表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪いの王  作者: 渡辺耀
4/5

第4話 ささやかな幸せの旅

 ホーレックの姿が消えてからの旅は、静かで穏やかだった。

 孤独だったはずなのに、なぜかバイレンの心は満たされていた。まるで彼のすぐそばに、ホーレックが寄り添っているような感覚すらあった。

(きっと、あいつの“呪い”がそう感じさせてるんだろうな)

 バイレンは微笑みながら、村の通りをゆっくりと歩いた。

 彼が初めてこの村を訪れたとき、誰もが彼を遠巻きに眺め、目すら合わせようとしなかった。

 だが今は違う。

「あ、バイレンおじちゃんだ!」

 小さな少年が駆け寄ってきて、彼の手をぎゅっと握る。

 バイレンは屈みこみ、少年の目線に合わせて笑った。

「今日は何かあったのかい?」

「ううん、昨日バイレンおじちゃんが井戸を直してくれたって、お母さんがすごく喜んでたの!」

「それはよかった。水がなければ生活できないからな」

「うん! ありがとう!」

 無邪気な笑顔に、バイレンはかつての“王”としての誇りを思い出す。

 ――そうだ、自分は人々の幸せのために生きていた。



 ある晩、バイレンは老夫婦の家に招かれた。彼が山道で倒れていた妻を助けたことがきっかけだった。

「こんなに食べ物をもらったのは久しぶりだ……」

 食卓には、温かなシチューと焼きたてのパンが並んでいた。バイレンは感謝しながら箸を取り、ゆっくりと味わう。

「バイレンさん。あなたのような人が村にいてくれて、本当に心強いですよ」

 老主人が言うと、妻も頷いた。

「まるで、“幸せの王様”みたいですねぇ」

 その言葉に、バイレンは手を止めた。

 “幸せの王様”――かつて、自分がそう呼ばれていた頃があった。

 しかし今は、それとは違う意味で人々に求められている。

「……いや、俺は“呪いの王”さ。だけど――今はその“呪い”に、感謝しているよ」

 老夫婦は顔を見合わせ、くすっと笑った。

「随分変わった呪いですこと。人を幸せにする呪いなんて、初めて聞きましたよ」

「ほんとですよ。どうかその呪い、うちの孫にも分けてやってくださいな」

 笑い声が暖炉の火に溶けていく。

 バイレンは、その温もりを胸の奥に染み込ませた。



 日々は緩やかに過ぎた。

 バイレンは鍬を持ち、畑を耕した。水桶を担いで井戸まで行き、子どもたちの遊び相手になった。

 誰かが倒れれば駆けつけ、困っている人がいればそっと手を貸す。

 自分の力は決して“奇跡”を起こすものではない。ただ、“寄り添うこと”しかできない。

 だが、それこそが人の幸せの根源だと、バイレンは今では心から信じていた。

 ある日、村の人々が相談を持ちかけてきた。

「そろそろ、村に“長”が必要だと思うんです」

「皆で話し合ったんですが、バイレンさんにお願いできませんか?」

 ――村長。

 その響きに、バイレンはしばらく言葉を失った。

 だが、やがて静かに頷いた。

「……いいのかい? 呪いの王だった俺が」

「バイレンさんは、私たちにとって“幸福の人”ですから」

 その言葉に、かつての“祝福の王”としての誇りが胸の奥から蘇るのを感じた。

 そうして、彼は村の“長”となった。



 数十年の月日が流れた。

 白髪はすっかり銀となり、足取りは緩やかになっていたが、バイレンのまなざしはいつまでも穏やかだった。

 ある春の朝。

 花が咲き乱れる庭先で、バイレンはベンチに腰かけたまま、そっと目を閉じた。

「……ホーレック。お前の呪いは……俺に、最高の幸せをくれたよ」

 そのまま、彼は静かに、息を引き取った。

 人々に見守られながら、涙と感謝に包まれて――

 やがて、魂は白き光に導かれ、あの場所へと還っていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ