第16話「逆流の栓――S-19-Kと“止み際”」
【前回のあらすじ】
読者の手順(市民UI)が街に入った。成果割引は二ヶ月目へ、そして南門に新芽 S-19-K。鍵鈴の止み際が短い——それは小さな異常。
◇
夜明け前。南門監査端末。
チーノが波形を示す。
「音程は真ん中。減衰だけ速い。三夜連続」
メイが耳を澄ます。
「——呼吸を止めた鈴みたい」
私は扇を伏せ、市民UIの欄を指で叩く。
【音】半音/止み際/不在——止み際が赤に点る。
「欄干番、増員。夜間巡回を二隊で回すわ」
「了解!」
◇
午前。鍵具商組合。
机上に並ぶのは、鈴・バネ・薄い油。
老職人は目尻で笑い、手は笑わない。
「止み際を短くするコツはバネと軸油。——泥棒も役所も、知りたがる」
私は素手で触らない。紙でつかみ、番号で聞く。
「S-19-K。Kは鍵。止み際短縮の依頼は?」
老職人は首を振った。
代わりに若い番頭が、視線で奥を示す。
奥の棚、“修理戻し”の札に同型鈴。
バネの戻し角に小さな爪。
——意図的だ。
「請書の控えを」
押印は匿名組合。受け渡しは運河茶店の裏口。
見覚えのある地名が、紙の端で冷たく光る。
◇
運河茶店。
店主は薄い湯を出し、薄い笑いを貼る。
裏口の柱に残る、三枚ごとの爪線。
私は扇の骨で軽く叩き、止み際の話だけをする。
「音の終わりを短くする。誰の指示?」
「……配合記録を抜く人たちだよ。鈴が長く鳴ると、書付を入れ替える隙がなくなる」
供給者梯子へ爪。
私は頷き、成果割引の紙に但し書きを増やす。
《鍵改造・止み際短縮=即時停止条項》
・割引停止/教育猶予延伸+実地演習
・告発があれば帰順加点
・鈴の交換履歴は第三者保管
チーノが数式の角を整える。
「止み際の短縮は、逆流の入口。止水栓を足す」
◇
昼。市民UI、v1.0へ昇格。
掲示板に新しい枠が増える。
《読者の手順 v1.0》
通報→48h待機→照合→公開
【音】半音/止み際/不在
【鍵】二人運用/交換履歴
【構造図】線は細、番号太、名前黒
「読まない勇気、ください」
メイが小さく言い、雪印を描き足す。
◇
午後。供給者協会・臨時会。
若手が立つ。「内部告発——鍵鈴を短くされた在庫が二箱」
協会長は深く頷き、私に視線で譲る。
「割引は停止しません。未遂+告発加点で継続。——ただし実地演習を増枠」
私は実習カードを配る。
【鈴】鳴らす/聞く/記録する
【鍵】二人運用/交換印
【箱】第三者保管—開ける前に番号**
「退屈が指に入れば、丈夫になりますの」
笑いが少し生まれ、空気の温度が下がる。
◇
夕方。欄干番の夜間巡回。
子どもたちは両手で掲示の端を押さえ、破線を重ね貼りする。
ラモナが“手”だけを撮る。
「写真は顔じゃなく工程。広告は退屈を嫌わなくなってきた」
「料理の本は退屈で売れます」
「名言にしないで。本文で効かせる」
彼女の冗談は、紙を湿らせず、火も強めない。
◇
夜。南門の風が、鈴を一度だけ揺らす。
——止み際が、長い。
チーノが端末に走り、グラフに尾が伸びる。
メイが両手で顔を覆って、すぐ下ろす。
「戻った」
戻ったは良い。だが誰が戻した?
私は扇を伏せ、鈴の交換履歴と運河茶店の受渡表を突合する。
同じ時刻、別の鈴。鍵具商の若番が裏回り。
——内部協力だ。
◇
聴聞。
鍵具商組合・若番、供給者協会の若手二名、運河茶店主。
私は鑑識の台帳に紙片を挟み、外形だけを置く。
「止み際短縮の加工、注文書の匿名、受け渡しの裏口。
三つ揃って逆流。——帰順は、供述+構造図から」
若番は肩を落とし、しかし視線を上げた。
「内部の人間が止められる仕組みなら、供述します。名前は、黒で」
「番号は太で」
私は帰順減免の欄に朱。
「停止条件は二つ。改造鈴の回収完了、実地演習の三巡」
供給者側の若手が拳を握る。「やる」
茶店主は深く頭を下げた。
「三枚ごとの爪線、やめる」
◇
深夜。止水栓プロトコルを清書する。
『逆流の栓(v1.0)』
・鈴:音程=真ん中/止み際=規定秒/不在=警報
・鍵:二人運用/交換印/第三者保管
・箱:開封は番号照合後
・割引:未遂+告発=継続、改造確定=停止
・迷ったら四十八時間
メイが庶民版を描く。
「絵にします。鈴の尾の絵、かわいすぎず」
「怖すぎずもね」
二人で笑う。笑いは仮眠条項の友だ。
◇
明け方。王太子室から短文。
《南門の“新芽”は番号で出す。
—“止み際”を市民UIに入れた功、三行で周知》
私は承りましたと返し、三行の板を取り出す。
メイがチョークで走る。
〈本日の三行〉
・S-19-K:止み際短縮を特定→改造鈴の回収と帰順開始。
・逆流の栓 v1.0:鈴・鍵・箱を連動/未遂+告発は割引継続。
・市民UI v1.0:止み際と交換履歴を追加、欄干番夜巡回。
チーノがそっと付け足す。
「引受余力、1.64倍。求償見込みは七割八分。四杯目は九世帯」
「備考欄に“四杯×9”」
湯気の数字が、壁の札より先にあたたかい。
私は扇を閉じ、笑顔の角度を一度だけ深くした。
退屈=丈夫が習慣=平和になりはじめる音が、確かにした。
――鈴の止み際が、今日から長い。
———次回予告———
第17話「地下の新番号――S-19-Kの根と“橋の陰圧”」
改造鈴の回収が進む一方、S-19-Kの根が影口座へ伸びる。止水栓を地下に延長するため、橋の陰圧(逆流防止の負圧運用)を実装。成果割引の月末判定、内部告発加点はどこまで効く? そして、王太子の机に置かれるもう一枚の先行冷却札——「読まない勇気」。