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第一部 第七章 ①

 カイたちが地球から戻って数日が経った。

 カナダに向かった月の者たちが生きているとわかって、ルクススペスではその話題で持ちきりだった。

 捕虜になった要人たちも戦闘員50人もジョージ以外は無事に帰ってきたし、地球人は案外ぬるいのではないかという認識が月の者に浸透しつつあった。

 地球はとても美しく、月よりもずっと住みやすい環境であることも帰って来た戦闘員たちがすぐ話題にするので、ルクススペスの住人は地球への移住の思いを膨らませるばかりだった。


 カイとアランはダイニングバーで夕食を兼ねて飲んでいた。

 ここでも地球の話があちこちで交わされていた。


「おい、聞いたか?地球は宇宙服なしで地上で過ごせるらしいぞ」


「ああ、聞いた。月みたいに地下生活しなくても大丈夫だってな」


「土地も広いし自由に何でもできそうだな」


「地球人はみんなロボットって言うじゃないか」


「ロボットならタダでコキ使えるな、飯食うこともないし」


「メンテナンスが必要だろ。何が動力源かわからないが、そっちが必要だ」


「壊れれば捨てればいいだけだ。次のロボットを捕まえてくればいい」


「それもそうだな。地球人がみんなロボットならそこら辺にいっぱいいるだろうしな。ハハハ」


 カイとアランは近くのテーブルに座っている者の話を聞いて反吐が出そうだった。


「勝手なことを言いやがる」


 アランが怒りを抑えて言った。


「古来からある人間のサガだな。何かを見下して従わせる。気に入らないと切り捨てる。そうやって人類の歴史は繰り返されてるから。いい加減断ち切ってしまいたい」


 カイが言った。


「お前ならどう断ち切る?」


 アランが上目遣いでニヤっとして聞いた。


「……難しい課題だ。人間だけでなく哺乳類全般のサガだから。雌雄のDNAが入り混じってお腹に存在した瞬間からもうすでにそれは親と呼ばれる者の所有物という概念が生まれるから。断ち切るならそこからだな」


 カイはハイボールを飲みながら言った。


「お前だいぶん酔っているな。親子の絆を失くせって?それはないだろう」


 アランは首を横に振りながら強く言った。カイも首を振って言った。


「酔ってない。それに絆の問題じゃない。地球には昔たくさんの動物がいたのを知ってるか?人のようにお腹で子を育てる動物は大抵皆群を作っていたそうだ。そして必ず強いものが群れの長になる。そのための戦いもあったそうだ」


「お前よく知ってるな」


 アランが感心して言った。


「数えきれないほど地球の本を読んだからな。卵から生まれる動物は群をなしたり縄張り争いをしたりしても、君臨しようとする動物はほぼいなかったそうだ」


「いったい何が言いたいいんだ?」


 アランが言うとカイはニヤリと笑った。


「それこそが哺乳類のサガだ。大小あるが、何かや誰かの上に君臨しようとする生まれながらにしてある潜在意識だ。スポーツ然り学問然り戦争然りだ」


「それでそれをどうやって断ち切るんだ?」


 アランは興味深々で聞いた。


「だから難しい課題なんだよ。DNAでも操作しない限り無理だと思うよ。まあ、神が現れて一気に潜在意識を浄化してくれれば別だが?」


「ハハハ、そりゃ夢物語だな。諦めるしかないか。それじゃ身近で小さな幸せでも探そうじゃないか、なあカイ。サラとどうなんだ?」


 アランはここぞとばかりに聞いた。


「どうって?」


 カイは全く心当たりがないとでもいうような言い方をした。


「とぼけるなよ。ジョージのお別れ会の後、サラとなんかあっただろ?」


 アランに言われてカイはあのときのことを思い出して顔を赤くした。


「ほーら、やっぱり!何があったんだ?」


 アランはニヤニヤして聞いた。カイは真剣な顔で言った。


「本当に僕的には何もない。サラにはあったが、彼女の名誉のために言えない」


「わたしの名誉って何?」


 突然頭の上から声がした。


「やあ、サラ。君も飲みに来たのか?」


 アランがサラを見て話題を変えようとした。

 カイの隣に座って、カイの襟ぐりを掴んだ。


「ねぇ、わたしの名誉って何かしら?」


 サラはカイを睨んで言った。


「サラ、離せよ。ここで言ってもいいのか?」


 カイはサラの手首を掴んで言った。


「どうぞ。言うまで話さないわ」


「本当に覚えてないのか?」


「何がよ?」


「ジョージのお別れ会の後のこと」


「全く覚えていないわ。さあカイ、話して」


 カイは小声でサラが酔った勢いで上着を脱いで下着姿になったことを話した。家族を思い泣いたことは言わなかった。


「バカ!何でこんなところで言うのよ!」


 サラはカイの頭を叩いてカイのハイボールを一気に飲んだ。


「痛っ!いや、サラが言うまで離さないと言ったんだろう」


「それはそうだけど……カイってほんと空気読まないわね!」


 サラは膨れっ面で横を向いた。


「なんだ、そんなことか」


 アランは残念そうに言った。


「何アラン?そんなこととはどういうこと?」


 サラが今度はアランに噛みつきそうだった。


「サラ、酔ってるな。1人なのか?誰かと飲んでたんじゃないのか?」


 カイが言うとサラはフフと笑った。


「酔ってないわ。頭にきてるだけよ。家で1人で飲んでたんだけど、むしゃくしゃしてきたから頭を冷やそうと出てきたの。あれから何日も経ってるのに未だ音沙汰なしよ。いつ救出するつもりなのかしら?どうせ要人どもが難癖つけてるのよ」


 サラはだんだん苛立ちをあらわにしてきた。


「それな!本当に要人たちは何を考えているんだか」


 アランも同調した。


「地球に移住できるようになったら要人たちは月に置いとけばいいのよ、役立たずなんだから」


 サラは本気とも取れるような言い方をした。


「まあそう言うな。余生ぐらい地球で過ごさせてやれ。腹は立つが僕たちだって歳を取れば同じようになる可能性は高いんだから」


 カイはサラをなだめるように言った。


「それも哺乳類のサガか?」


 アランは笑いながら言った。


「何?哺乳類のサガって?」


 サラはキョトンとした顔で聞いた。


「誰しもみんな同じことを繰り返すって話だよ、なあカイ」


「あーまあ、ちょっと違うけど、大まかに括ればそうかも…」


 サラは言っていることがわからず、2人の顔を見て怪訝そうにした。


「その話はよくわからないから終わりにして、明日乗り込むわよ!」


「どこに⁈」


 カイとアランは同時に聞いた。


「もちろん、地球帰還対策本部、本部長室よ!!」


 カイもアランも呆れていた。


「サラ、明日は休みで誰もいない。かなり酔ってるな」


 アランが言った。


「酔ってないわよ!」


「じゃあ今言ったこと覚えてるか?」


 カイが聞いた。


「もちろん覚えてるわよ。本部長室に乗り込むって言ったわ」


「じゃあ、前回のことは?前回も乗り込むって言ってたことは覚えてるか?」


 カイは再び聞いた。


「前回?そんな話したっけ?」


「この調子じゃ明日になったらまた忘れてるな」


 アランは苦笑いしながら言った。


「サラが歩けるうちにお開きにしよう」


 カイは言って席を立った。

 アランも席を立ったので、サラは不満そうにしながらも席を立ち店を出た。

 3人は店に前で別れた。


 カイはハウスに戻りながら、どうして哺乳類と卵生類は生まれ方が違うだけでこうも違うのだろうかと考えた。

 そもそもどうしてそういうふた通りの生まれ方があるのか、またふた通りの生まれ方しかないのか。

 カイはふと子供の頃読んだ地球の本の中の“たまごがさきかニワトリがさきか”を思い出した。この世の中考えても答えの出ないことは沢山ある。おそらく答えがあることの方が少ないだろう。

 月での生活はルクススペスという人が造った限られた空間、限られた生物、限られた環境の中で不思議な経験はほとんどない。卵が先か鶏が先かなんて考えることもなかっただろう。

 地球に行けばきっと不思議なことだらけで毎日がワクワクの連続に違いない。

 カイは地球への思いに馳せながらハウスに帰った。


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