第2話 白き死神との出会い
ホーレックと名乗った白き青年と共に歩くようになって、数日が経った。
「それにしても、お前……死神には見えないな」
バイレンはそう言って笑った。木々のざわめく山道を歩きながら、ふとホーレックを見る。彼は今日も変わらず白のマントを羽織り、どこか浮世離れした気配を纏っていた。
「人の魂を刈る者には見えん。むしろ、天使みたいだ」
「よく言われるよ。……いや、正確には、“人の目に触れること”自体が稀だからな」
ホーレックは淡々と答えるが、そこにはどこか寂しげな響きがあった。
「それでも、お前は俺を見つけた」
「それは……お前が“目に見えぬものを感じ取れる者”だったからだ。たぶん、昔からな」
「……昔から?」
「幸福を届ける力――あれは、単なる偶然や巡り合わせじゃなかった。お前は、魂に触れることができたんだ」
バイレンは足を止めた。ホーレックも立ち止まる。
風が、白髪を揺らす。
「けど、俺が触れた相手は……皆、不幸になったぞ」
「それは……」
ホーレックが俯く。その肩に、バイレンはそっと手を置いた。
「もういい。原因がわかっただけで、俺の心は軽くなった。長年、自分が壊れてしまったのかと思っていたんだ。何もかもが裏目に出る感覚――まるで呪われているようで」
「……実際、呪われていた」
ホーレックの声は小さく震えていた。
その手が、握り拳を作る。
「俺は死神であると同時に、運命を記す者でもある。お前の名の横に、“呪い”と記したのは俺だ」
「記した、だと?」
「そう……本来、“幸福”という運命を歩むはずだったお前の名簿に、俺が無意識に“呪い”の一文字を落とした。そうして世界は書き換えられた。……不可逆に」
沈黙が落ちた。
鳥の鳴き声すら、どこか遠くに消えたように感じられた。
しかし――
「……ふっ」
小さな笑い声が、バイレンの口から零れた。
やがてそれは声になり、彼は肩を震わせて笑い始めた。
「それは、まさしく“運命の皮肉”だな」
「……笑えるのか?」
「ああ、笑えるとも。そんな小さな“書き損じ”で、俺の人生はまるごと狂ったってわけか」
「……本当に、すまない」
「謝るな。お前のせいだけじゃない。運命とは、そんなもんだろ?」
バイレンは陽の差す道を見上げる。
その顔には、どこか晴れやかな色が浮かんでいた。
「それに、こうしてお前に会えた。呪いの始まりが“ホーレック”なら、呪いの終わりも“ホーレック”であってくれたら、少しは救われる気がする」
「……バイレン」
ホーレックは言葉を失った。
その心に、不思議な痛みが灯るのを感じた。
(なぜだ……俺は死神。人の魂を等しく見送り、心を持たないはずなのに)
その夜。焚き火を囲み、ふたりは無言のまま空を仰いだ。
星が、静かに瞬いていた。
「なあ、バイレン。もし……もしもだが、すべてを“元に戻す”方法があったら、どうする?」
「元に戻す、か……」
バイレンはしばらく考えたあと、ゆっくりと首を振った。
「もう過去は、戻さなくていい。俺は“呪いの王”として生きてきた。その痛みも記憶も、すべてが俺の一部だ」
「……そうか」
ホーレックは目を伏せる。その胸の奥で、ある“決意”が形を取り始めていた。
(ならば――俺が背負おう。お前のために、俺が“禁忌”を犯す)