第13話「欄干の街――庶民版構造図と“退屈=丈夫”」
【前回のあらすじ】
影金庫#S-12に監査式を適用。鈴は戻り、帰順減免開始。街には**「迷ったら四十八時間」**の札。——温度は下がり、三杯半は増えた。
◇
朝。掲示板の前。
「——出たね、庶民版・構造図」
ラモナが指で示す。太い線。黒塗り。三行要約。
未熟=違反(番号で)
名前は黒、番号は太字
構造図で“結び目”を見る
「欄干が、一本増えた」
私が言う。
メイは頷く。「落ちにくい、です」
「炎上が料理になるの、好き」
ラモナがスマホ板をしまう。
◇
供給者協会。初月の“成果割引”採点。
「無事故、達成。抜き打ち照合、二回クリア。再発防止講、受講済み。鍵二重——」
若手の声が明るい。
「——二割減、適用」
私が印を置く。
協会長が低く笑う。
「見える得は、口論を減らす。数字で殴られたほうが、まだ楽だ」
「殴りません。欄干です」
チーノが補足する。「逆流は止水栓。番号突合も継続」
「了解」
◇
路地裏〈燕〉。冷却預かり箱が重い。
「今日の中身、感謝五、小言七、脅しゼロ」
メイが札を数える。
「ゼロがいい」
私が扇を倒す。
「“若さ”=殴らない、“違反”=番号で直す**。——箱の蓋に貼っておく?」
「貼ろう。迷ったら四十八時間も並べて」
燕が短く笑い、太字で書いた。
◇
王太子室。未熟ログの庶民版チェック。
「ここ、“#017”の構造図。線が太すぎると、羞恥が戻る」
「なら、破線。要件は残す」
王太子は素早く了承する。
見上げない。紙を見ることを覚えた顔。
「勇気は節約。迷ったら四十八時間——室内にも下げます」
「承りました」
◇
昼。広場の端で、手の写真展・第二弾。
——二人で持つ鍵束。
——訂正に二重線を引く手。
——鍋の湯気をすくうお玉。
「顔がない写真、広告が嫌わない」
ラモナが肩で笑う。
「氷室も嫌わない」
私が返す。
メイは白ペンで三行を添える。
“二重線”は丈夫
“鍵束”は二人
“湯気”は生活
◇
寮費基金・分配窓口。行列は短い、書類は軽い。
「次の方、三杯半→四杯目。移動費、今月ぶん確保」
「ありがとうございます」
受け取りの手が震える。
私は短く頷く。
「備考欄に“四杯”」
メイが書く。
チーノがLRIを更新する。
「胃を0.35→0.37に微修正。現実が追いついてきた」
◇
午後。影金庫#S-12、実習・一回目。
助手が鈴を示す。「音、真ん中。布、使わない」
「使うなら、待機札を先に」
私が“迷ったら四十八時間”を掲げる。
セラドンは無表情で見て、ようやく言う。
「……退屈だ」
「退屈=丈夫」
ラモナのメモがカサリと鳴る。
◇
そのころ——蜂蜜通信社、夕刊前。
若手記者が駆け込む。「古い噂の種、拾いました!」
「どこから?」
「西区の古本。——『黒塗りの前』の写し」
ラモナが息を止める。
“黒塗りの前”。私信の原文に近い何か、ということ。
「温度は?」
「熱い。甘い。名前あり」
ラモナは目を伏せ、そして顔を上げる。
「冷蔵庫。四十八時間。照合を三点」
若手は頷き、足早に去った。
◇
夕刻。事務所。三行の板。
「いきます」
メイがチョークを持つ。
〈本日の三行〉
・成果割引:初月集計→二割減、合意定着。
・庶民版構造図:欄干増設、破線で羞恥を回避。
・影金庫:実習開始、“退屈=丈夫”定着。
「引受余力は?」
チーノが指で弾く。「1.59倍。求償見込み7割5分据え置き。四杯目は6世帯」
「備考に“四杯×6”」
書き込み音が軽い。
◇
そこへ、蜂蜜から短文。
《古い噂、照合中。甘さ強い。氷室を開ける可能性》
私は息を整える。
扇を閉じる。笑顔の角度は零度。
「開ける?」
メイが問う。
私は首を横に振る。
「開ける前に、札。“同意・撤回・構造図”——三点確認」
チーノが即座に式を書く。
噂温度 −(同意+撤回+構造)= 公開可否
「温度が残ったら?」
「冷凍庫だ」
私が言うと、メイが目を丸くする。
「氷室より低い……?」
「48h+48h。——特別冷却」
ラモナから、もう一通。
《特別冷却、了承。見出しは**“料理まで待つ”**》
「助かる」
私は短く返し、棚から紙を三枚。
『特別冷却プロトコル(案)』
・48h待機→照合→48h待機
・関係者同意/撤回権明記
・庶民版構造図と黒塗り範囲の本人選択
——貼る前に、扉が二度、叩かれた。
王太子が立っている。従者はいない。
「古い噂の件、聞いた」
「特別冷却に入れます」
私が示す。
王太子は、紙を見て、頷く。
「番号で私を縛ってくれ」
「未熟は違反。番号は欄干。落ちないために、あります」
彼は目を細め、笑いそうで、笑わない。
「四十八時間、二回ね」
「——二回」
◇
夜。窓の外で鈴が鳴る。半音ではない。
メイが毛布を肩にかける。
「仮眠条項、三十分」
「十足りない」
「魔法」
薄い笑い。短い眠り。
——そして、明け方。氷室の鍵が、静かに回る音。
◇
【次回予告】
第14話「特別冷却――料理まで待つ」
古い噂は甘い。名前は黒へ、番号は太字へ。48h+48hの特別冷却で温度を落とし、同意・撤回・構造図の三点で欄干を増やす。退屈=丈夫は保てるか。四杯目は7へ。氷室の扉の向こうで、恋と責任は同じ温度になる——はず。