未来の視える少女は、幼馴染の命運を知っている。
連載したものをまとめたものです。
この投稿と同時に連載も完結しているはずです。
2024/3/11,12の現実世界[恋愛]日間ランキングに載りました。ありがとうございます。
ああ——空は何故こんなにも青く澄んでいるのだろう。私の心情とは、まるっきり反対じゃないか。
昔国語でやった「情景描写」についての記憶が一斉に蘇る。
確か辞書で引いたな。「特定の場面の光景、有様等に関する具体的記述」とかだっけ。先生が何度も、「ここは、落ち込んだA君の心情を、空模様によって表現しています。つまり、心情と景色の描写はリンクしているんです」と言っていたのが記憶に残っている。
——そんなのは絶対に嘘だ。だって、こんなに落ち込んでいても、空は、雲一つすら浮かんでいない快晴なんだもの。
「心結、また俯いて!そんな下ばっか見てても楽しくないでしょ?前を向こうよ」
声をかけてくれたのは、親友の佐奈だ。とても明るくて陽気な女の子で、中学校で仲良くなり、同じ高校に進学したため、今でも付き合いは続いている。今日も、一緒に高校へ通学している。
佐奈は、晴天に不相応な、俯く私を心配し励ましてくれた。
はぁー。私がこんな能力を持っていなければ、どんなに幸せだっただろうか。
「佐奈、そこの曲がり角から車」
「わっ」
予言通りに、ブロック塀の影から、赤い車が制限速度を大幅にオーバーし、通り過ぎていった。
危ないことに、この道路は柿の木によって視界が塞がっている。しかも、車通りもそこそこに多い。
今度こそ、柿の木を植えている家の人に講義しに行かなくては。
「ありがとう、心結!」
佐奈は快晴に負けないくらい、無邪気に微笑んでいる。
そっか、物語の中心は、私じゃない誰かなんだ。だから、私の感情は何の影響も与えない。
「...当然でしょ。(だって佐奈がいなくなったら、私は一生孤立しちゃうし)」
私の悩みのタネはこれだ。——未来が視える。じっと見つめると、その見つめたものが、どんな未来を歩むことになるかが手に取るように分かる。道を見つめれば、その後通行する車や人が分かるし、空を見上げれば、いつ雨が降るかが分かる。人を見つめれば、何処で働いて、いつ死ぬのか。結婚はするのか、子供は居るのか。何だって分かってしまう。しかも、未来を視ている間は、私の周りの時間は進んでいないから、怪しがられることも、歩き続けて、電柱にぶつかることもない。
一見すると、とても便利な能力に見えるだろうけれど、現実は甘くない。普通は分からない不幸でも、分かってしまうが故に、気を病んでしまうことがあるからだ。
現に、私は今それに悩まされている。
8年間片思いを続けた相手、幼馴染の碧羽とは、両思いであり、私が告白することで付き合い始める。25で結婚し、子供を2人授かる。ここまでは順調なのだが、ここから悪い方向へと向かい始める。簡潔に言うと、碧羽は死ぬ。私を暴走車両から守るために、自らを犠牲にするから。シングルマザーとなる私に、子供二人を養う力はなく、養子として、他の家庭に引き取ってもらうことになる。結果的に私は一人になり、孤立してしまうのだ。唯一味方になってくれるのは、親友である佐奈だけだ。そんな人生はできることなら、いや絶対に避けたい。
「心結、大丈夫?顔色悪そうだけど」
いけない、つい癖で考え込んでしまった。親友とはいえ、こちらに気を使わせ過ぎてしまうのも憚られる。
「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけ」
できることならば、恋を、恋のままで終わらせなくても良い人生を生きたい。やっぱり、生まれ変わらないと運命は変わらないのかな。
こんな具合に、深い絶望の淵に立たされた気分になるのだ。
********************
気がつくと、もう高校の校舎の前に居た。
「おはよー」
「おはよう」
挨拶が飛び交う。
この高校の人たちには、みんな、幸せな未来が待っている。...私一人を除いて。
人の手によって、未来は変わる。例えば、私と碧羽が付き合わなければ、碧羽が死ぬことはないし、彼は他に結婚相手を見つける。
なんだか、胸が苦しいよ。
「おはよう、心結」
この声は、碧羽だ。
今は、私の前に来ないで。泣いちゃうから...
「ぐす...うう」
「どうした、心結!大丈夫か!?」
分かってる。ここで泣いても、困らせてしまうだけだって。でも、ダムが決壊したかのように溢れ出す涙は、もう制御することはできなかった。
空はやっぱり青く、曇りだしたり、雨が降る気配はない。
私の思い通りになることなんてない。そんなことを宣告されているようで、無性に悲しかった。
「おーい碧羽。幼馴染ちゃん、泣かせてやんの」
「僕が泣かせたわけじゃない...と思うんだけど」
碧羽の所為じゃないけど、碧羽が原因だ。
アニメキャラのキーホルダーが揺れるスクールバッグを開き、ハンカチを取り出す。
溢れ出す涙で大好きな、碧羽の顔は滲んでしまい、良く見えなかった。
「何か、ごめん」
「ううん、私が悪いの。こっちこそ、ごめんね...」
碧羽は、そっと私に近づくと、耳元で囁く。
「...この後、なにか悪いことでも起こるのか?」
私は、未来が視える。だけれど、その能力は周りに秘密にしている。だって、悪用されるかも知れないし、何より、偶然が積み重なっているだけかも知れないのだから。
例外は碧羽だけだ。いつも親身になってくれて、頼りになる。そんな彼だから、私も勇気を出せたんだ。
「...うん。とっても悪いこと」
「そうか、じゃあ、僕から離れるな。そうしたら――」
柔らかい微笑み。普段なら、「可愛い」と思えるその表情も、今だけは、勇ましく見える。
「いつだって、守ってやる」
ああ、嬉しい。けれど、私が一番望んでいるのは、「碧羽が生きていること」なんだ。
だから、もう、関わらないほうが良いんだ。
「ありがとう、でもごめん。もう、一緒にはいられない...!」
涙を拭うと、その場から駆け出す。
サヨナラ、私の初恋。
私が居なくなった後の校門前での会話
「佐奈、もしかして僕、嫌われた?」
「どうだろ?でも声をかけるだけで泣かれるって相当...」
「...結構傷つくな、それ。昔から、ずっと一緒に居たのに」
碧羽は、寂しそうに、心結の走り去っていった校舎を眺めていた。
********************
やっちゃった...もう引き返せない。
窓側の最後列の席で、突っ伏してしまう。心は冷たく沈んでいるのに、此処には、暖かい、陽気な日光が照りつけている。
何も、あそこまで拒否らなくても、距離を縮めない方法はあったのに。
傷つけちゃったかな。私って、最低な女。この空に溶けてなくなってしまいたい。
「居た、心結!」
碧羽...私、あんなにひどいことしたのに。どうして?
「僕のこと嫌いになっちゃったなら、無理にとは言わないけど、一度ゆっくり話さない?」
私はいつも、この優しさに甘えてしまうのだ。やっぱり、碧羽なしじゃ生きてけない。
「うん...」
「よかった」
碧羽はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「この先、どんな事が起こるのか、教えてほしい。そうすれば、何か解決策を思いつくかも知れないから」
先程の流れで、屋上までやってきた。通常、生徒の立ち入りは禁止なのだが、碧羽が生徒会長の権限を使って開放したようだ。職権濫用はやめてほしいのだが。
「残念だけど、碧羽にはどうすることもできないの」
これは本当だ。だって、未来の碧羽が死ぬ間際に言い残した言葉を聞けば、よく分かる。
『無事か...良かった。僕はもう駄目だ。子どもたちをよろしく頼む』
『碧羽!お願い、私を置いてかないで!』
そして、碧羽は最も美しい顔で笑う。
『僕は、心結、君が生きているだけで幸せなんだ。たとえ、僕が死ぬことになったとしても』
その瞳は、強い決意の火を灯していた。
私が何と言っても、身代わりになるのを辞めることはないだろう。
だから、碧羽自身がどうにかすることはできないんだ。
——つーっと一筋、流れ星が落ちた。
止め処なく溢れた涙。私は泣き虫だ。自分の感情にも打ち勝てないのに、「碧羽を救う」なんて大口を叩いてごめんなさい。
「本っ当に変わらないな、心結は」
「え?」
碧羽の瞳は、すべてを見透かしているかのように透き通っていて、凛々しい。
「ずっと見てきたから分かるんだ。小学校の時もそうだっただろう」
小学校...ああ、3年生の時のことか。私が夜、不審者に出会ってしまったこと。
街灯の少ない暗い道を通った時に、黒いマスクにサングラス、フードで完全に顔を隠した男が、急に話しかけてきた。何度も断ったのだけれど、終いには無理やり車に乗せられて、連れ去られそうになった。その時にやってきたヒーローが、碧羽だ。
あの時の碧羽は、かっこよかったな。颯爽と現場に駆けつけて、倍くらいの体格差がある大人相手に、果敢に立ち向かって。
...同時にヒヤッともしたけどね。
怖くて悲鳴も上げられなかったのに、逸早く気がついて助けに来てくれた、私のヒーロー。そして初恋の相手。だいぶ拗らせてきたけれども、関係は全く進んでいないけれども、仲は悪くない。はず。
碧羽は、吐息の一つでも、はっきりと音が聞こえてしまうほどの距離に顔を持ってくる。
後退ろうとしたが、後ろは屋上に入ってきた階段をつなぐペントハウスが立っていて、それ以上下がることはできない。
そんな状況で、碧羽ははっきりと口を開く。
「——心結は、SOSのサインが見えづらい」
そんなつもりはなかった。自分では、逃げているつもりだった。それなのに、
「...」
...何も、言い返せない。
いや、自分でも分かっていたのに。この能力の所為で、どうしても、普通に接することができなかった。甘えられなかった。
「自立と、独立の違いって分かる?」
「同意義の言葉じゃないの?」
「全然。独立って辞書を引くと分かるんだけど、助けを借りずに、自分の力だけでなんとかする。そんなニュアンスなんだ。でも、人間って、1人では生きていけないでしょ?」
「うん」
世の中には、スマホなどの電子機器なんかや、医療などの技術を創り出す人がいる。そして、私たちの「生」を支えるために食べるものを生産する人もいるし、それを加工する人もいる。それだけじゃ私たちは手に入れられないから、それを流通させる人もいるし、売る人もいる。私たちって、支えられて生きているんだ。
「反対に、自立を辞書で引くと、なんて載っていると思う?」
「人を頼って生きていく?」
「そこまではいかないけどね。依存はしない。けれど、主体的に行動をして、必要があれば、誰かを頼ることができる。それが自立だよ」
「そうなの...」
学校では、「自立をしろ」と教育されてきた。確かに「自立」の意味なんて考えたこともなかったな。勝手に「独立」と同意義だなんて解釈しちゃって。
今の天気は晴天。私の心が晴れている今では、この天気はよく似合っている。
「だからさ、もっと周りを頼って。根本的な解決にはならなくても、心の支えにはなれるかも知れないから」
そう言って含羞む碧羽は、陽光に輝らされて、神様みたいに見えた。本物の神様は、未来を変えてくれるのかな...
「ありがとう。すこし元気が出た」
「それは良かった。もう一度言うけど、1人で溜め込まないでね?」
念を押された。ふふ。やけに真剣そうな碧羽を見て、自然と笑いが込み上げた。そうだよね。未来がどうであろうと、今から思い詰める必要はない。しばらくは、この心地よい関係に溺れていよう。
********************
——キーンコーンカーンコーン
授業を終える鐘の音が鳴り響く。
「これで授業を終わります。号令」
「気をつけ、礼」
『ありがとうございました』
6限目の数学が終わった。
太陽はやや傾き、影を伸ばしていく。
「ふぁ〜、眠い...」
こうやって、今日も特筆すべき事もない一日は終わりを告げる。
今日は早く帰って寝よう。
スクールバッグを持って、1人、駅へと向かう。佐奈も碧羽も部活があり、一緒には帰れない。私も剣道部に入っていたのだが、練習中に大怪我をし、後遺症が残るという未来を視たので辞めた。
何をやっても平凡な私は、特に誰からも気に留められないので、「一緒に帰ろう」的なことは言われないのである。
駅のホームで電車を待つ。スマホは電池の残量が微妙なので、開けずにしまっておく。風はないのだが、冬だからか、肌寒い...誰かに見られてる?
気の所為か。
まだ日の沈んでいないホームには、屋根の吹き抜けから射す光によってくっきりと陰をつけた列車が、風を切りながら停車した。
「電車をお降りの際は、足元にご注意下さい。Please watch your step when you leave the train.」
少数が降りた後、大勢が車両に乗り込む。うう、満員電車って苦手なんだよなぁ。
このぎゅうぎゅう押される感覚がどうにも慣れない。こうやって帰宅するのも2年目だと言うのに。
蒸し暑いし、酸欠か、頭が痛い。
どうし...ひょわっ!
満員電車だし、たまたま当たっただけかも知れないけど...
「ひぇ...」
これは、絶対わざと。痴漢だ。
下半身に触れる手は、完全に、獲物を狙う動きをしている。
でも、怖くて声が出ない...
痴漢なんて、バレないわけがないって思ってた。だけど、実際に遭ってみると、怒りとか、そんな感情よりも、恐怖が勝ってしまう。人間、何をされるか分からない状況ほど、怖いものはないんだ。
誰か、助けて...!
「——すみません。ちょっとお話したいことがあるので、次の駅で降りてもらえませんか?」
痴漢の手が離れたかと思ったら、そんな声が聞こえた。
この声は...
振り返ると、そこには、痴漢の手首を軋むほどに握りしめた、恐ろしく冷たい目をした碧羽が居た。
丁度その時、次の駅へと停車するため、列車はブレーキを踏んだ。
「碧羽、ありがと」
そんな、そっけないお礼しか言えなかったが、本当に感謝している。
ただ、屋上の件からは、ちょっと気まずい。だって、キスでもするかというほど接近した碧羽の顔が脳裏をよぎるから。その距離は僅か十数センチ。小学3年生で恋してから、意図的に碧羽を避けるようになって、あれ程近づいたことはない。今でも、思い出して、心臓がバクバクと鼓動している。
なんだか恥ずかしくなって、ふいっと視線をそらす。すると碧羽は、
「当然だよ。好きな女の子が困ってたら助けたくなるものでしょ?」
さも当たり前かのように、爽やかな笑顔でとんでもない爆弾発言をする。
さーっと頬に紅が射す。同時に、それは「友達として」の好きだと思うようにする。と言っても、両思いだった未来は見えているので、そんなことはないのだろうけれど。
どちらにせよ、浮かれてはいけない。私は結ばれるべき相手ではないのだから。
駅のホームから駅員室へ行くと、駅員さんに痴漢を引き渡し、警察を呼んでもらった。痴漢は逃げる様子もなく、犯行もあらかた白状している。あとは、警察の到着を待つだけだ。
「少なくともこれから、事情聴取何かがあるだろうから、しばらくは帰れないかもね...早く帰りたそうにしていたけど、大事にしちゃってごめん」
「なんで謝るの?私、助けてくれて、本当に嬉しかった。それに、安心した。碧羽は私のヒーローだよ」
碧羽の頬には、ほんのり赤みが射す。ここだけ見たら、ただの可愛い男子高生だ。
でも、本当に大きくなったな...幼稚園に入る前から碧羽のことは知っていたけど、小学校を卒業するくらいまで、身長差はあんまりなかった。それなのに、今の碧羽は私よりも15センチは高くて、体格もガッチリしている。碧羽の背中を見て、「逞しい」と思う日が来るなんて、想像もできかった。
「そう言えば碧羽、部活はどうしたの?」
碧羽の所属するサッカー部は、今日活動があるはず。大きな大会も近いので、何としてでも練習したかったのではないかと思ったのだ。
「実は...怪我しちゃって」
「え、どこを!?」
「左足首を」
そう言って、制服のズボンを捲ると、足首を見せてくれた。
赤く腫れ上がっていて、見るからに痛そうだ。捻挫しているかも知れない。
「碧羽、ちょっと座って」
「良いけど、なにかするの?」
「応急処置を」
捻挫なら、できるだけ早く処置をしておいたほうが、後に響きにくい。
スクールバッグからハンカチを出すと、使いやすい大きさに割く。
お弁当の冷却に使っていた保冷剤を出すと、割いた片方を足に巻き付け、その上に当てる。更にその上からハンカチを重ねて結び、固定する。
捻挫したときはRICEが基本。今の処置で、IとCに当たる「冷やす」「圧迫する」ができる。
「ありがとう、心結」
応急処置を終えたその時。
「警察です。痴漢の現行犯だと聞きましたが、状況を詳しく説明していただけますか?」
「はい」
警察が到着したようだ。
はぁ…碧羽はどうして、こんな私に優しくしてくれるのだろう。諦めるって決めたのに、ダラダラと引き摺ってしまう。もういっそ、転校でもしてしまおうか。
黙りこくった私を見兼ねたのか、警察のおじさんが話しかけてくれる。
「怖かったかい?最近、痴漢が多いんだよ。警察も、対処に困っている」
「…そうなんですか」
おじさんは、どこか懐かしむような目で、駅員室の窓から外を眺める。
「俺が警官になったのは、それが原因でもあるんだ」
「?それは、どういう…」
「昔、付き合っていた彼女がいた。ある日、君のように痴漢にあったのだが、犯人を捕えることはできず、心に深い傷を負った」
雰囲気が重くなった。もしかして…
「彼女さんは、どうなったんですか?」
「…言わんとしていることは分かった、勿論生きているよ。なんなら、今は俺の妻だ。」
よかった。鬱系の話じゃないみたいだ。
「犯人を捕らえられなかった理由は、証拠を提示できなかったことだ。今回は、現行犯逮捕ができたおかげで問題なく裁けるんだが、一度逃してしまうと難しいんだよ。再犯でもしない限り」
「それで、あなたが警官になった経緯は何ですか?」
「社会を、『未来』を変えるためだ。犯罪の抑止や検挙率の増加を図ってきた。目立った効果はなくても、1人でも、たった1人でも報われる人が増えることを願っている」
「…」
未来を変える。そんなことはできるのだろうか?
今まで、視てきた未来が違ったことはない。寸分の狂いもなく、運命の歯車は廻り続けるのだ。
「ありがとう、君達のおかげで検挙できそうだ。奴は常習犯だったし、実刑判決は出そうだな」
「そうですか。それは、良かったです」
事情聴取から解放された時には、日は暮れ、辺りは真っ暗だった。事情聴取も、殆ど何も話さなかったのだが。
********************
「碧羽、足大丈夫?」
私たちは電車を降りると、一緒に歩いて帰っていた。
見慣れた光景。だけど、今日は何処か特別だ。
ブロック塀の続く一本道の果てには、無限とも思える空間が広がっている。
空を見上げれば、多くの星が一つ一つ、精一杯に輝いている。
「お陰様で。それにしても、災難だったね。急いでいたみたいだけど」
自分も巻き込まれたというのに嫌な顔一つせず、私の事を気遣ってくれる。昔から、献身的だったな。人の為にその身を削って。そんな彼が、報われることを願っていた。
——彼は、碧羽は死ぬべきじゃない。
「急いでいた訳じゃないよ。ただ、眠かっただけ」
嘘ではない。理由の一つだ。もう一つ、居心地の悪い学校から離れたかったというのもあるのだが。
「…碧羽は、私のこと、どう思ってる?」
「どうって、大切な人だよ。もちろん、幼馴染としてだけでなくね」
「ん?それって…」
碧羽は私を、私の心を見透してしまうかのような、透き通った瞳で見つめる。
「僕は、君のことが好きだ。いや、『大好き』だ」
「…」
これは、告白だ。本当なら、喜んで受けたいところなのだが、私なんかと結ばれていいことはない。本当に彼のことを想うのであれば、断る以外の選択肢は、ない。
「ごめん、それは…」
「告白したのは、『僕』だよ?」
「?」
そのまま、碧羽は続ける。
「君の視えていた未来とは、違うだろう?」
「あっ…」
警察のおじさんの言葉を思い出した。
——未来を変えるためだ。
未来は変わるんだ。不動なものなんてない。諸行無常なんだ。
「碧羽…知っていたの?誰にも言っていないのに」
言っても、自惚れだとか、馬鹿らしいとか返される気がして、誰にも相談しなかったはずだ。
「…まあね。それより」
碧羽は、私に迫ってくる。後に引くものの、ブロック塀に阻まれてしまい、僅か10センチの距離まで接近された。
彼は片手を、私の肩の上に付くと、
「——告白の返事を貰えないかな」
これって「壁ドン」!?
反則だよ、もうとっくに分かっているくせに。
「…教えて、何で、私の視た未来を知っているの?」
「今まで黙っていて、ごめん。僕は…」
『人の心が読めるんだ』
心が読める?私の考えていることは、筒抜けだったってこと?
「そうだよ。今までどんな妄想していたかも、全部」
「変態!」
かぁっと顔が赤くなる。心が読めるなら、早く教えてよ!心の声ダダ漏れだったなんて、恥ずかしいんだけど!
「ごめんって。今も、言う気はなかったんだ。だって、心を読まれるかもしれないって警戒しながら一緒に居るの、嫌だろ」
「むぅ、嫌だけど、嫌じゃ…ない」
私は、どんな碧羽でも好き。私をここまで想ってくれる人なんて、全世界を探しても他に居ない。
「それって」
「皆まで言わなくても分かるでしょ」
「心結の口から聞きたい」
意地悪。私の口からは自然と、一生打ち明ける気のなかった思いが溢れ出す。
「私は、碧羽のことが好き。ずっと昔から」
「僕もだ。だから、『僕と、付き合って欲しい』」
未来なんて、どうなるか分からない。その時視えた未来は次の日には変わるかもしれないし、元々、未来なんて視えていないのかもしれない。
だけど、これだけは断言できる。
——私は、碧羽を嫌いになることはない。
絶対に好きで居続けられる自信があるのだから。だから、
『——喜んで。これから、よろしくね』
この夜、私たちの初恋は、8年の時を経て成就したのだった。
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「未くん、〇〇社の株が3割増だ。凄いじゃないか」
「ありがとうございます。後、先週から苗字が心山に変わりました」
そう言って、薬指の結婚指輪を見せる。
「おお、それはめでたいね。おめでとう」
私は証券会社に勤めるようになった。また、碧羽は大手の商社に就職した。
安定して生活できるようになった私たちは、先日結婚したのだ。
これは、未来の視える少女「心結」が、幼馴染の「碧羽」と結ばれ、幸せになるまでの物語。
——完
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)