第14話「特別冷却――料理まで待つ」
【前回のあらすじ】
庶民版・構造図で欄干が増え、成果割引は初月で二割減。だが蜂蜜に古い噂の種。——48h+48hの特別冷却へ。
◇
朝。事務所の掲示板。
《特別冷却プロトコル(暫定 v0.9)》
・待機48h→照合→待機48h
・同意/撤回権/黒塗り範囲(本人選択)
・庶民版構造図の添付(名前黒・番号太)
・見出しは抽象語禁止(※“真相”不可)
「見出しから熱が出ますから」
私が言う。
メイはうなずき、角に小さな雪印を描いた。
「氷室、開けます」
◇
蜂蜜通信社・資料室。
古本屋から届いた**“黒塗りの前”**の写しは、甘く、熱い。紙は古く、角は丸い。
ラモナが両手を上げる。
「48h入れます。三点は?」
「同意、撤回、構造。順に」
私は扇を伏せ、チェックリストを配る。
《三点チェック》
同意書(本人直筆+魔素印)
撤回権(期限・方法)
構造図(関係線・影響範囲)
若手記者が手を挙げる。
「名前は?」
「黒。番号で語る」
ラモナは短く笑う。「退屈=丈夫、ね」
◇
午前。古本屋〈砂時計堂〉。
店主は紙手袋をはめ、低い声で言う。
「原本はない。写しだけ。寄贈者は匿名」
「寄贈簿を」
私は紙粉の向きを見て、印泥の圧を触る。
——北区修道会の写字生。日付は王太子の婚約以前。
チーノが眉を上げる。
「熱の源温が違う。恋の温度と政治の温度が混合」
「分留しましょう。料理は鍋を分ける」
◇
昼。修道会の書庫。
写字生は頬を赤くし、視線を落とした。
「写しました。許可は……情だけで」
「情は違反ではない。手順へ引き上げます」
私はテンプレートを差し出す。
《私信写し・同意補完書》
・本人/写字者/仲介
・黒塗り範囲(本人選択)
・撤回権(期限・通知先)
・公開目的(公益/検証)
「本人に送る。黒は本人が塗る」
写字生は深く頷いた。
◇
王都の別邸。
本人——かつての筆者(令嬢)は、驚くほど静かだった。
「黒は、ここ」
彼女は愛と嘆きを迷わず塗り、要件だけを細く残す。
——贈与の辞退、面会の拒絶、婚前条件の確認。
「番号で足りますわ」
「足ります。番号は逃げ場じゃなく、欄干」
私は撤回権の欄を指さす。
「二ヶ月、撤回可。用途限定つき」
令嬢は署名し、魔素印を落とした。
甘さは紙の外にこぼれ、熱は黒で眠った。
◇
特別冷却・一回目48h終了。
蜂蜜の編集卓で、三点照合の捺印が並ぶ。
「見出し、どうする?」
若手が尋ねる。
ラモナは迷いなく書く。
《贈与辞退と条件確認――番号で読む“手紙の外側”》
「料理の前置き」
彼女はペンを置き、二回目48hのタイマーを押した。
◇
同時刻。王太子室。
未熟ログの脇に小札。
《先行冷却・札》
迷ったら四十八時間/番号で直す/兼任禁止の自己申告
王太子は札を掲げ、短く言った。
「二回目の待機へ」
「承りました」
私は構造図の庶民版を添える。
人名黒、矢印は細く、番号は太く。
◇
夕刻。寮費基金・分配。
列は短いが、湯気は高い。
「四杯目、七世帯」
メイが掲示に丸をつける。
チーノが小声で足し算をする。
「LRI、胃の重みを0.37→0.38に。——湯気の高さで補正」
私は頷く。
「統計に香りを」
◇
夜。燕の箱に、一通。
《“古い噂”を待つのが苦しい。——でも、待ったほうが眠れた》
「眠れるは正義」
私は扇を閉じる。
ラモナから短文。
《見出し、差し替え可:“料理まで待つ”の注釈つける》
「注釈は欄干の小枝」
メイが笑う。
◇
二回目の48hが明ける朝。
蜂蜜の一面は、料理の火加減で出た。
《贈与辞退は確認/恋の文言は黒――番号で追う“未熟ログ#021”》
下段に庶民版構造図、隣に撤回権の欄、そして三行要約。
・甘さは黒、要件は細線
・番号で経路、人名は黒
・料理は火加減、公開は温度
人垣は静かで、拍だけが続いた。
王太子室からも掲示。
《公式訂正 1.3》
・“価値観の相違”→“贈与辞退と条件確認(疎明済)”へ置換
・未熟#021:手順3違反→先行冷却で再発防止
・撤回権:有効
「番号は歩道」
私は小さく言う。
歩道があると、誰かが走らなくてよくなる。
◇
午後。影金庫#S-12 実習・二回目。
助手が鈴を揺らし、セラドンが封印写しを整える。
「退屈に慣れてきた」
助手が照れ笑い。
セラドンは目を細める。
「退屈=丈夫。——君の合言葉は、意外に商いに効く」
「商いは睡眠が命ですの」
◇
夕刻。三行の板。
メイが書く。
〈本日の三行〉
・特別冷却:48h+48h完了/三点照合/庶民版構造図添付。
・公式訂正1.3:贈与辞退を明示、未熟#021を番号管理。
・四杯目:7世帯到達、LRI微修正(胃0.38)。
「引受余力?」
チーノが指を弾く。
「1.61倍。求償見込み七割六分。地下は横ばい、地上は改善」
「備考欄に“四杯×7”」
書く音が軽い。
◇
夜。
王太子が短い紙を寄越す。
《“特別冷却”で助かった。
——“迷ったら四十八時間”の札、私室にも貼った》
私は扇を閉じ、笑顔の角度を一度だけ深くした。
札は魔法ではない。けれど、勇気を節約する。
窓の外で、鈴が一音、真ん中で鳴った。
氷室の扉は閉じ、冷蔵庫は淡く灯る。
炎上は料理になり、噂は惣菜になった。
食卓に並べる前に、温度をそろえるだけの話だ。
———次回予告———
第15話「標準温度――“読者の手順”と街の眠り」
庶民版構造図と三行が街に定着。今度は受け手側の手順――“読者の手順”を整備する。通報→待機→照合の市民UI、欄干の保守、そして成果割引の二ヶ月目。その裏で、南門の影に新しい番号が芽を出す。退屈=丈夫、次は習慣=平和へ。