第57話 帰さぬ不気味な大豪邸
「この住所にチャムさんの中に入れた寿司を届けてくれって大将さんが言ってました。」
「そんなことより、ヒヨコ。」
「…何ですか?」
納得していない様子で睨みつきながら呼びかけるマサトに、ユーリンは呆れたように聞き返した。
「何であなたが皿洗いで、僕とチャムが出前なんですか?フェアじゃないって思いませんか?」
「…別に思いませんけど。」
しょうもないことで不服を申し立てるマサトに、ユーリンは案の定といった顔で冷たく言い返した。
「明らかに労働量違うだろ!!不公平だ不公平!!」
「仕方ないでしょ?私が配達に行ったら衛生上どうなんだって問題になるんですから。」
「キッチンにコカトリスがいる方が衛生上問題だろ!!」
マサトは、厨房の床に抜け落ちた黄色い羽を指さしながら理不尽な主張を訴えた。しかし、ユーリンは一切動じることなく、無視を続けた。
「ほらッ、チャムも言ってやれ。」
「……いや、別にオイラが歩くわけじゃないから。」
「張っ倒すぞテメェー!!」
協力するどころか、「自分は動かないし関係ない」と言い放つチャムに、マサトは怒りの鉄槌パンチを叩き込もうとした。しかし、あっさりエクスパンドハンドで反撃され、逆にノックアウトされてしまう。そんな二人の不毛なやり取りを遮るように、ユーリンが冷徹なトドメを刺した。
「とにかく、元をたどればマサトさんが所持金も確認せずに店に入り、障子を壊したのが原因なんですから、文句を言わずにやってください。」
「そうだぞリーダー。」
「…ッチ!ハイハイ分かったよ!!やりゃーいいんだろやりゃー!!」
ド正論を突きつけられて反論の余地を失ったマサトは、渋々出前のバイトを引き受けることになった。こうして彼は、その後数十分にわたって街中を駆け回る羽目になる。
「はぁ……はぁ……何で届ける順番が…東西南北南北なんだよォ……。効率くそ悪い癖に……。頼んだ順だから……順番変えちゃダメとか……馬鹿じゃないのォ……?で、チャム……最後どこ?」
「えっとね……。あの山の上にあるお家。」
「………ぁぁぁぁぁああああああ――
その場に膝から崩れ落ちたマサトの絶叫は、空腹の街に虚しく響き渡った。
「よぉぉおおし!ようやく登りきった!!とっととこれ置いて帰――」
長い時間をかけてようやく登りきったマサトは、達成感に浸る間もなく、目の前の光景に絶句した。 そこにそびえ立っていたのは、手入れの行き届かない蔓が這い、窓ガラスは煤け、重苦しい沈黙を纏った巨大な屋敷だ。昼間だというのにそこだけ時間が止まっているかのような、どす黒い気配を放っている。
「あの……いかにも出そうな雰囲気なんですけど……。絶対に入りたくないんですけどぉ……。」
「リーダー早く終わらせようよぉ…。オイラこのお寿司食べちゃうよ?」
「そんなことした瞬間、俺ら訴えられるからもうちょい我慢しなさい。……フゥー、よし行くか。」
覚悟を決めたマサトは、巨大な門をゆっくり開けて玄関の扉の前に立つと軽くノックをした。
「すいませーん、寿司屋でーす。ご注文の品をお届けに来ました……。すいませーん…。すいませぇぇぇぇえええん!!寿司のォ!!お届けに来ましたぁぁぁああああ!!早く出てきてくれないとォ!!うちの奴が勝手に食ってェ!!俺達訴えられちゃうのでェ!!なるべくでいいので早く出てきてくださぁぁぁぁい!!!」
マサトの声は、静まり返った屋敷に虚しく跳ね返るだけで、応えようとする気配はまるで感じられなかった。
「……寿司の出前しといて留守とかイカれてるだろ。生物だぞ……。仕方ない、起き配するわけにもいかないし、いったん帰るか。」
「リーダー食べていい?」
「大将に聞け。」
諦めて背を向け、来た道を戻ろうとしたマサトの耳に、背後から重厚な金属音が響いた。振り返ると、開いていたはずの巨大な鉄門は、まるで意志を持つかのように固く閉ざされていた。
「……あれ?……おい待て待て待て待て待てぇぇぇええええ!!!おかしいだろ!!寿司届けに来ただけだぞ!!ゴーストバスターズしに来たわけじゃねーぞ!!」
逃げ道を塞がれた恐怖が、マサトの脳裏にあった「冷静」という二文字を焼き切った。
「おーちおちおちおちおち…お、落ち着けぇ…。まだ焦る時じゃーない!ちょっとミニ大砲でここら一体を吹き飛ばせば終わる話だ…。」
門が開かないことにパニックに陥ったマサトは、何を血迷ったのか宝箱からミニ大砲を取り出し、チャムを詰め込むと迷いなく門へ向けて発射した。だが、チャムは直前でぴたりと止まり、門に触れることすらできなかった。その後も柵をよじ登ろうとしたり、壊そうと試みたりしたが、まるで見えないバリアに阻まれているかのように、びくともしなかった。
「リーダーどうしたの?」
「………閉じ込められました。」
「……じゃあ、お寿司食べていい?」
「それは大将に聞け。」
八方塞がりの状況に、マサトは放心状態となり、チャムのボケにも突っ込む気力すらなく、ただ軽く受け流した。
「…どうしよっかなぁ。絶対これ閉じ込めてる張本人倒さないと出られないやつだよな…。」
「…?倒せばいいじゃないの?」
「いやどう考えても、ここに居るやつアンデッドだろ?聖なる魔法無しでどうやって対抗するんだよ…。ていうか俺お化け嫌いなんだよ!!」
今の状況を呑気に考えているチャムとは対照的に、マサトは頭を抱え、半泣きになりながらその場をぐるぐると歩き回った。
「とりあえず、福神に話してみるのはどう?何か知ってそうだし。」
「…それもそうだな。もしかしたら出る方法知ってるかもだし…。」
落ち着きを取り戻したマサトは、チャムの助言どおりチャムホで福神に連絡を入れた。発信してからほんの数秒でつながると、福神は用件を勘違いしたのか、開口一番、弁解するような口調で慌てて謝り始めた。
『…か、勝手に盗ったのは悪いと思ってる!でもこれには事情が……!』
「…?何のことだ?そんなことより、俺達今大ピンチなんだ!」
マサトは、自分たちが置かれている状況を説明した。
『おそらく結界だな。』
「結界?」
何か知っていそうな福神に安心を覚えマサトは、少しずつ冷静さを取り戻していった。
『魔法のかかった文様を刻まれたものを媒体にして、一定範囲を囲むように境界を作る魔術だ。簡単に言うと設置型のバリア。人生の書庫がハマってた石板に刻まれてた奴も結界の仲間だ。多分、そこにある結界は、外から中へ入るのは簡単、中から外へ行くのは不可能な結界だ。』
「え、じゃ俺たちどうやって出られなくね?」
一生ここで暮らすことになるのでは、という絶望的な想像を膨らませるマサトをよそに、福神は淡々と解決策を提示した。
『安心しろ。結界を無理やりこじ開けるのは不可能だが、媒体となっている物を破壊すれば簡単に崩れる。魔力探知に長けてるお前なら簡単にわかるはずだ。』
「そうか、サンキューな。あ、そういえばお前どこに居るの?」
マサトは、最悪の結末を迎えずに済んだことに安堵の息を漏らした。しかし、それとは対照的に、福神の声は暗く、どこか後ろめたさを帯びていた。
『……マサ。ワイって……本当に……この……パ……に…ひ…………か…?」
「……ノイズ?ごめん聞こえない。」
福神がマサトに何かを伝えようとしたその瞬間、突如ノイズが走り、声は途切れ途切れにしか聞こえなくなった。
「ワイは……?……何だ…前?おい……やめ――!!」
「福神?……福神!?」
それから何度もかけ直したが、福神が再びチャムホに出ることはなかった。
「チャム、なんか切れたんだけど……。」
「……ん?…範囲外なんじゃないの?」
「……そうか。」
マサトは、突然連絡が途切れた福神の安否を案じたが、ひとまず今は目の前のトラブルを解決することに決めた。
調理実習が近いのにインフレンザB型のせいで学級閉鎖になりそう…。




