第61話 生きても分からぬ死からの執着
「――備が!……まぁいいか。」
心の準備を整える間もなく放り出されたマサトは、わずかな戸惑いを覚えつつもすぐに気持ちを切り替え、チャムを元に戻すトリガーとなるであろう寿司を探し始めた。
「多分ここら辺に……。あったあった!」
転がっていた寿司桶を拾い上げ、中身を確認する。幸いにも蓋が閉まっていたおかげで、中身が散らばる惨事は免れたようだった。
「中身の寿司は………大丈夫そうだな。てか、アイツあの言いぐさでカリフォルニアロール頼んでないのかよ。河童巻き単品だし………キショ。まぁいいや、アイツの腹を満たせれば何でも――」
寿司桶の中身を確認して顔を上げると、そこには恨めしそうに寿司桶を見つめるゴーストが三体いた。気まずい空気の中、互いに顔を見合わせたまま、しばらく固まっていた。
「………あ、どうも。」
マサトは軽く会釈すると、寿司桶を抱えて走り出した。寿司桶を奪われたゴーストたちは激怒し、ものすごい形相でマサトを追いかけ始めた。
「完全に油断してた!!ゴーストって魔力探知引っかからないのかよ!!」
「「「寿司よこせぇぇぇえええええ!!!」」」
廊下に響き渡る絶叫は、もはやこの世のものとは思えないほどの怨念に満ちており、マサトは背後に迫る冷気と圧迫感に、生きた心地がしなかった。
「どんな声量してんだ!!これかっぱ巻きだぞ!!そこまでの執着を出せるようなものではないだろ!!お前ら心霊とかとは別ベクトルで恐ぇよ!!!」
必死の抗議も届くはずなく、背を向けて逃げ出すマサトに、ゴーストは容赦なく邪悪な魔法を撃ち始めた。
「【石化魔法】」
「【腐敗魔法】」
「魔法名から伝わるものすごい殺意……いやだから何でだよ!!言っておくけどかっぱ巻き以外マジで何も入ってないからな!!かんぴょうすら無いからな!!」
単なる食い意地というにはあまりに重すぎる殺意に、マサトは涙目で廊下を激走した。すると、ゴーストの一体が目を血走らせ、早口で魔法を唱え始めた。
「【何が何でも冥界へ引きずり込む魔法】」
「【火の玉】【火の玉】ツボミヘルプ!!明らかに喰らったらやばそうな魔法が!!やばそうな魔法がぁぁぁぁあああ――!!!」
魔法が放たれる瞬間、間に合わないと悟ったマサトは寿司桶を投げ、ヘイトを逸らした。その一瞬でゴーストの視線が外れ、隙を突いて影移動が発動し、戦線を離脱することができた。
「お帰り、どうだった?」
「曰く付きすぎだろ!!あのかっぱ巻き!!」
息を切らして戻ってきたマサトは、開口一番にテンジクに怒りをぶつけた。
「お前なんか細工してないよな?」
「流石にそこまではしてないよ!そもそもボクかっぱ巻き好きじゃないもん!」
「じゃあマジで何で頼んだんだよ!!マグロで襲われるならまだしもきゅうりだぞ!!たかがかっぱ巻きで命狙われるこっちの気持ちも考えろよ!!!」
「その辺に関しては当事者にしかわからないでしょ……。」
あまりに理不尽なマサトのキレ理由に、さすがのテンジクも困惑しながら答えた。
「よしツボミ。次はさっきと同じ場所に飛ばしてくれ。場所は大体覚えたから次こそは――
「ダメでした………。」
再挑戦を誓って再び影に飛び込んだマサトだったが、数分後、先ほどよりもボロボロになって戻ってきた。
「ゴースト半端ないって!あいつ、半端ないって!実体無いくせに、なんかグローブ付けてめっちゃボディーブローするもん!そんなんできひんやん普通!」
「良かったねヤマグチくん!ゴーストからボディーブローくらった初の人物になれるよ!!」
協力するわけでもなく、ただただ煽ってくるテンジクに怒りを覚えたマサトは、ある作戦を思いつき、ツボミの耳元で話し始めた。
「………なぁツボミ。ちょっと試してほしいことがあるんだけどさ――」
「……できるよ。でもいいの?そんなことして。」
「良いだろ別に、あと個人的に俺がスカッとしたいからやってくれ。」
「分かった。【影移動】」
ツボミが魔法を唱えると、今度はマサトの足元ではなくテンジクの足元に影の穴が現れた。そのまま反応する間もなく、テンジクは影の中へと落ちていった。
「おう、そういう感じね。」
「寿司よこせぇぇぇぇええええ!!!」
テンジクはすぐに状況を理解すると、叫び散らかすゴーストの方へ目を向け、不敵な笑みを浮かべた。
「君たちだね?僕のお寿司を狙ってるゴーストは?……悪いけどそれボクのなんだ。返してもらうよ!」
テンジクは冷静に背負っていた弓を取り、手に装着していた装置と組み合わせてクロスボウのような形態にした。そして矢を三本装填すると、ゴーストに狙いを定めた。
「【浄化魔法】」
魔法を宿した矢は、寸分狂うことなくゴーストへ直撃した。矢を受けたゴーストたちは、不服そうな顔のまま、崩れるように消えていった。
「石化魔法かぁ……いいこと思いついた!」
何か思いついたのか、テンジクはいたずらをする少年のように、意地悪そうに笑った。
「この作戦は後で実行するとして、いただきまーす!」
「【窃盗魔法】」
テンジクがかっぱ巻きを口にしようとした瞬間、マサトは影から飛び出し、見よう見まねの窃盗魔法でそれを阻止しようとした。
「何勝手に食おうとしてるんだ!!これ無くなったら出られなくなるんだぞ!!」
「冗談だよ!あと……ボクのベルト返してくれる?」
「……あ、すいません。」
マサトは、窃盗魔法で奪ってしまったベルトを、申し訳なさそうにパンツ丸出しのテンジクへ返した。
「初めて使ったけど、全然うまく奪えないな。やっぱアイツほぼ確で狙ったの奪えるのずるくね?」
ぼやきながらも、マサトは今度こそしっかりと寿司桶を抱え直した。紆余曲折はあったが、これでようやく準備は整った。
「まぁいいや、これでようやく作戦が実行でき――」
チャムと向き合うことを決めたのもつかの間、マサトは背後から恐ろしい気配を感じ取った。恐る恐る振り返ると、そこにはよだれをだらだらと垂らしながらマサトを見つめるチャムの姿があった。
「……や、やぁチャム………か、かっぱ巻きたべる?」
気づいたら2週間以上立っちゃった。(*ノω・*)テヘ




