第17話「地下の新番号――S-19-Kの根と“橋の陰圧”」
【前回のあらすじ】
止み際短縮=改造鈴を特定。逆流の栓 v1.0で鈴・鍵・箱を連動、市民UIはv1.0へ。四杯目は9世帯に。
◇
朝。南門監査端末。
チーノがグラフを示す。「S-19-K、表層は静か。でも根がある」
根=影口座への細い吸い込み。数字は小さく、連続している。
「橋に陰圧をかけます」
私は扇を伏せ、紙を二枚並べた。
『橋の陰圧(試行 v0.9)』
一、支払い順序の反転(被害者→手順従事者→加害側返還)
二、段階支給(分割×短期)で合法的な“引き寄せ”を作る
三、止水栓の前後に小窓(照合済みの微額還流のみ許容)
四、音監視と番号突合を常時
——吸い上げで、逆流を止める
「押すだけじゃなく、引く」
メイが頷き、雪印を一つ描いた。
◇
午前。影金庫#S-12。
セラドンは目を細める。「陰圧? 金に肺はない」
「流れはあります。返済熱が冷えた所へ、温かい支給を刻みで落とす。番号で引く」
私は段階支給表を示す。
被害者:週払い→月末清算/従事者:聴聞から48h以内の手当/加害側返還:供述→回収→陰圧口座へ
「鈴は真ん中、止み際は規定秒。音の不在は即遮断」
セラドンは短く笑った。「退屈だな」
「退屈=丈夫。地下でも同じ」
◇
昼前。供給者協会・月末判定。
若手が胸を張る。「未遂告発三件、全件記録、実地演習三巡」
協会長の押印が二度鳴る。
「——成果割引 二割継続」
チーノが算具を弾く。
「求償見込み:七割八分→七割九分。引受余力:1.64→1.66」
メイが掲示に丸をつける。「四杯目は?」
「十世帯へ」
「備考欄に“四杯×10”」
◇
午後。市民UI v1.1。
【音】半音/止み際/不在+「尾の長さ(秒)」
**【鍵】**二人運用チェックボックス
【橋】“陰圧支給”の説明リンク(三行)
・押す+引くで逆流を止める
・支給は刻み、照合は連続
・迷ったら四十八時間
「読まない勇気の札も横に」
メイが並べる。読者の手順と読まない勇気は、表裏の栞だ。
◇
王太子室。
机端に先行冷却札が二枚並ぶ。
《迷ったら四十八時間》/《読まない勇気》
王太子は短く言う。
「陰圧、公庫にも合わせる。週払い→月末清算。番号で記す」
「未熟は違反、陰圧は設計。——情は札へ」
法務補佐が「撤回権」の欄を指で叩く。
「週払い掲示にも撤回を入れる」
「入れます」
◇
夕刻。南門の風。
鈴が二度鳴り、止み際は規定秒を保つ。
だが端末に新しい記号。
〈S-19-K-β〉——枝番。尾は正常、音量が僅かに低い。
チーノが眉をひそめる。「油が変わった?」
鍵具商組合へ走る。老職人は即答した。
「薄め油だ。音は静か、軸は早く摩耗。帳簿が止まりやすくなる」
静かな逆流。
私は陰圧の小窓に摩耗検知を足した。
『橋の陰圧 v1.0』追記
・音量の閾値/摩耗指数で遮断
・薄め油使用の仕入帳を第三者保管
「静けさは嘘になる。——静かすぎたら止める」
◇
夜。欄干番の巡回に耳当てが支給された。
「尾と音量の両方でチェック」
子どもたちは真面目に頷き、破線を重ね貼りして走る。
ラモナが写真を一枚。耳当てを持つ手。
「退屈の記録は続編が利く」
◇
聴聞・短期。
鍵具商若番、運河茶店主、協会若手。
「薄め油の納入先を供述すれば、帰順加点」
若番は頷き、仕入帳の黒を朱で埋めた。
「匿名は黒でいい。番号は太で出す」
「了解」
橋の陰圧が回りだすと、影口座の小さな吸い込みが地上へ戻り、段階支給が被害者の月末清算で太くなる。
湯気が増え、皿が減らない。
◇
深夜。三人で静かな帳簿。
チーノが指先で数字を並べる。
「回収:七割九分。引受余力:1.66。四杯目×10」
メイが三行を走らせる。
〈本日の三行〉
・橋の陰圧 v1.0:押す+引くで逆流抑止/段階支給開始。
・S-19-K-β:薄め油による静かな逆流→摩耗検知で遮断。
・月末判定:割引2割継続/内部告発加点/四杯×10。
私は扇を閉じ、笑顔の角度を一度だけ深くした。
退屈=丈夫は習慣=平和に馴染み、鈴の止み際は街の眠りの長さになっていく。
窓の外、半音ではない一音。
尾は規定秒、音量は十分。
橋は陰圧で、静かに息をしている。
———次回予告———
第18話「最終梯子――“番号の森”と帰順の橋」
S-19-Kの枝番は番号の森へつながっていた。地上/地下の全番号を構造図で束ね、求償の最終梯子を掛ける時。帰順の橋を渡れる者、渡れない者。退屈=丈夫から決着=整頓へ。