第二部 第一章 ①
西暦2090年2月、NASAは新たな小惑星が太陽系に現れたことを確認した。
小惑星の大きさは直径約10㎞、その小惑星をサドノイ(突然)と名付けて毎日観察を続けた。
3ヶ月観察を続けた結果、小惑星サドノイは少しずつ地球に接近していることが判明した。このままだと100年後に衝突の可能性があるとAIが弾き出した。専門家もそれぞれ独自で計算をしたが、やはり100年前後と結論付いた。
各国の首脳や首脳代理、専門家が集まり対策会議が開かれた。
サドノイの軌道を変えるための方法を話し合ったが、直径10㎞級の小惑星が高速衝突や重力牽引で軌道が変わるか問題視された。
時間をかければ何とか回避できるかもしれないとの専門家の意見でインパクタを使用することに決定した。
それと同時に前々から計画されてきた月基地の規模を今より大きくし、早急に建設することも決定した。
インパクタを使って何百回とサドノイに衝撃をあたえたが、軌道が少しずれて成功かと喜んでも何故かまた元の軌道に戻った。
次に宇宙船を並走させその引力で軌道をずらす重力牽引を試したが、サドノイは何の影響も受けなかった。
サドノイに直接エンジン装着をして軌道をずらすことも考えたが、サドノイ自体が地球に吸い寄せられているかのような動きを見せているので無駄だという結論になった。
再び各国の首脳、首脳代理が集まり、最終手段の核爆破による軌道変更、あるいは壊滅を実行するかが話し合われた。
核爆破は成功しても失敗しても電磁波による地球全体のインフラに多大な影響を及ぼし、混乱を招く可能性がある。失敗した場合、サドノイが地球に衝突するのを免れないどころか、月への移住も危ぶまれる事態が起きかねないとの専門家の意見により、反対派多数で否決された。
つまり、小惑星サドノイの地球衝突は地球史上に残る大災害として近未来に起こる出来事だということだ。
会議に出席した者は皆生きた心地がしなかった。誰も言葉を発する者もなく重い空気だけが時間と共に流れていった。
インパクタによるサドノイへの衝撃は続けられた。それによって地球衝突までの時間は少しずつ伸びていった。しかし、サドノイは決して軌道を変えることはなかった。
2190年、希望の光、ルクススペスと名付けられた月基地がほぼ完成した。
AI、専門家が割り出したサドノイの地球衝突まであと50年もなかった。
各国では月への移住者の選別が秘密裏に行われた。
2200年最初の移住者は世界で名高い20人が選ばれて月に移住した。彼はらは科学者、物理学者、生物学者、地質学者、工学者、天文学者、建築学者、医学者などの分野で活躍している者たちだった。
月への移住を拒否する者もいたため、彼らには小惑星衝突のことは知らされていなかった。
次の年には生活に必要なものを製造できる者、料理人、服飾関係者、建築関係などあらゆる分野の職人などがルクススペスに移住した。
そうして1年毎に必要と思われる者が月へ移住し、30年の月日をかけて5千人が月で生活し、快適な移住地へと進化させた。
30年の間には月で生まれたこどももいて、託児所やら教育を受ける場など当初予定にはなかった施設も作られた。
そして2236年7月最後の移住者が月に向かった。最後の移住者は事情を知っている各国のトップだった。
しかし、宇宙船に乗った者もいれば、最後まで国民と共にそのときを迎える覚悟のトップもいた。
国によっては地下都市を築いたり、仮死状態で保存できるカプセルを開発したりしていた。
AIが最後に割り出したサドノイの地球衝突は2236年7月25日前後。
逃げ場のない人々には混乱や不安を起こさせないため、最後まで小惑星衝突の事実は伏せられた。
日本の大手建設会社数社と国が共同して都心の地下3㎞に地下都市を建設した。
地下3㎞にある円柱状のいくつかの建物は主に貯蔵庫として使われ、最悪の場合のみ人が避難できるようになっている。
地下1㎞に居住区や商業施設、農業施設、学校があり、地下1.5㎞に各種企業、各種研究所があり、地下2㎞に産業施設があった。それぞれの階には飲食店やコンビニエンスストアがあった。
この計画は小惑星衝突に関係なく元々日本で最大手の建設会社が構想を練っていたものを実現したものだ。
月基地より早く完成され、2200年には一つの拠点として機能されていた。
そうして2236年7月27日地球に小惑星がアフリカ大陸に落ちた。
人々が小惑星を肉眼で確認できたのは前日だった。しかしそれはアフリカ大陸にいた者だけだ。ほとんどの地球人は衝突が起きる瞬間まで普通に生活していた。
天野尚子は地下都市にある研究所に勤めていた。そこでAIを含むコンピューターの研究、開発を行っていた。
地球史上最も最悪な日になる朝、スマホが鳴った。JAXAに勤めている兄、崇からだ。
「どうしたの兄さん。こんな時間に珍しいわね」
「尚子、今どこにいる?」
「どこって家だけど?今から出勤よ」
「そうか…尚子の勤務先は地下都市だったな…尚子、今日一日絶対にオフィスから出るんじゃないぞ」
崇は懇願するように言った。
「何?どうしたの?」
尚子は崇の様子がいつもと違うと感じた。
「いいか、絶対にオフィスから出るな。約束だぞ。絶対に出るんじゃないぞ」
崇は何度も同じことを繰り返して通話を切った。
崇の様子にただならぬ不安を感じた尚子は急いで家を出た。
地下鉄に乗って地下都市入り口まで行き、マイナンバーカードをリーダーにかざすとドアが開き、すぐ目の前のエレベーターで降りる。尚子のオフィスは地下1.5㎞のところにあった。
そこからはオートウォークを使うかEVバスだが、尚子の務めるオフィスはさほど遠くないのでいつもオートウォークを使っていた。
40年以上前までは神戸にあったそうだが、この地下都市ができてからこちらに移ったらしい。
尚子はオフィスに着くと白衣に着替え、いつものようにマザーAIに会いに行った。
「おはよう、マザー。ご機嫌いかが?」
《おはようございます、尚子。ご機嫌はよろしくありません》
尚子は驚いた。ご機嫌伺いをしてよろしくないと言われたのは初めてだった。
「マザー、どこか不具合でも見つかった?」
《いえ、そうではありません。わたしの中に入った情報の中で漏洩できない事案があります。尚子、今日はここにいてください》
尚子はさらに驚いた。マザーまで崇と同じことを言うとは。
「何があるのと聞いても言ってもらえないわね?」
《はい。世界レベルでの機密事項です。お伝えすることはできません》
尚子は大きくため息をついた。
そういえば所長が今月始めに出張に行ってまだ帰らないけど大丈夫だろうかと尚子は心配になった。
「ここにいないとダメなの?ここ以外は危険だということ?」
《はい、非常に危険です》
「それは地下が安全だということ?地上が危険だということ?」
《地下が絶対的安全とはいえませんが、地上よりは安全です》
「いつ?いつ起こるの?」
《特定はできません。今日であることには間違いありません》
尚子は出来るだけ地上にいる人に地下へ入るように伝えなければと思った。
「マザー、すべての通信機器をハッキングして地下に避難するように伝えて!」
《申し訳ありません。それはできません》
「どうして⁈地上は危険なんでしょう?早くみんなを避難させないと…」
尚子がそう言ったすぐ後に大きな揺れを感じて、電気系統がすべて切れて真っ暗になった。揺れはしばらく続いた。
「何なの⁈」
揺れが止まって数秒後、コンピューターが回復した。
《地下単独動力に切り替えました》
マザーがそう言うと室内の照明がついた。
「マザー、何があったの⁈」
《説明いたします。直径10㎞級の小惑星サドノイがアフリカ大陸に衝突。衝撃波による地震、津波が発生。今後火山噴火が起こると予想されます》
「何ですって⁈」
尚子はしばらく思考が止まった。
《機密事項解除。これより全ての通信機器をハッキング。佐伯首相のメッセージを流します》
モニターがついて日本の佐伯首相が映った。
『日本国民の皆様、まずはお詫びいたします。このメッセージが流れているということは地球規模の大災害が起きていると想定いたします。地球に直径10㎞級の小惑星が衝突しました。おそらく地上は大地震と津波で壊滅状態だと思います。2090年NASAが…………………………」
尚子は思考が止まったまま、ぼうっとモニターを眺めていた。
首相の話はしばらく続いた。
『…………………………というわけで地下都市の皆様、100年は地下で生活できるだけの備蓄を冷凍、乾燥保存しています。地球の環境が正常に戻るには数年から数十年かかるでしょう。生き残った皆様は地上に出られるようになるまで踏ん張ってください。
わたしはこのメッセージが流れている頃には地上で命を落としているでしょう。余儀なく命を奪われる方々と共にあの世に参ります。生き残った皆様、あの世から見守っています。さようなら』
《映像を終了します》
モニターが消えた。
《月が小惑星落下の影響で地球から離れています。地球の回転速度が変わります》
「月が離れている?どういうことなの?地上はどうなっているの?」
《地上はどの国も地震、津波、火山噴火、ほぼ壊滅状態。空気中は塵や灰で太陽光が届かなくなっています。今後月が離れた影響で地球の回転が速くなり、一回転8時間になります。暴風や高波のため、月が戻るまで地上には出られないでしょう》
「つまり1日が8時間てこと?」
《時間の概念は太陽の動きによって人間が作り上げたもの。地下では日の出も日没もありません。従来通り24時間で生活しても問題はありません》
尚子はマザーから聞いても実感がわかなかった。映画のワンシーンを見ているような気持ちだった。




