は禁止すると音声を流してくれる?」
《承知いたしました》
マザーは地下全域に音声を流した。
貯蔵庫に行くためのエレベーター前から人が去って行った。
尚子はエレベーターを上に動かすように指示した。
エレベーターは地下2階で止まりドアが開くと全員降りた。
「ふぅー」
尚子は大きくため息をついた。
落ち着いてくるといろんなことが気になりはじめた。
兄の崇は大丈夫だろうか。
尚子の身内は宗だけだった。両親は尚子が大学生の時に自動車事故で1度に亡くしていた。
崇はJAXAにいたから知っていて忠告してくれたのだと思った。知っていたなら対策は取っているだろう大丈夫よと自分に言い聞かせた。
ふと尚子はこのサーバールームになぜ誰も来ないのだろうかと不思議に思った。
「マザー、他の研究員は何しているの?」
《今はみんなで第一会議室に集まっています。J−5のモニターをご覧ください》
「どうして誰もここに来ようとしないのかしら?」
《それはわたしが入れないようにしているからです》
尚子は目を見開いた。
「えっ、どうして?」
《瑛人の指示です》
「高槻主任が?主任は去年月に行ったわよね?優秀なITエンジニアが必要だからって。マザー、もっと詳しくわかるように説明してちょうだい」
《はい。不足の事態が起きた時にはこの部屋に尚子以外は入れるなと指示を受けました。悪用されないためにです》
「所長は?まあ、今はいないけどなぜ所長でなくわたしなの?」
《わたしは尚子以外入れるなと言われただけなので理由は分かりません。ただ所長は最後の月への宇宙船に乗っていました」
「所長が⁈」
尚子は驚いた。月に行く者はそれぞれの分野で活躍している者や優秀な者と聞いている。
所長は官庁からの天下りで、エンジニアではない。官庁出身だから、そこから情報が漏れて小惑星衝突のことを知っていたのかも知れない。それで頼み込んで最後の宇宙船に乗せてもらったのだろう。
「まったく……」
尚子は所長に少し呆れていた。
この地下都市の中枢ともいえるマザーを任されてどうすればいいのだろうかと尚子は悩んだ。
「マザー、これからどうすればいいかしら?」
《地下都市での統率を図るためのリーダーが必要です》
「うーん、リーダーか……どうやって決めればいいと思う?」
《選挙が最適です》
「まあ、そう言うわね。わかっていたわ、マザーの答えは」
尚子は肩を上げ首をすくめた。
「選挙ができない場合はどうする?」
《候補者を集め話し合いをするかもしくはくじで決めます。ジャンケンでもいいでしょう》
「あはは、ジャンケンか、それいいわ」
この地下都市で地上に出られるまでは生き残った人たちと協力をして生活しなければならないが、尚子は不安しかなかった。
「ねえ、マザー。首相は地上に出られるまで数年から数十年と言っていたけど、月が戻るまでは地上に出られないのよね?」
《小惑星が落ちたことで受けた影響が無くなれば出られないことはありません。ただし生活は難しいです。暴風や高波に注意が必要です。海沿いでの生活はお勧めできません》
「つまり月が戻って来るまで地上での生活はほぼ無理ということね。月はいつ戻って来るの?」
《予測不可能です》
尚子はかなりショックを受けた。いつ地上に出られるかわからないのに、100年分の備蓄しかないというのに……。
尚子はふと思った。100年分あれば今の人たちは十分生きられるじゃない、次世代さえ産まなければ。しかしそうなれば日本人が途絶えてしまう。
「ひとりで考えてもいい考えは浮かばないわ。研究員のところへ行って来る」
尚子はマザーにそう言ってサーバールームから出ようとしたが、マザーが引き止めた。
《わたしは今尚子の指示しか聞けないようにプログラムされています。瑛人が小惑星衝突の後にそうなるようにプログラミングして行ったからです。誰かがこの部屋に入りプログラムを変更されれば悪用されるかもしれません。気をつけてください》
「わかったわ」
《奥のディスクの1番上のハンズリーイヤホンをお持ちください。サーバールーム以外でもわたしと直接会話ができます》
「ありがとう」
尚子は奥のディスクからハンズリーイヤホンを取り出してカバンに入れた。
「行って来るわね」
尚子はサーバールームを出て第一会議室に向かった。
会議室のドアをノックしてから尚子は会議室に入った。
「天野さん!」
研究員のひとりが言うとみんな振り返った。
「尚子!どこにいたの?心配したのよ。佐伯首相のメッセージ見た?」
同期の林成美が尚子に駆け寄って来た。
「ええ、サーバールームで見たわ」
「サーバールームにいたの?マザーは無事?何度アクセスしても反応がないのよ」
成美が言うと他の研究員たちも頷いたり、同じようなことを言ったりした。
尚子は自分の指示しか従わないことを言うべきか悩んだ。それを言えば尚子は妬まれたり恨まれたりしそうな気がした。
そのぐらいならまだいいが、外部の人にバレると命の危険に晒される可能性もあると尚子は考えた。
「マザーは無事よ。でも高槻主任が不足の事態が起きたときのため、誰にもアクセスできないようにプログラミングして行ったそうなの、悪用されないようにね」
「そうなのか……こんなときにマザーが使えないとは……」
研究員たちががっくりした。
「マザーも大事だけど、ここで生きていくためにいろいとしなければいけないことがあると思うの」
尚子が言うとみんな頷いた。
「1番は備蓄庫の管理よ。首相のメッセージを聞いて備蓄庫に行こうとエレベーターの前に大勢の人が殺到していたわ。マザーがエレベーターを止めたけどね」
「そうね、大事な食料や生活用品だものね。平等に分配できるように管理が必要ね」
成美が言うと研究員の鈴木正孝が言った。
「マザーがエレベーターを停止させたのですか?それなら今度はどうやって動かせてもらうのですか?」
尚子はまずいと思った。どう答えようか考えていると、
「そんな話はあとあと。それよりどうやって備蓄庫の管理をするかだ。みんな考えて」
このオフィスの1番年長者の榊直哉が言った。
「週に1回配給日をつくるのはどう?」
「それはいいが地下都市は広い。各階に何ヶ所かでしなければ」
「名簿が必要になるわ。同じ人が取りに来ないように」
「地下にいる人の個人番号を集めて……」
三人寄れば文殊の知恵とことわざにあったけど、本当にそうだと尚子は思った。しかもこの地下都市の研究所は各センターの優秀者を集めたと所長が豪語していただけあってどんどん話が発展していく、さすがだなと思った。
大体の骨組みはできた。
まず、今地下都市にいる人の把握をして個人番号を入手する。
個人番号が入手できたら配給管理ソフトを作ってマイナンバーカードでIDチェックを行うようにする。
配給日と配給場所を決めて支給する。
「問題はどうやって地下都市にいる人を把握するかだ。マザーが使えたらすぐ把握できるんだろうが……」
直哉が困った顔をして言った。
尚子はカバンからハンズリーイヤホンを取り出した。
「これでマザーと会話はできるわ。ただしマザーが良しと判断しないと動いてくれない」
「よし、試してみよう。天野君、マザーに聞いてみてくれ」
直哉が言うと、尚子はハンズリーイヤホンを装着して言った。
「マザー、ご機嫌よう。今地下都市にいる人の名簿が欲しんだけれど」
《承知しました。プリントアウトしますか、それともそちらにあるパソコンにデータを送りますか?》
「そのデータで配給用の管理ソフトが必要なんだけど、マイナンバーカードとリーダーでチェックできるシステムで作れるかしら?」
《承知いたしました》
しばらくすると会議室のパソコンの画面が開き、名前と性別、生年月日が入力されている管理用ソフトが表示された。
研究員たちは画面を見て称賛していた。
《後は使用するリーダーにペアリングコードを読み込ませれば完了です》
「さすがマザー、仕事が早いわ。ありがとう」
正孝が尚子のそばに来て言った。
「天野先輩、僕にもマザーと話しさせてください」
マザーが尚子以外の指示は従わないと言ったらまずいなと思った尚子はマザーに話しかけた。
「鈴木君がマザーと話をしたいそうよ。鈴木君から何を聞かれても主任とわたしとの秘密や約束ごとは暴露しないでよ」
尚子は冗談めいて言った。
《承知いたしました》
「やだな先輩。そんなことを聞きませんよ。でも高槻主任となんかあるんですか?」
「何もないわよ、冗談よ」
尚子は正孝にハンズリーイヤホンを渡しながら言った。
正孝はハンズリーイヤホンを装着するとマザーに話しかけた。
「地上ではどうなっているかわかるかい?」
マザーは何も答えなかった。
「マザー、どうしたの?」
正孝は少し焦りながら言った。
《挨拶もしない無法者と話したくありません》
正孝は慌てて挨拶をした。
「マザー、ご機嫌よう。悪かった」
《許しましょう。予測ですが地上は今、地震と火山噴火、津波で街は崩壊、塵と灰で太陽光を遮られているでしょう》
「そうか……教えてくれてありがとう」
正孝は暗い顔でイヤホンを外して、尚子に渡しながらみんなにマザーの言ったことを伝えた。
みんな黙って俯いたり、涙を流したりした。




