第59話 無邪気な邪気
「君をここに誘き出したの……ボクだもん!」
「………はぁ!?」
ただならぬ気配は感じていたが、明かされた事実は完全に想定外で、マサトは思わず声を上げた。
「それってどういう……。」
「そのままの意味だよ!」
テンジクは、いたずらの成功を誇る幼子のような笑みを浮かべた。瞳に罪悪感は一切なく、ただ好奇心が満たされたことへの純粋な喜びだけが宿っていた。
「この街の入口で、ものすごい形相で寿司屋に直行する君たちを見かけたんだ。そこでひらめいたんだよ。寿司の出前を頼めば、何の疑いもかけられずに誘き出せるってね。そうすれば、ヤマグチ君の活躍するかっこいい姿が見られると思ったんだ。自分で言うのもなんだけど、なかなかいい作戦でしょ!?」
「いい作戦かどうか以前に普通に気持ち悪い。」
期待に満ちた輝く眼差しで同意を迫るテンジクに、マサトは露骨に顔をしかめて身を引いた。初対面どころか一方的に知っているだけの相手を、身勝手な理由で巻き込もうとする――その神経が、どうしても理解できなかった。
「てか、待てよ。何で俺が金持ってないこと知ってんだ?お前が俺たちのこと見たの寿司屋に入る前だろ?」
マサトは詰め寄るように一歩踏み出す。あのとき確かに無一文だった――だが、それは本人すら自覚しておらず、周囲が知り得るはずもない。テンジクの言い回しは、まるですべての経緯を見通していたかのようだった。
「それを言ったらつまらないでしょ!?ヤマグチ君ってマジックとかのタネ聞いちゃうタイプ?」
「悪かったな、聞いちゃうタイプで。」
鼻で笑って吐き捨てたマサトの言葉を、テンジクは満足げな笑みで軽く受け流す。会話の主導権は完全に握られ、手のひらで弄ばれているような感覚に、マサトの苛立ちは増す一方だった。
「そんなことより!!俺をここに閉じ込めた張本人なら、結界の媒体のありか知ってんだろ?お前に聞くのが一番手っ取り早い。とっとと教えろ!!」
マサトは苛立ちを隠さず、胸ぐらを掴まんばかりの勢いでテンジクに詰め寄った。だが当のテンジクは意に介さず、くすくすと肩を揺らすばかりだった。
「教えろってもう分かってるでしょ!?何ならもう見つけてるし。」
「見つけてる?」
マサトが眉をひそめたその瞬間、テンジクは楽しげに笑みを浮かべ、不気味な威圧を放ち続ける扉の向こうを指し示した。
「魔力探知できるよね?この建物の中で一番魔力の多い物が、君の探しているものだよ。」
促されるまま、マサトは意識を扉の向こうへ集中させる。長く続く廊下の果て――再び、あの禍々しい魔力。今は妨げるものがない。だからこそ、その正体をはっきりと感じ取ってしまった。
「……この動いてる奴って………。」
「そう、この結界の媒体はデュラハンだよ!!」
テンジクは、待ちに待った正解を告げるかのように晴れやかな笑みでその名を叫んだ。次の瞬間、廊下の奥から重厚な鎧が擦れ合う不快な金属音と、床を削るような響きが広がった。
「もともとは別の物が媒体だったんだけどさ!この結界の媒体って、結界内で一番魔力の多い“無生物”に寄生して、それを媒体にするみたいなんだ!!それでね、どうやらアンデッドも無生物扱いされるらしくて……命を狙われているボクが連れてきたせいで、デュラハンに寄生しちゃったみたいなんだよね!」
テンジクは他人事のように肩をすくめたが、その声に反省の色は欠片もない。むしろ、この混沌を特等席で観劇しているかのような愉悦すら滲んでいた。
「本当、これはボクも予想外だったよ!!でもさ、これでデュラハンと戦う理由ができたよね!!デュラハンって、死の宣告をした相手が死ぬまで追いかけ続けるらしいんだ!!でもね、返り討ちにできれば、その宣告はキャンセルされるらしいよ!!まあ……実際に成功した人はほとんどいないみたいだから、ただの噂程度だけどね!!」
悪びれる様子もなくデュラハンとの戦いに巻き込んできたテンジクに、マサトはただ呆れるしかなかった。
「いいかツボミ。これは冗談抜きで、アイツと関わっちゃダメだからな。」
「えぇ~、ボクはいつでもフレンドリーなのにぃ~。」
マサトはツボミを庇うように背後に隠し、テンジクとの距離を取った。マサトの真剣な忠告とテンジクの軽薄な態度のギャップに、ツボミは思わずキョトンとした顔を見せた。
「とりあえず、アイツらに連絡だな。福神はぁ……ちょっと怪しいな。ユーリンなら多分出てくれるだろ。」
マサトはユーリンへの接続を試み、チャムホの起動を図る。だが反応はなく、球体だったそれはドロドロと形を崩し始めた。
「なにこれ……。ただのスライムに戻ってる?もしかして、チャムがあの状態だと使えない感じ!?」
なんやかんやで頼りにしていた仲間との連絡手段を断たれ、マサトは深い絶望の淵に立たされた。これまで困難を越えられたのは、常に仲間がそばにいたからだ。だが今回は、ほとんどを自分一人で解決しなければならない。その事実だけで、マサトは無力感を感じた。
「どうしよっかなぁ……。輪廻は本気で使った反動で、しばらくは抜けない。黒龍化も、体の負担を考えればデュラハンかチャム、どちらか一体が限界だ。……いや、先にデュラハンだな。ここから脱出できれば、あとはユーリンがきっとどうにかしてくれるはず………。」
「本当にいいの先にデュラハン倒しちゃって?」
必死に思考を巡らせて導き出した最善のルートに、テンジクはまるで誤答を選んだ相手を嘲るかのように問いを投げかけた。
「え?」
「さっきも言ったでしょ?この結界の媒体は、一番魔力の多い物に寄生する。デュラハンの次に魔力が多いのはスライム君の宝箱。スライム君の一部だとしても、アンデッドであるデュラハンが無生物認定されるなら、アレだって無生物認定されてもおかしくないよ?まぁ、これはあくまでボクの考察だけどね!」
「……それって、先にチャムをどうにかしないとここから出れないってこと?」
「さっすがヤマグチ君、飲み込みが早いねぇ!」
正解と言わんばかりに嬉しそうに手を叩くテンジクとは対象的にマサトは、頭を抱えた。防御力だけならトップレベルの
「………やべぇ、マジで八方塞がりだ……。」
「……リーダーさん。」
ツボミの心配する声さえ耳に入らないほど、マサトは追い詰められていた。その様子を見たテンジクは、失望したようにヘラついた笑みをすっと消した。
「残念だよ。ヤマグチ君ってその程度なんだね。」
「……は?」
テンジクの声音から先ほどまでの熱狂は嘘のように消え、冷たい視線が落ちた。まるで期待していた玩具が期待外れだと知った子供のように。
「どんな困難にも立ち向かい、目的のためなら自分を犠牲にしてでも戦い抜き、戦況をひっくり返す――そんな人物だと思っていたんだけど……。どうやら、ボクの見当違いだったみたいだね。ごめんね?何も生まない一般人を巻き込んじゃって。」
軽く肩をすくめながら吐き捨てられたその言葉は、刃のようにマサトの胸に突き刺さった。見下すような視線と、興味を失った子どものような無関心。その両方が混ざり合ったテンジクの態度に、胸の奥で何かが音を立てて切れた。
「……はぁ。本当にうざいなお前。勝手に巻き込んだ挙げ句、勝手に失望しやがって……。そこまで言うならやってやるよ。」
マサトはゆっくりと息を吐き、俯いていた顔を上げた。その目には、先ほどまでの迷いはなく、怒りと覚悟がはっきりと宿っていた。
「今まで何度も、痛くて苦しい思いをしてきたんだ。この程度の逆境で諦めると思うなよ?そこまで見たいなら見せてやるよ。本物の伝説的快挙ってやつを、お前の目の前でな!!」
堂々と啖呵を切ったマサトに、テンジクはまるで聞きたかった答えを得たかのように、再び不敵な笑みを浮かべた。
「……それでこそヤマグチマサト君だよ!!じゃあ、最後にアドバイスをあげるね!デュラハンは、対象を魂で知覚して攻撃してくるんだ。だから、いくら優秀な再生能力を持つ特別な魔法を持っていても、特別な魔法が内蔵されてる魂自体を攻撃されちゃうから攻撃をくらえば再生しないし、普通に致命傷で死んじゃうよ。だから、どうにかして頑張ってね!!」
あまりにも淡々と告げられたデュラハンの能力に、先ほどまでの威勢は跡形もなく、マサトの顔から血の気が引いた。
「……お、おっふ。」
ゲーセンで初めてフィギュア取ったけど視線が気になって落ち着かない……




