表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第3話:夜の侍女たち

後宮の夜は、昼間とはまるで別の顔を見せる。

窓の外では風が静かに揺れ、庭の樹木は黒い影を落とす。香りは、昼間の花の香りから、かすかに湿った土と古い薬草の匂いへと変わる。私は薬房の灯りを頼りに、香袋の成分を整理していた。瑠璃に危険はないと分かっても、事件の背後に潜む意図はまだ霧の中にある。


「杏様……」

小さな声に振り返ると、侍女の一人が戸口に立っていた。顔は青ざめ、呼吸は浅い。後宮では、侍女たちもまた、事件の影響を受ける。香袋の件は、彼女たちにとっても無視できない“危険信号”だったのだ。


「どうした?」

「実は……夜の間、瑠璃様の部屋から、不審な足音が聞こえたのです」

その瞬間、私の嗅覚が微かに反応した。足音に混じる匂い、すぐに違和感を感じる。靴の革と、金属の香り……この組み合わせは、単なる巡回者のものではない。


「匂いは誰のものか、追ってみましょう」

私は侍女を伴い、静かに廊下を進む。足音は止まっている。だが、匂いは残る。鉄の香り、古い薬の匂い、そして微かな花の香り――。これは、後宮でしか手に入らない材料の組み合わせだ。


その夜、侍女たちとのやり取りから、後宮内の人間関係の複雑さが浮かび上がる。瑠璃の周囲には、嫉妬や不満を抱く者が少なくない。匂いがそれを語る。誰が敵で、誰が味方か、嗅覚は物言わぬ証言者となる。


翌朝、私は蔵六に報告する。

「夜、瑠璃様の部屋の近くで、不審な匂いがしました」

蔵六は静かに頷き、香袋をもう一度嗅ぐ。彼の目は何かを思い出したように細められた。


「……これは、古い処方と後宮の材料を混ぜた、極めて高度な香袋だ。作れるのは、後宮内でも限られた数人だ」

「誰が……?」

「それは分からない。しかし、匂いの配置が示すのは“警告”だ」


警告。誰に向けられたのか、そしてなぜ瑠璃に届いたのか。答えはまだ霧の中にある。だが匂いが導く手がかりは、一つだけ確かだ――背後に立つのは、知識と権力を持つ人物だということ。


午後、薬房で再び香袋を解析する。成分の比率、順序、混合の仕方、すべてに意味がある。杏の嗅覚と経験が、それらを語る。鉄の香りは、過去の薬の痕跡、花の香りは人心を惑わす仕掛け、そして甘い香りは古い記憶――すべてが重なり合い、後宮の深い陰謀を示す。


「……次の手は、匂いから推理して、人物を絞ること」

蔵六の助言を受け、私は香りの軌跡をたどる。足音、香袋、そして夜の侍女たち……匂いの断片が線となり、やがて人物像を浮かび上がらせる。だが、その先に待つのは、後宮の秘密に触れるリスクだ。警告は、単なる香袋ではなく、後宮全体に向けられた警鐘なのかもしれない。


夜、薬房の小さな窓から庭を見下ろす。風に乗って微かに、金属臭と花の香りが混ざる。匂いは私を誘う――進むべき道、そして迫る危険を告げる。私は薬罐を手に、決意を固めた。


「誰の嘘を嗅ぎ分けるのか……」

小さく呟き、私は夜の後宮へと足を踏み出す。香りが示す真実をたどれば、次の事件への扉が開かれるはずだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ