第一部 第一章
西暦3200年地球はもうすぐ32世期を終えようとしていた。
2225年、20世期最大と言われた世界恐慌よりさらに酷い経済不況が世界を襲い、天変地異による地震、火山噴火、異常気象など、もはや地球は全体が混沌たる状態であった。
10年の長い年月をかけてやっと人々の生活が安定しかけたとき、2236年小惑星が地球に衝突した。
地球はほぼ壊滅状態、生命は全て途絶えたと思われた、月に逃げ延びた先進国の主要人物とその家族以外は。
NASAによる分析によって最大規模の地球近傍小惑星が地球に落ちる可能性が出てきたとわかったのが2090年。数カ国の先進国のトップにだけ知らされ、各国協力のもと月に地下基地を秘密裏に造り始めた。
100年という長い年月をかけて完成したその地下基地は“ルクススペス(希望の光)”と名付けられた。
2200年最初の移住者20人が選ばれて月に降り立った。彼はらは科学者、物理学者、生物学者、地質学者、工学者、天文学者、建築学者、医学者からより優れた者たちだった。
次の年には生活に必要なものを製造できる者、料理人、服飾関係者、あらゆる分野の職人などが送り込まれた。
そうして1年過ごしては必要と思われる者が毎年月へ移住し、30年の月日をかけて月を快適な移住地へと進化させた。
そして2236年7月最後の移住者が月に向かった。事情を知っている各国のトップは最後の宇宙船に乗った者もいれば、最後まで国民と共にそのときを迎える覚悟のトップもいた。
逃げ場のない人々には混乱や不安を起こさせないため、最後まで小惑星衝突の事実は伏せられた。
そうして2236年7月27日地球に小惑星が衝突した。
衝突の瞬間、月にも影響は多大に出た。月は地球から離れてしまい、自由浮遊小惑星となった。
3200年、月が約千年ぶりに地球に近づいた。
ルクススペスではお祭り騒ぎになっていた。
月に移住当初の予定では小惑星衝突後、10年で無人探査機を送り込み、地球の状態を把握しながら徐々に戻る予定だった。
ところが月が地球から離れてしまい、銀河を彷徨うことになってしまったため戻れなくなったのだ。
月には5千人ほど移住していたが、今ではその100倍になり、ルクスペスも当初よりも広くなったとはいえこれ以上増えると生活できない状態だった。
後世に引き継ぎながら、天文学者や科学者、数学者などが長年かけて地球への接近時期を割り出し、地球帰還の準備も進めてきた。
地球が元の状態に戻っているなら月が近づくと引き寄せ、地球もさらに安定するだろうと予測を立てていた。
予定通り、月は地球に引き寄せられ公転し始めたのだ。
月が公転を始めて1ヶ月後、地球に無人探査機が送り込まれた。
無人探査機から送られてくる映像の地球の姿は変わり果てていたが、今や小惑星衝突前の地球を知るものは誰いない。
およそ直径300kmにも及ぶクレーターがアフリカ大陸の赤道近くにあった。おそらく小惑星はここに落ちたのだろう。映像を見た人々は悲嘆の声をあげた。
何ヶ所か、いつ探査しても霧のようなもので覆われて状況が把握できな場所があった。
半年かけて無人探査機で探査した結果、人類を地球に送ることになった。
地球に向けての小型宇宙船に乗り込んだのは、ジョージ、アラン、カイ、フラマの4人。実際に人類が生きていけるかの確認のためだ。
4人は初めて降り立つ地球に感慨深いものを感じていた。自分のルーツである地球、先祖たちが帰りたいと切実に願った故郷だ。
小型宇宙船はまずクレーターの近くに着陸した。宇宙服を着用したまま4人は宇宙船から降りた。大気質、酸素濃度、気温、湿度を測定し、正常値であることを確かめた。
初めに最年長のジョージがヘルメットを脱いだ。ジョージは大きく息を吸い吐いてから満面の笑顔で両腕を頭に掲げてOKサインを出した。
他のメンバーもヘルメットを脱ぎ捨て、深呼吸をくりかえし、飛び跳ねて喜んだ。
「うおー、地球だ!地球の大地だ!」
最年少のフラマはそこら辺を走り回った。
ジョージとアランは宇宙服を脱いで大地に寝転んだ。
カイは広大な草原を眺めた。
しばらくして4人はクレーターの中を捜索することにした。
宇宙服とヘルメットを被り直し、小型探査機にジョージとアランが乗り込みクレーターの中に降りて行った。
カイとフラマは残り、探査機から送られるデータを分析する準備をしていた。
「動くな!」
声がしてカイとフラマが振り向くと、銃を持ち鎧を身にまとった者たち数十名に囲まれていた。
二人は声が出せないほど驚いた。
すぐさま二人は拘束され、目隠しをされ猿ぐつわをかまされた。しばらく歩かされ、その後車に乗せられた。車で移動すると今度は飛行機に乗せられた。
かなりの時間飛行機に乗ってどこかに着陸した。また車に乗せられ、降りた先で建物らしきところに入った。エレベーターにも乗った。ついた先で目隠しと猿ぐつわが外された。
そこは広いホールのような所だった。周りに数人の鎧をつけた兵士が立っていた。
中央奥は扇形に広がる十数段の階段があり、その上には仮面をつけた人らしき者が椅子に座っていた。
「ようこそ、地球帝国へ。わたしは帝国の女王アマヒ。侵入者たちよ、お前たちはどこから来た?」
カイは黙っていたが、フラマがカイをチラリと見てからアマヒに向かって言った。
「僕たちは月から来ました。僕たちの祖先も元は地球人です。千年の時を経て帰ってきたのです」
アマヒは目を細めて二人を見据えた。
「…そうか。お前たちは千年前、民と地球を見捨てて逃げた者の子孫というわけか。二人を地下牢へ連れて行け!」
ジョージとアランはカイたちと連絡が取れなくなったことを不審に思い、クレーターから出て来た。
データ分析器が壊されて誰もいなかった。
ジョージとアランは二人の名前を呼んだ。何もない草原に隠れる場所はない。
ふとアランが足元を見て何か落ちていることに気づいた。アランがそれを拾い上げると木でできた穴の空いた小さな玉だった。
「それは…!」
ジョージが玉をアランから奪い取った。その玉はいつもカイが身につけているブレスレットの玉だった。
カイが肌身離さずいつもつけていたのでジョージはなんなのか聞いたことがあった。
「これは地球の菩提樹から作られたもので、月に移住した始祖が身につけていたものだそうです。代々受け継いで今は僕が預かって身につけています。身につけていないと枯れるそうで。きっと人の汗や油が養分なんでしょうね」
ジョージは他にないか足元を探した。
アランはジョージの奇怪な行動に戸惑ったが、訳を聞いて一緒に探した。
クレーターから数メートル先でアランが見つけたと手を振った。さらに数メートル先で3つ目が見つかった。
二人は数メートルおきに一直線上に落ちている玉を拾い集めた。28個拾ったところでもう玉は見つからなかった。
二人が攫われた方向を教えるためにカイがブレスレットを切って置いて行ったのだと思った。
「あんなに大事にしていたブレスレットを…」
ジョージとアランはもう少し先に行って見た。すると大きなタイヤの跡が真っ直ぐに続いていた。
二人は小型宇宙船に戻って、宇宙船でタイヤの跡を追った。
しばらく行くと小型飛行機が置いてあるのを見つけ、着陸した。
小型飛行機の中から鎧をつけた兵士が3人降りてきた。
ジョージとアランは人がいたのかと、驚きと感動で警戒もぜずに宇宙船から降りて、兵士に近寄った。
兵士は隠し持っていた銃を二人に突きつけた。
ジョージとアランは驚いて慌てて両手を上げた。
「地球に足を踏み入れるなと帰って伝えろ」
兵士は冷たく言い放った。
アランは弁解するように言った。
「俺たちは地球人です。千年前小惑星衝突の危機を免れて、月に移住した者たちの子孫です。ようやく地球に帰って来れたんです」
兵士はアランの足元目掛けて銃を撃った。
アランは固まって動けなくなった。
「アラン、大丈夫か!」
ジョージがアランに近寄ろうとすると、兵士はジョージの足元にも銃を撃った。
「何が地球人だ!我々の祖先や地球を見捨てて逃げた者の子孫のくせに!早く月に帰って伝えろ!さもないと人質の命はないぞ!」
ジョージとアランは急いで小型宇宙船に乗り込み月へと向かった。
地下牢でカイとフラマは途方に暮れていた。
「ジョージたちは大丈夫だろうか…」
カイはジョージとアランが心配だった。
「向こうには宇宙船があるから逃げれるんじゃない?…まさか、僕たちを置いて月に帰ってないだろうな…」
フラマは心配そうに言った。
「それならそれでいいよ。月に帰れば仲間を連れて助けに来れるだろう」
牢屋に入れられて数時間が経った。わずかな食事と水が運ばれてきた。
カイは食事を運んできた兵士に聞いた。
「僕たち以外に月から来た者はここにいませんか?」
兵士はジロリと睨んで何も言わずに去っていった。
「僕たち相当嫌われてるね……ああ、たったこれだけじゃ満たされないよ」
フラマはそう言って運ばれてきた料理を口にした。
カイは料理を見つめながらしばらく黙って考えていた。
我々祖先が月に移住した当時の苦労や月でどうやって発展を遂げたきたか歴史書を読めばわかる。
歴史書には地球には生存者がいない体で書かれていた。
それは直径10kmもの小惑星が衝突すれば、落ちた場所はもちろん、地球全体に衝撃波が広がり、地殻変動が起き、噴火や地震、ガスの発生、おまけに月が離れてしまったから自転が速くなり、気象状態も最悪になる。
生物が生きられない環境になると予測したのだろう。
でも、生き延びた人がいたら?
きっと月の移住者よりずっとずっと過酷な日々を過ごしただろう。
この質素な食事もここでは当たり前なのかもしれない。
地球にこの千年の歴史書があるなら月への移住者のことは悪魔のような存在として書かれているだろう。
カイは大きくため息をついた。
月の移住者は地球に残った者にとっては敵と同じだと思った。
兵士が二人やって来て、アマヒが話があるから一人だけ来るように言われた。
フラマはビクついた顔をしたので、カイが行くことにした。
カイは先程とは違う場所に連れて行かれた。3㎡ほどの小さな部屋で椅子が真ん中に一つだけ置かれていた。兵士はカイに椅子に座るよう促し、部屋を出て行った。
カイが椅子に座ると目の前の白い壁が透けていき、ガラス張りになった。ガラスの向こうには仮面をつけたアマヒが椅子に座っていた。
「お前の名は何というか?」
どこかにスピーカーがあるのか、アマヒの声が部屋に響いた。
「カイ…カイ・サナダと言います」
「ではカイ、月ではどのくらいの技術が進んでおる?」
カイはどういう意図でそれを聞いてくるのか考えた。月からの侵略を懸念しているのか、逆に月の資源の略奪を策略しているのか。
カイは出来るだけ当たり障りのないことを答えた。
「月では主に地下が生活区域です。月の表面は大気がないので温度が極端で住めません。全て地下で農業も製造も行われています。月は地球と同じような鉱石が豊富なので、燃料やハイテク技術において今のところ困っていません」
アマヒはしばらく黙っていた。
カイは緊張をして汗が出てきた。
「軍事技術はどうだ?」
カイはきたと思った。銀河を放浪している間、人為的な攻撃はなかったが、隕石や小惑星、宇宙ゴミによって度々月は危険に遭遇してきた。レーザー光線や命中率100%の高速ミサイルなどそれらを回避するための技術は秀でていた。
カイは迷った。高度な技術があることをあからさまにして脅してみるか、軍事能力は低いとして油断させるか、相手がどれほどの軍事技術を有しているかにもよると思った。
カイが黙っているとアマヒは再び聞いてきた。
「なぜ、黙っておる。軍事技術はどうかと聞いている」
カイは一か八か聞いて見た。
「地球は戦争が多発しているのですか?」
「……なぜそのようなことを聞く?」
「あ……僕たちの軍事技術が必要なのかと思いました」
アマヒは黙った。カイはまずいことを聞いたのかと内心ヒヤヒヤした。
「地球はこのアマヒが全てを治めておる。戦争などない」
アマヒはニヤリとした。
カイははまた悩んだ。地球全体を治められるほどの軍事力があるのか、まだ戦争が起きるほど人々の暮らしは回復していないのか。こちらの意図を見抜いての返事か。どちらにしてもこのアマヒという者はただ者ではない。
「我々は戦争を体験したことがないので軍事技術はありません。ただ、小惑星を破壊するだけの威力ある武器は所有しています」
カイは少し曖昧に、しかし本当のことを話した。
「そうか、わかった。お前たちの仲間二人は月へ帰らせた。地球に足を踏み入れるなという伝言をもってな。月の者がどうでるかわからぬので、お前たちはしばらく人質として地球に留まってもらう」
アマヒがそういうとガラスがまた元の壁のように真っ白になった。
兵士が部屋に入ってきてカイについてくるように促した。
カイが兵士についていくと元いた地下牢ではなく、普通の部屋に通された。そこにはフラマもいた。
兵士は黙って出て行った。
「カイ、良かった。無事だったんだね」
「ここは?」
「しばらくはここが僕たちの住まいだってさ。風呂もトイレもあるよ。ドアは鍵がかかって出られないけどね」
カイはドアを開けようとしてみたがびくともしなかった。
カイは部屋を隈なく捜索した。
部屋に窓は一つもない。月での生活もそうだったから特に違和感はなかった。空気孔も何箇所かあるが、とても人が通れる大きさではない。監視カメラもなさそうだった。
カイは2つあるベッドのうちのひとつに横になった。
「何の話だった?」
フラマがアマヒとの話の内容を聞いてきた。
カイはジョージとアランは月に帰ったことや伝言のこと、軍事技術を聞かれたことを話した。
「僕たちと戦争でもする気かな?」
カイは首を横に振った。
「それは我々次第だ。地球に降り立たなければ何も起こらないと思う」
「そんなの無理だよ。僕らだってもう月で全員いられない状態じゃないか」
「それはこっちの事情だ。地球人には関係ない」
「僕らだって地球人だよ!」
フラマは興奮状態だった。カイはフラマを落ち着かせてから言った。
「月が壊滅するほどの隕石が月に落ちることがわかったらフラマならどうする?」
フラマは突然何をというような顔をしたが、黙って考えた。
「隕石を回避する方法を考えるか、全員をどこかの星に移住させる」
「では隕石が落ちることが知っている者だけが移住して、他のものは知らされずにそのまま残されたら?それがお前の家族だったら?」
「そんなの許せないよ。最後まで全員が助かる方法を考えるべきだ……はっ、まさか!」
「そう、我々の祖先は同じことをしたんだよ。当時の技術では地球人全員を移住させることはできなかったかもしれない。だが残された者の気持ちは?小惑星が衝突した後の地球で生き延びることがどれだけ過酷か、フラマにもわかるだろう?歴史書には生存者はいないことになっているのだから」
フラマは黙ったまま俯いてそれ以上何も言わなかった。
月に戻ったジョージとアランはすぐに地球帰還対策本部に駆け込んで、地球でのことを対策本部長に話した。
対策本部長はすぐに各要人を招集した。
「地球は生存者が存在しており、我々が地球に足を踏み入れることを拒否している。今後どのように対策していくか、考えてもらいたい」
招集された要人たちがざわついた。彼らは間違いなく地球に帰れると思っていた。
「まずは話し合いをしてもらいましょう。我々も同じ地球人だ。話せば受け入れてもらえるはずだ」
「話し合いなんて必要ない。地球だって我々の星だ。足を踏み入れて何がいけない!」
意見は二つに分かれた。話し合いを推奨する派、勝手に地球に行く派どちらも譲らなかった。
「ではこうしましょう、まずは話し合いから。決裂すればその時は勝手にさせてもらいましょう。無人探査機のデータでは人の住んでいないところがほとんどだったので、我々50万人ぐらい、いつでも移住できますよ」
地球での話し合いをするためのチームが組まれた。要人3人とジョージとアランの5人でまず話し合いに臨む。もし彼らが半月経っても帰って来なければ、移住者第1団目千人がカナダに降り立つことになった。
5人を乗せた小型宇宙船は地球に向かって飛び立った。
小型宇宙船は地球に着くとジョージたちが兵士に会った所に着陸した。
前回来たときにはあった小型飛行機はなかった。
行く当てがなかったので地球人側が宇宙船を見つけるまで待つことにした。
カイとフラマが人質となって10日が過ぎた。
毎日3回食事を運んでくる以外、地球人と会うことはなかった。
何もすることがなかったので二人でプロレスしたり、言葉遊びをしたり、地球で住むことになったら何をするかみたいなことを話したりした。
二人はお互い、一人で人質にならなくて良かったと相手に感謝していた。
昼食が終わった後、片付けにきた兵士がカイについて来るように言った。
カイが兵士について行くと、初めてこの基地に来たときに入った狭い部屋に案内された。
前回と同じように椅子に座るよう指示された。
目の前の壁がガラス張りに変わっていく。仮面をつけたアマヒがいた。
「この映像を見よ」
アマヒがそう言うとガラスの上の方に映像が映し出された。
カイたちが乗ってきた小型宇宙船だ。ときどき人が乗り降りしている。よく見るとジョージとアランもいた。
「これは?」
カイは聞いた。
「3日前からここに停まっておる。お前の仲間に間違いないな?」
「はい、間違いありません」
「お前は何しにきたと思う?」
カイは考えた。カイたちを探しに来たのなら3日も同じところに留まっておく意味がない。なぜ同じところに3日もいるのか、まずここがどこか知りたいと思った。
「ここはどこですか?」
「10日前、お前の仲間がお前たちを探しにここに来て、我々が追い払った場所だ」
ここにいれば地球人に会えると考えているということだとカイは思った。カイたちを探すにしてもとにかく地球人に会わなければ埒があかないと考えたのだろう。
「おそらく地球人に会おうとしているのだと思います。話し合いがしたいのだと思います」
アマヒは兵士を呼び何かを伝えた。
しばらくすると映像で小型宇宙船の近くに小型飛行機が着陸して中から兵士が降りてきたのが映った。兵士は大きな銃を構え、全員を宇宙船から降ろし。目隠しと猿ぐつわをかませた。
そのまま全員小型飛行機に乗り込み、離陸した。
映像はここまでで切れた。
「また後で呼ぶ。それまで部屋で待機しろ」
アマヒがそう言うとガラスが白い壁になった。
カイは兵士に連れられて部屋へ戻った。
部屋に戻ったカイはジョージたちが来ていることをフラマに話した。
フラマは自分たちを迎えに来たんだと喜んだ。だがカイは手放しで喜べなかった。
月の者はどうしても地球におりなければならない状況だ。でも地球側は受け入れる気がない。話し合いは決裂するだろう。そうなれば人質継続だ。
夕食を食べ終わった後、カイは再びあの狭い部屋に案内された。
白い壁がガラス張りになりガラスの向こうに見えるのはカイたちが初めて通された広いホールだった。
「ガラスの向こうに部屋があるのかと思っていたが、これは3D映像なのか…」
誰もいなかったホールの階段上に突如椅子に座ったアマヒが現れた。
あのときのアマヒもプロジェクションマッピングの3D版だったのかとカイは思った。
「本物と見分けがつかないな」
カイは感心した。
ホールにジョージとアランと月の要人3人が目隠し,猿ぐつわのまま入って来て、兵士が外していた。手は後ろで縛られていた。
要人の一人が言った。
「我々は地球人だ。月に移住したとき月が地球から離れてしまい、ずっと銀河を旅していただけだ」
「そうだ。我々も地球人なんだ。地球は素晴らしい。宇宙服なしで自由に歩くことができる。こんなに素晴らしい星は見たことがない。地球人であることが誇らしく思う」
別の要人言った。
アマヒが黙っているともう3人目の要人が怪訝そうに言った。
「我々の言葉が通じないのか?野蛮人の生き残りか、宇宙からの侵略者なのか?」
「侵略者はお前たちではないか?」
アマヒが言った。
「何だと?地球は元々我々祖先のものだ!つまり我々のものだ!」
一人の要人が言うと後の要人も口々に同じ事を言った。
「お前たち祖先が地球を見捨てたのだ。もうお前たちのものではない」
「見捨てたんじゃない!10年経ったら地球の状況を把握して早くに戻って来る予定だったのに月が離れてしまったから戻れなかっただけだ。わたしたちは生まれた時から狭い地下基地で地球に降り立つことだけを目標に頑張ってきたんだ!」
「お前たちは地球に残された者の気持ちを考えたことがあるのか?」
要人たちは苦虫を潰したような顔をして何も言えなかった。
「話はそれだけだ。月が戻ったおかげで地球が安定したことだけ礼を言おう。宇宙船のパイロットは残してあとは地下牢へ連れて行け」
そこで映像は消えた。カイは複雑な気持ちだった。
しばらくしていつものアマヒが椅子に座っている映像が映った。
「お前は今のを見てどう思った?」
アマヒがカイに聞いた。カイは正直に答えた。
「複雑な心境です。地球に残された者がどれだけ過酷な状況の中でここまできたのか、僕には到底計り知れない。月の者を受け入れ難いのもわかる気がします。だけど月の者がどれほど地球に恋焦がれ、支えにしてきたかは月にいた者としてよく知っています」
「そうか…先程の3人を人質に取った。お前ともう一人の者は月へ帰す」
「え,ちょっと待ってください!」
映像が切れて元の白い壁になった。
兵士が部屋に入って来てカイはホールに連れて行かれた。
ホールにはすでにフラマが来ていた。
「カイ!」
ジョージもアランもカイを見て喜んだがすぐに暗い顔になった。
4人は目隠しをされ車と飛行機を乗り継ぎ、小型宇宙船の所まで兵士に送られた。
4人は宇宙船の中でお互いの状況を語った。
「じゃあ、僕たちはこのまま帰ってもカナダの移住組が出発するのか?」
カイが懸念そうに聞いた。
「ああ、そうらしい。カナダならアフリカからかなり離れているから大丈夫だろうという結論だ」
「女王がどこにいるかもわからないのに?」
ジョージは笑った。
「アフリカにいたじゃないか」
「気がついていないんだな。あれは映像だ。僕も最初はわからなかった。どこからか送られて来ている3D映像だ」
「何だって⁈」
3人同時に驚いた。カイは続けて言った。
「目隠しされているのも気になる。もしかしたらワープしている可能性だってある」
「まさか、そんな技術まで……」
アランは不安そうに言った。
「もしかしたらだ。月の科学者たちも諦めていた分野だから」
4人は黙り込んだ。
もし地球が高度な技術を持っていたら月の者の移住などすぐにわかってしまう。
気がついたらどうなるのか?全員殺される可能性もある。
月に着くと4人はすぐに地球帰還対策本部に向かい、本部長に報告した。
「カイとフラマが無事だったのは良かった。しかし、要人たちが人質に取られとは…」
本部長は天を仰いで大きなため息をついた。そして決意した面持ちで言った。
「どちらにしろ、半月経っても誰も帰って来なければ一ヵ月後に移住者をカナダに送ることになっている。それは決定事項だ」
「僕は反対です!地球の技術が優れていることを僕は垣間見ました。おそらく地球の女王はアフリカ以外のどこかにいて地球全体を把握しています!」
カイは強く訴えた。
「あの広大な地球を全て把握するなど不可能だろう。カイ、君の憶測で上層部の決定事項を覆すことはできんのだ」
本部長は腕を背中で組み、姿勢を正して言った。
カイは拳を握りしめて悔しそうな顔をした。
1ヵ月後、約千人を乗せた大型宇宙船は月を出発した。
宇宙船に乗った月の者たちは希望と期待を胸にそれぞれ地球への想いを馳せていた。
しかし、誰も地球に人類が存在していることを知らされていなかった。
大型宇宙船が月を出発してから4日後、ルクススペス内がやけに慌ただしかった。
要人たちが地球帰還対策本部に招集された。
「4日前に出発した宇宙船が、地球の大気圏を無事抜けたと報告があった後、連絡が取れなくなった」
会議室は騒然とした。
「考えられるのは2つ。通信機器に不具合が出たか、あるいは……宇宙船自体が何らかの原因で墜落したか」
さらに会議室は騒然となり、悲痛な声をあげる者もいた。
「とりあえず、第2団の地球移住は延期にして、捜索隊を送る。その結果次第で今後のことを検討したいと思う」
ジョージとアランとカイとフラマが地球帰還対策本部に呼ばれた。
4人が本部長室に入ると、本部長は苦痛な顔をして腕を前で組んで座っていた。
「君たちを呼んだのは他でもない。もう一度地球に行ってもらいたい」
「どういうことですか?」
ジョージが聞いた。本部長は深くため息をついた。
「4日前に出発した宇宙船が地球の大気圏を抜けたと報告があってから音信不通になった。そこで君たちに捜索に行ってもらいたい」
カイは憤怒の形相をして本部長が座っている前の机を拳で思いっきり叩いた。
「カイ!」
ジョージがカイの前に立ちはだかり、アランとフラマがカイの身体を押さえた。
本部長は顔を背けたが、その顔は苦渋に満ちていた。
4人は地球に向けて小型宇宙船に乗って月を出発した。目指した先はカナダ方面だ。
「大気圏を抜けても高度をあまり下げるな。宇宙船はかなり大きいから見えるはずだ」
ジョージがアランに向かって言った。
小型宇宙船は大気圏を抜け、北アメリカ大陸の上空に出た。
カイとフラマは小型宇宙船後部下のハッチを開け、双眼鏡で宇宙船を探した。
地球にはまだ大きな森林が生息していなかったのでよく見えた。
フラマが双眼鏡を覗きながら言った。
「海ってどれぐらい深いのかなぁ。海に沈んでたらわからないかも」
カイはハッとした。そうだ、月にはなかったから考えなかったが、地球には海がある。海に沈んでいたらどうすることもできない。
「あっ!」
フラマが叫んだ。
「あれ、あそこの海の長細いような所の横」
「もう少しだけ高度を下げてくれ!」
カイがアランに言った。
「見えた!間違いない」
大型宇宙船は湖のほとりにあった。
小型宇宙船は近くに着陸した。4人は宇宙船から降り、大型宇宙船を捜索した。
大型宇宙船は何ヶ所かにレーザー光線で切られたり穴が空いたりした後があった。
中に入ろうとしたが、中は火の海だったのか焼け焦げた後や、まだ火が燻っていて熱くて入れなかった。
「くそっ!」
フラムが拳で大型宇宙船を蹴った。
カイが何かに気づいて全員に小型宇宙船に乗り込むように言った。
「すぐに出発してくれ!」
カイが言うとジョージもアランも頷いてすぐに小型宇宙船を発進させた。
地上では戦車や大型車両が大型宇宙船に近づいていた。
戦車の主砲が小型宇宙船の方へ向けられた。大型車両のハッチも開き、中からレーザー砲が出てきた。
小型宇宙船は最高速度で雲海に飛び込んだ。
「間一髪だったね」
フラマが嬉しそうに言った。
「よく気づいたな,カイ」
ジョージが前方座席から振り返って言った。
「音が、エンジン音が微かに聞こえた」
小型宇宙船はそのまま大気圏に突入し、宇宙へ出た。
地球帰還対策本部の会議室では連日今後の対策が話し合われた。
大型宇宙船が地球人によって攻撃を受けたことは、地球から戻って来たジョージから報告を受けていた。
「地球側が攻撃してきたのだ。こちらだって応戦すべきだ!」
「そうだ!こちらにだって小惑星を破壊するだけのレーザー光線やミサイルだってある」
「しかし、そんなもので地球を攻撃すれば地球がどうなるかわからないじゃないか」
「どの道、地球人を何とかしないと月で一生過ごすことになる。戦争を仕掛けたもいいんじゃないか」
ほとんどの要人が戦争賛成だった。
専門家を集め、宇宙船を改造してレーザー砲、高速ミサイル砲を搭載するのにどのくらいの日数を要するか計算させ、5ヶ月の準備期間経て地球人に対して攻撃することが決定した。
今回の地球での出来事と地球帰還対策本部の決定事項がルクススペス全館全員に知らされた。そして戦闘員として地球に赴く者を募った。
カイは地球帰還対策本部室に談判に行った。
「戦争なんてどういうことですか!相手の軍事能力もわからないというのに!」
「要人たちの話し合いの決定事項だ」
本部長は顔を横に背けた。
「また犠牲者を出すつもりですか⁈」
本部長はカイを睨みつけた。カイは引き下がらず続けた。
「何年かかってでも話し合いをするべきです!」
本部長は机を叩いて立ち上がった。
「お前はまだ若い!だが、地球に降りたくて長年頑張って来た者があと何年生きられると思っている!やっと目の前に地球が見えているというのに、地球の大地を踏むことなくこの世を去らなければならないんだ!その無念さがお前にわかるか!」
カイは何も言えなかった。ただ頭を下げて部屋を出ることが精一杯だった。
5ヶ月後、レーザー砲を搭載した宇宙船に100名の戦闘員が、高速ミサイル砲を搭載した宇宙戦に50名の戦闘員が乗り込み、地球に向けて出発した。




