第58話 狂気的暴走
「ど、どうもぉ……。お邪魔しまぁっす。」
廃豪邸を覆う結界の外へ出るため、その結界の源となっている媒体を探すことになり、マサトたちは建物の中へ足を踏み入れた。
「マジで怖い……。チビリそう……。あ、てか待てよ。もしかしたらワンチャン……。ツボミちょっといいか?」
ある考えを思いついたマサトは、チャムの宝箱に隠れていたツボミを呼び出した。すると、入れ替わるようにチャムが引っ込み、代わりにツボミが顔を出した。
「どうしたの?」
「お前の影移動で結界の外に出れるかやってみてくれないか?」
「……ちょっと待って。」
マサト以外に誰もいないことを確認すると、ツボミは弾かれたように宝箱から勢いよく跳び出した。そして魔法を唱え、直径一メートルほどの影でできたワープゲートを出現させた。しかし、本来つながるはずの行き先は闇に包まれており、中へ入ろうとしても、先ほどと同様、それ以上先へ進むことはできなかった。
「やっぱり結界の源となってる物を破壊しないとダメかぁ……。魔力探知で見つかるんだよな?」
心を落ち着かせ、目を閉じて集中モードに入ったマサトは、福神の助言どおり魔力探知を使い、廃豪邸の中で最も魔力の大きいものを探し始めた。しばらくして、探知範囲内に媒体と思われる、膨大な魔力の反応を捉える。だがその物質は、どこか不気味なオーラをまとい、想像をはるかに超える量の魔力を帯びていた。それが何でできているのか確かめようと身構えた、その瞬間――
「ねえリーダー。」
突然チャムに呼ばれ、マサトは集中力を切らしてしまった。
「――!!魔力探知中に話しかけないでよ!!ビックリするだろ!!で何?」
「オイラお腹すいた……。」
チャムの声は、いつもの明るく脳天気な調子とは違い、どこか陰りを帯び、冗談とは思えなかった。だが、状況の異常さに加え、魔力探知を妨げられて神経を尖らせていたマサトは、その違和感を気にも留めず、軽く受け流してしまった。
「…もうそれは分かったって、あとでたくさん食わせてやるから我慢してろ。」
「でも、オイラお腹すいたら大変なことになっちゃうよ?」
「だから、大丈夫だってしつこいぞ。あと寿司俺が持っとく、お前勝手に食べそうだからな。」
「………分かった。」
チャムは心配そうで、どこか不服そうな表情を浮かべながら寿司を取り出し、マサトへと差し出した。
「……じゃあ、リーダー。オイラしばらく気絶してるから、後始末頑張ってね。」
「はいはい、分かった分かった。………待って、後始末って何?」
マサトがチャムの意味深な発言に気づいた時には、すでに手遅れで宝箱は不気味な音を立てて閉じ、ぴたりと動かなくなった。そして次の瞬間、宝箱の中から触手のように無数の手が飛び出した。箱の縁には鋭い牙が生え、普段のチャムからは想像もできない、完全なモンスターの姿へと変貌していった。
「リ、リーダーさん……!!」
「……うん。ヤバそうだね……。逃げるぞぉぉぉぉおおおお!!!」
マサトとツボミが走り出した瞬間、暴走したチャムは獲物を見つけたかのようによだれを垂らし、問答無用で襲いかかってきた。
「何アレ!?何アレ!?何アレ!?完全に別人みたいになっちゃってるんですけど!?ゆるキャラポジから完全に話通じないモンスターになっちゃってるんですけど…!?ていうか、アイツの動けない設定どこいった!?」
「後始末って言ってたから、倒せばどうにかなるのか?……ツボミ、お前確か氷系の魔法使えたよな?アイツの動き止められないか?」
「……やってみる!【吹雪魔法】」
ツボミの手のひらから放たれた冷たい波動が屋敷の庭を白く染め上げ、狙い違わず暴走チャムの手を数本凍りつかせた。だが、その攻撃はまるで意味をなさず、チャムは凍りついた地面ごと強引に引き剥がし、そのまま突進を続けた。
「マジかよ……!」
「ご、ごめんなさい。」
「いやよくやってくれたよ、ありがとな!…でも、どうしよっかな…。」
想定以上に本気で殺しにかかってくるチャムに、マサトは思わず頭を抱えた。しばらく考え込んだ末、妥協するように渋い顔をしながらも、決意の表情を浮かべる。
「……仕方ねぇ。ツボミ、チャムには悪いけど今から本気輪廻でアイツを斬る!だから、お前は影移動で逃げろ!」
「え……いやだ。……いやだよ!」
「大丈夫、俺は死なないし、犠牲になるつもりもない。だから、全力で逃げろ!あとで、玄関口で合流しよう!」
「………うん。【影移動】。」
過去の出来事から気乗りしない様子のツボミだったが、マサトの精一杯の気遣いに押され、影移動でゲートを作り出すと、その中へと飛び込んでいった。
「さて、久しぶりの全解放!!ちゃんと耐えろよ、チャム!!」
ツボミが逃げたことを確認したマサトは、背負っていた輪廻を下ろし、チャムの方へと振り返った。居合の構えを取ると、そのままの勢いで素早く抜刀し、チャムに斬りかかる。
だが、刃が触れる寸前、チャムの触手状の腕が銀色へと変色し、次の瞬間、刃が弾かれて甲高い金属音が鳴り響いた。
「――硬ぁぁぁあああああ!!!」
スライム製とは思えないほど硬い触手と輪廻が激しくぶつかり合い、その衝撃でマサトは吹き飛ばされた。さらに本気を出した反動で、彼はそのまま動けなくなってしまう。
「はぁ……はぁ……輪廻のフルパワーだぞぉ…。確かに耐えろとは言ったけどぉ……これで無傷とかぁ……硬いとかのレベルじゃねーだろぉ……。」
力不足とはいえ「何でも斬れる」と言われる輪廻の一撃を、無傷で受け切ったチャム。その理不尽とも言える防御力を前に、マサトはただ絶望することしかできなかった。
「……や、やぁチャム。……調子どう?」
マサトの軽口にチャムは反応することはなく、そのまま触手でガチガチに掴まれ口の中へ放り込もうとした。食べられることを覚悟した瞬間、黒い影がチャムを吹き飛ばしマサトを解放した。
「良かった、何かよくわかんないけど助か――
食われるのを免れた安堵もつかの間、マサトは目の前の光景に思わず目を見開いた。そこに現れたのは、霊馬に跨る首のない剣士――【デュラハン】。その異様な姿に呆気に取られている間にも、首無し剣士は容赦なく大剣を振り下ろす。
『何でだろう………本能的に感じた……。俺、コイツに殺されたら………死ぬ気がする……。』
不死身であるにもかかわらず、マサトはデュラハンを前に、生まれて初めて死を覚悟した。
「【影移動】」
大剣がマサトに触れようとした、その瞬間。足元に黒い穴が開き、マサトはその中へと引きずり込まれた。次に目を開いた時、そこには無事生還した彼を、心配そうに覗き込むツボミの姿があった。
「……大丈夫?」
「ごめん……ありがと、助かったよ。あと、よく分かったな……。」
マサトは冷や汗を拭いながら、まだ震える手で地面を押し、上体を起こした。九死に一生を得た安堵感が全身を駆け巡った。だが、ツボミが影移動をこれほど完璧なタイミングで発動できたことには違和感があった。
「そこのお兄さんがね……。助けないとリーダーさん死んじゃうって言ったから…。」
「お兄さん?」
ツボミが指さした先には、高身長で銀髪の癖毛をした美青年が、場違いなほどにこやかな笑みを浮かべていた。
「どうも、ヤマグチマサト君!!初めまして、ボクの名前は【テンジク】。君の大ファンさ!!」
その青年は、まるで憧れのスターを目の前にした少年のように瞳を輝かせている。薄暗く不気味な屋敷の中において、彼の放つ快活なオーラはあまりにも異質で、マサトは思わず毒気を抜かれたような顔で言葉を返した。
「ファン?俺に…?てか、何で名前知ってるの?」
「嫌だな!冗談はよしてよ、ヤマグチ君!自分がどんなことを成し遂げたか忘れちゃったの?」
テンジクは心底意外だと言わんばかりに、芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。口調は親しげだが、どこか不気味で、何を考えているのかまるで掴めない。
「君は魔王幹部を二人、そして黒龍を倒している。これが誰にでもできることだと思うかい?……いや、違う!君が成し遂げたことは、歴史的――いや、伝説的快挙だ!!そんな英雄の名を、知らないわけがないだろう!?」
まるでオタクが推しを語るかのように、彼は早口で力強く話し始めた。しかし、その熱量は単なる趣味の話に留まらず、まるで信徒が神を崇め、讃え、執着するかのような狂おしい情熱を帯びていた。
「ボクはね、歴史が変わる瞬間をこの目に焼き付けたいんだ。革命でも、天変地異でも、世紀の大発明の誕生でもいい。とにかく、世界が変わるその場に立ち会ってみたい……。そして君は、ボクが夢見てきた瞬間をいくつも生み出した、まさに偉人だ!そんな素晴らしい人に直接出会えるなんて……ボクは、なんて幸せ者なんだ!!」
「そ、そうか……。」
まくしたてるようなテンジクの熱弁に、調子に乗りやすいマサトでさえ、さすがに引き気味に頷くしかなかった。
「お前の夢は良く分からないけど……ありがとな。ツボミに助言してくれなかったら、多分俺死んでた。助かったよ。」
しかし、彼に救われたのも事実だったため、マサトは警戒の糸を完全には解かぬまま、命の恩人として最低限の礼儀をもって感謝を伝えた。
「お礼なんていいよ!だって、君をここに誘きだしたの……ボクだもん!」
テンジクは、まるで当然のことのようにニッコリと笑顔を返した。
頭のネジがおかしい方向にぶっ飛んでる奴大好き




