表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

べ、べじたりあ~ん?

作者: せいじ
掲載日:2023/09/09

 まだ時代が、昭和の頃のお話です。


 残業代の出ない残業をやり、同僚と一緒に帰宅の途に就きました。


 同僚曰く、腹減ったから、何か食ってかねと言われたので、ああいいよと私は答えました。


 正直、まっすぐ帰りたかったのですが、付き合いも大事だと思い、同僚に付き合うことにしました。


 繁華街の中にある店を物色していましたけど、開いているのは居酒屋ぐらいでした。


 当時は今と違って、24時間営業の店どころか、飲み屋以外で食事がメインの店は、あまりありませんでした。


 今では珍しくない24時間営業の牛丼屋も、当時は珍しい部類でしたので。

 

 これはもう、無理かなと思っていました。当然、コンビニも開いていませんでした。


 あのセブンイレブンですら、当時は夜11時までの営業です。


 開いてて良かったね、なんてCMが流れていた時代ですから。


 ファーストフード店も無い、牛丼屋も無い、コンビニも開いていない。

 

 てっ、どこだよ、そこは?東京だよ。


 深夜まで働くもんじゃないなあと、そう感じました。


 そんな絶望感の中、場末感たっぷりなラーメン屋を見つけました。


「おお、ここにしよう」


 正直、気が進みませんでしたけど、他に選択肢が無いので、ラーメンを食べることにしました。


「いらっしゃい」


 と、普通ならそう声を掛けられるはずですが、空いてる席どうぞと言われるぐらいでした。


 まあ、場末のらーめん屋に何を期待しているのやら。開いているだけで、ラッキーと思わないと。


 店内は半分ぐらい埋まっていて、それなりに繁盛しているようです。


 私たちはカウンターの端に腰掛け、メニューを見ました。

 確か、こんな感じでした。


 ラーメン    500円

 チャーシュー麺 700円

 ワンタン    500円

 ワンタン麺   600円

 etc.


 ラーメンブームが始まる前の頃でしたので、これで普通でした。むしろ、ちょっと高いかなあと思っていたぐらいです。


 今の時代のラーメン一杯1000円なんて、当時を思い返すとあり得ないと思いました。


 私と同僚は、ラーメンと餃子とライスを注文しましたが、同僚はビールも注文しました。

 

 呑むんかい?


 私も勧められましたけど、以前酔ってしまい、電車で降りる駅を乗り過ごしたので断りました。


 すると、ガラガラと、扉が開く音がしました。


 私はチラッと扉の方を見ましたが、そのことを少し後悔しました。


 女性で、しかも外人さんでした。


 どうしてか分かりませんが、店内に緊張が走ったようでした。


 私はというと、何だか嫌な予感がしたので、とにかくさっさと食べて逃げよう、もとい、店を出ようと思いました。


 しかし、我が親愛なる同僚は、ビールをぐびぐび飲み、あまり食事が進んでいませんでした。


 おい?


 とりあえず、同僚に圧をかけるべく私はラーメンをすすり、餃子をパクパク食べ、白飯を口に放り込みました。


 その時です、その外人さんは何故か、私の隣に腰を落ち着かせたのです。


 私は一瞬で、動きを止めてしまいました。


 店内は空いていて、テーブルだって空いている。


 カウンターだって混んでいる訳はなく、店員がここに座れと誘導した訳ではない。


 何でだ?


 どうしてだ?


 言っておきますが、私はブルーカラーです。


 首にタオルを巻き、そのタオルで汗を拭き拭きしながらラーメンをすする、そんな労働者です、プロレタリアで御座います。


 でもまあ、店員さんが対応してくれるだろう。


 その時の私は、どこか楽観的になっていました。いや、私には関係無いはず。

 

 だって、私は客ですから。客の対応は、店の責任でしょうと。


 しかし!!!


 外人さんが、私に声を掛けてきた。しかも、私の肩をとんとんと叩きながら。


 これでは、聞こえないふりが出来ないじゃないか!


「・・・・・へるぷ~み~」


 すまんけど、ネイティブ過ぎて、何を言っているのか分からなかった。かろうじて聞こえたのが、それだった。いや、本当にそう聞こえたのか、今となってはもう分からないけど。


 だが、私の対応も間違った。なにとか、どうかしましたかと日本語で返せば良かった。


「ほわっと?」


 その時の私は、明らかにパニックになっていたんだと思う。 


 すると、外人さんは畳みこむように話しかけてきた。


 私はと言うと、自分に降りかかった不幸を嘆いていた。


 神さま、私は残業で頑張ったのに、あんまりです。


 だいたい、店内にはホワイトカラーの人も結構居たのに、何で私なんだ?ネクタイしてないだろう?


 とにかく、ここはどうにかしないといけないと思い、我が同僚にへるぷ~み~とやろうとしたところ、わが愛すべき同僚は、そっぽを向いていた。あからさまに。


 おい?


 仕方がなく、覚えている限りの英単語でなんとかしようと思った。


「きゃ、きゃん あい へるぷ ゆ~?」


 すると、外人さんは嬉しそうに、また畳みこむように話してきた。


 ダメダメ、今ので分かったでしょう。私の英語レベルは、小学生以下ですって。


 とにかく、頭が真っ白になるのを何とか抑えながら、やり取りをしました。


 そんな幼稚園児レベルの英語でやり取りしていたら、外人さんが気になるワードを話した。


 ベジタリアンと聞こえた。


「あ、あ~ゆ~べじたりあん?」


「おー!いえー!!いえー!!!」


 何だ、そのいえい!いえい!!は?私もやらないとダメなのか、いえい!いえい!って?


 違った。


 ああ、そうか、イエスか。


 そこで私は、やっと理解した。


 外人さんはどうも、当時の言い方で言う菜食主義者らしく、要は肉の入っていない食べ物を求めているらしい。


 私は何故か遠くに居る店員に、肉の入っていない料理は何か無いかと訊ねると、そんなものは無いとの冷たい返答だった。


 おい?


 すると、他の客が話しかけてきた。さっきまでそっぽを向いていた、ホワイトカラーの人だった。


「ごはんでいいんじゃない」と。


 ごはんって、おかずはどうする?サラダなんて、洒落たモノなんか無いような店だし。


 すると、おお、”ごはん”と外人さんは喜んだので、店員さんはごはんをよそって外人さんに出してくれた。ついでに、おしんこも出してくれた。

 

 スープはダシに鳥ガラを使っているのでアウトだけど、おしんこは大丈夫らしい。


 外人さんは、本当に嬉しそうにしていた。


 とは言え、外人さんらしく箸がうまく使えないようなので、レンゲをお願いした。


 外人さんは、ごはんにお醤油をかけてもそもそと食べていた。


 私はと言うと、これでやっと解放されたと思い、のびたラーメンと冷めた餃子を食べ終えて、同僚を促して店を出ることにした。


 というか、同僚は二本目のビールを飲んでいた。いつの間に?


 何だか、さっきまでと違って和やかな雰囲気になった店内だったけど、これ以上外人さんに話しかけられたら胃に穴が開きそうなのと、早く家に帰って休みたいと思ったので、長居は無用と思いました。


 どこから出てきたのか、おばあちゃんらしき人まで外人さん話しかけていたので、私たちが出ていくことに外人さんは気が付かなかったようでした。


 まあ、ごはんにおしんこでは、ちょっと申し訳ないような気持ちになったけど。


 だから、外人さんに私たちが店を後にすることに、気付かれなかったことはむしろ幸いでした。


 はあ~、これでやっと帰れると、心底ホッとしました。


 わが愛すべき同僚は、翌日職場でこの日の出来事を面白おかしく語ってくれました。


 もちろん、私を笑いのネタにして。


 おい?


 先輩からはもっと、英語を勉強しろよと言ってましたけど、余計なお世話と思いました。


 なまじ中途半端に使えるから、こんな面倒なことに巻き込まれたんですから。


 ちなみに、日本では英語が通用する国となっていますが、あのように単語を並べる事が出来るだけでオッケーなんだそうです。


 ネイティブに話す必要は無く、そもそも日本に来るなら日本語ぐらい学んで来いよとなります。


 何も日本人が、必死になって使えない英語を駆使する必要は、まあ無いそうですよ。


 とは言え、パニックになると碌なことにはならないと、そう教訓にすべき出来事でした。


 あの外人さんは、今でも元気だろうか?


 と言うか、肉を食わないで本当に大丈夫か?


 私には分からん。


 ちなみにその場末感たっぷりなラーメン屋は、随分前に無くなっていました。


 もう、行くことは無いだろうと思っていましたけど、こうして昭和がひとつ無くなったのは、ちょっと残念でしたけど。



 テレビで放送される、いわゆる町中華特集を見ていたら、この日の出来事を思い出し、ここに書いてみた次第です。



 皆様にも、こういったある意味で不幸な出来事が、あるんじゃないでしょうか?



 そんなほのぼのとしたエッセイを、読んでみたいと思います。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ