第20話「三杯半の結語――こわやさしい橋」
【前回のあらすじ】
最終訂正が王都標準に。番号の森 v1.0、帰順の橋=本橋に。——ただ一つ、L-109:冷却拒否/帰順拒否の石だけが欄干の外側に残った。
◇
朝。王都広場。
王太子の机に札が二枚。
《迷ったら四十八時間》/《読まない勇気》
その横に、新しい一枚を置く。
《参加しない勇気(非参加書式 v1.0)》
—非参加宣言(理由任意)/安全距離条(接触制限と期間)/再接続窓(いつでも戻れる橋口)
—名前黒、番号太、構造図は細線で「関わらない線」を示す。
「意志の置き場を、手順の中に」
私は扇を伏せ、笑顔の角度を零度にする。説得を始めると温度が上がるから、置き場から示す。
◇
L-109 当人が来る。
音の出ない歩き方。目は静か、背は硬い。
「橋は渡らない。意志だ」
「意志は尊い。——非参加も書式で、誰も落ちないようにします」
私は札を示す。
《非参加宣言》
・期間(三十日)
・安全距離条(相互非接触・番号運用のみ)
・再接続窓(通知一枚で仮橋から)
彼は黙って読み、短く頷いた。
「罰にしないか」
「罰なら番号は細く、恥が太くなる。——これは欄干です」
彼は署名し、魔素印を落とす。音は出ない。だが、欄干の外にベンチができた。
◇
王太子が壇に立つ。
「最終訂正・結び——“こわやさしい”は、勇気の節約の別名だ」
彼は短く区切る。
「未熟=違反は番号で直す。名前は黒、線は細、番号は太。
読む勇気と読まない勇気は、同じ棚に置く。
参加する勇気も、しない勇気も、落ちない欄干で受ける」
見出しが貼り替わる。
《結語:こわやさしい=勇気の節約/欄干の設計》
ラモナが“手”だけ撮る。拍は小さく、長い。
◇
昼。最終点検。
橋の陰圧 v1.0は静かに息をし、逆流の栓は鈴・鍵・箱で連動する。
番号の森 v1.0は風で揺れず、庶民版構造図は破線で角を守る。
チーノが数字を並べる。
「求償見込み:八割三分。引受余力:1.72。四杯目=13世帯」
メイが掲示に丸をつけ、白チョークで湯気を三筋足す。
「備考欄に“四杯×13”」
燕の箱には一通。
《待ったら眠れた。——寝てから読むと、怒らずに済んだ》
私は小さく頷く。睡眠は文明の底力だ。
◇
午後。手の写真展・最終回「欄干の手」
——破線を引く手。
——鈴の尾を測る手。
——三行を板に書く手。
顔はない。あるのは工程と温度だけ。
セラドンが絵の前で足を止める。
「退屈は丈夫だった」
「丈夫は平和に変わりますの」
彼は短く笑った。地下の笑いは、地上に遅れて届く。
◇
夕刻。庁舎前で小さな式。
帰順の橋・本橋を渡った番号たちが、再発防止講の“卒印”をもらう。
L-109の席は、欄干の外のベンチ。
私は彼にだけ紙を一枚渡した。
《読まない勇気・延長札(任意)》
——四十八時間単位で延長可。再接続窓は常に開いている。
彼は受け取り、何も言わなかった。意志は音より長く残る。
◇
夜。事務所の灯りは低く、甘くない。
最後の三行を書く。
〈本日の三行/結語〉
・未熟=違反(番号)の標準化+非参加書式で意志の置き場を確保。
・橋の陰圧/逆流の栓/番号の森はv1.0で安定。
・四杯×13到達——三杯半は街の標準温度になった。
チーノがチョークを置き、メイが小さく拍を打つ。
私は扇を閉じ、笑顔の角度を一度だけ深くする。
紙は夜に乾き、刃は朝に研げる。
欄干は橋を守り、橋は川を越える。
こわやさしいは、勇気の節約の設計図。
そして、泣く人の数は、今日も一、数字で減った。
—完—




