第53話 やっぱり不愉快だ
「わ、私ですか!?」
ユーリンは、自分が記憶を見られる役に指名されたことに思いがけず驚き、思わず目を丸くした。
「記憶喪失の手がかりがあるかもしれないから、調べるに越したことないだろ。」
「そういえばお前記憶喪失だったな。」
「オイラ初めて知った。」
「そんなことある?」
長い間旅を共にしてきた仲間の記憶喪失が治るかもしれないという状況にもかかわらず、あっさりと受け流すマサトたちを見て、管理人は思わず戸惑いを見せた。
「まぁいいか、じゃあ探してみるね…………?…………あれ?」
管理人は「目次」と書かれた本を開き、ユーリンの名を探し始めた。しかし、しばらくしてその本を閉じると、不思議そうな表情で小さく声を漏らした。
「どうした?」
「……ユーリンってもしかして本名じゃなかったりする?」
「…?まぁ、記憶喪失だからな。俺がユーリンのためを思ってつけた名前だ!」
マサトは、自分が付けた名前を誇らしげに語った。しかし、それを聞いた管理人は、困ったように顎に手を当て、顔をしかめた。
「……やっぱりかぁ~…。私様の能力は、名前を知るのが大前提。偽名やあだ名じゃない真の名前じゃないと分からないの…ごめんね。」
「……やはり呪いをどうにかしないとだめですか……。」
記憶喪失以前の手がかりが見つかると期待していたユーリンは、何も得られなかった現実に肩を落としてうつむいた。それを見たマサトは、そっとユーリンの肩に手を置き、明るい声で励ました。
「まぁ、いいんじゃね?そんな急がなくても。最強目指しながら自分のペースで呪いと向き合えばさ。」
「………そうですね!別に私の過去に何か重要なことがあるわけでもないですし焦ることなんてありませんね!」
自分のペースでいいとマサトに言われたことで、ユーリンは再び自分の目標を思い出しいつもの前向きな顔を見せた。
「よし!それでこそユーリンだ!!」
立ち直って表情を明るくさせたユーリンを見て、マサトは実の兄であるかのように優しく褒めた。
「…っとまぁ、ユーリンはだめだったとして2人目って誰なんだ?」
「………ツボミだ。」
福神は、やや引きつった表情を浮かべながら、少し言いづらそうに答えた。
「ワイらが今最優先の目的はツボミの仲間を探すことだ。本人もワイらに情報を与えようとしてくれたが、まともに話せるような状況じゃない。だから気が引けるがこれが最善なんだ…。」
福神の提案を聞いたチャムは、宝箱の中へ潜るとツボミの前に顔を出した。
「ツボミお前の記憶を勝手に覗いちゃうけどいいか?」
「…………。」
「オイラ難しいことは良く分からないけど、ツボミには幸せになってほしいんだ!」
ツボミは突然の出来事に驚いた表情を見せたが、少し考えたあと宝箱から顔を出し、マサトを見つめてゆっくりとうなずいた。
「ありがとな。……というわけで頼む。」
「分かった…。ツボミちゃんね。……うん。エルフの子でいいかな?」
「ああ、そうだ。」
管理人は、どこからともなく小さな本を取り出すとそれを開き、軽くページをパラパラとめくり始めた。しかし、あるページを開いた瞬間、手は止まり、表情が暗く曇った。
「………………。」
「…どうした?」
「ヤマグチマサト。お前がこのパーティーのリーダーだったな?」
「…?そうだけど…。それが?」
何の前触れもなく表情を曇らせ、予想外の質問を投げかけられたことで、マサトは戸惑いを覚えた。
「じゃあ君には代表として知る義務がある…。」
「………?」
マサトは、管理人の言っていることの意味が理解できなかった。
「君には今から記憶の本に入れてツボミちゃんの記憶を直接見せる。」
「いいけど…何で?」
淡々と準備を進める管理人の意図がまったく掴めず、マサトは思わず質問してしまった。
「……1から100全部見たわけじゃない。でも、これだけはすぐわかった。ツボミちゃんの過去の記憶は、一人で抱えていい物じゃない。だから、最低でも君がそれを知っている必要があると思ったの。」
管理人は、相変わらず暗く怒りを含んだ表情のまま、説明を続けた。
「待ってくれ。ワイらも一緒に見なくていいのか?」
「そうですよ。私達だってツボミさんのことをよく知っておいた方が……。」
マサトだけが記憶を見る流れになっていることを心配した福神とユーリンは、自分たちも記憶を見ることを提案した。しかし管理人は表情を和らげ、優しくそれを断った。
「……ありがとう。でも、これはヤマグチマサトの役目だ。君たちが知る必要はない。それに………この能力精神面の負担が大きくて結構メンタル強くないと吞まれたり廃人になったりする…。」
「ちょ、ちょっと待って!」
マサトは、言葉を断ち切るように、思わず声を張り上げた。
「……え、廃人になる可能性あるの?」
「……うん。だが、数々の強敵と渡り合ってきた君の鋼の精神力があれば、決して負けることはないはずだ。もちろん、強制するつもりはない。君の心は君自身のものだ。誰のものでもない、見るかどうかの決定権は君にある。ただ、これだけは忘れないでくれ。私様は、この方法でしかツボミちゃんの記憶を見せるつもりはないということを……。」
管理人の視線は、逃げ場を許さぬかのように、静かにマサトを捉えていた。マサトは、特別な魔法ではどうにもならないこの状況に、しばし思案した。そのなかで、これまでの戦いの日々、仲間と共に乗り越えてきた苦難、そしてツボミと交わした約束が、次々と脳裏に浮かび上がった。
「……分かったよ。ツボミの仲間を見つけ出すって言ったんだ。やってくれ。」
一瞬ためらう表情を浮かべたものの、マサトはこれまでの辛い出来事を思い返し、ツボミの記憶へ踏み込む覚悟を決めた。その仲間思いで優しい決意を感じ取り、管理人は嬉しそうにほほ笑んだ。
「…………では、心の準備が整ったらゆっくりこの本を開けろ。そうすれば、記憶の中に飛ばされるはずだ。それでは、意識を飲み込まれないように……気を付けて。」
マサトは、管理人から小さな一冊の本を受け取ると静かにゆっくりと本を開けた。その瞬間、マサトは光に包まれ本の中へと消えていった。
1年前の俺は友だちに小説投稿をせかされるなんて思ってもなかっただろう。




