ふりむいて
私が以前「夏のホラー企画」に参加し、投稿を始めた時のこと。
私は夜、空いた時間を利用し、PCに向かっていることが多い。
自宅で書くことがあれば、図書館などで書くこともある。
これは、外で執筆し、その帰りに道で起きた出来事だ。
その日、私は外出し、夜になってから帰路についた。
電車に乗り、自宅の最寄り駅を目指していたのだが、時間があったので座席に座り、スマホで作品を書き進めることにした。
時刻は既に10時を回っていたと思う。
田舎の路線なので、乗っている客はほぼ皆無。
いたとしても居眠りをしているサラリーマンくらいしかいない。
ガタンゴトンと揺れる列車の中、騒がしい酔っ払いもおらず、筆がのってきた時のことだ。
下車する予定の駅より、少し前の無人駅に列車が止まる。
そこは、この夜遅くに下車する人はいても、乗車するような人は滅多にいない駅だった。
その駅で、一人のおじいさんが乗車してきた。
おじいさんは長い白髪を束ね、白いひげをたたえたいた。
眉毛も白髪で、眼が隠れるほど。
服装もよれた和装で、雪駄みたいなものを履いている。
杖を手にし、絵に描いたような仙人の姿に、私は一瞬目を奪われた。
そして、それを視界の端に捉えながら「珍しいな」と思いつつ、再びスマホに向かう私。
以降は特に何もなく、ほどなくして下車駅に到着した。
スマホを中断し、私は電車から降りようとした時だった。
「ならぬぞ」
不意に。
乗車口のすぐ近くに座っていたおじいさんが、私が横を通り過ぎようとした時に、つぶやくようにそう言ったのだ。
一瞬、自分に向けて言われたのかと思い、思わず「えっ?」とおじいさんを見た。
が、おじいさんは正面を向いたままだ。
気にはなったが、発射のベルが鳴り始めたので私は電車を降りた。
ドアが閉まった後、振り向くと、おじいさんの姿はきれいに消えていた。
少しゾッとしたが「座席を移ったのだろう」と思い直した。
その後、駅を後にして自宅へと向かう。
バスやタクシーなどは無いから、やむなく徒歩になった。
そうして、真っ暗な夜道を進む。
田舎なので、街灯もまばらなのだ。
田んぼ道を進み、山道を超える。
当然すれ違う人もおらず、行きかう車もない。
そんな道を進んでいると、突然、背中に何か小さくて固いものが「コン」と当たった。
ギョッとなって立ち止まる私。
そして振り返ろうとした時、私は固まった。
不意に先程のおじいさんの言葉を思い出したのだ。
「ならぬぞ」
おじいさんはそう言っていた。
何故だか分からないが、私は絶対に振り返ってはいけない気がしたのだ。
ドキドキしながら、再び歩き始める。
すると、また固い何かが背中に当たった。
何となくだが、木の実みたいだと思った。
別に痛くはないが、今度はさっきより強めに当たった感じである。
私はそれでも振り向かなかった。
でも、背後に誰かがいるのが何となく感じられる。
だが、おじいさんが発したあの言葉がどうしても気になり、振り向けなかったのだ。
だから、再び無視して歩き出す。
ただし、今度は速足だ。
何しろ薄気味悪かった。
「コンッ」と三度目が当たった。
いい加減、恐怖よりイラっときたのが勝り、私は大声で怒鳴った。
「うるさいっ!」
昔、幽霊は怒鳴ると退散すると聞いたことがあったので、思いっきり怒鳴ってやった。
すると、背後で、
「ふりむいて」
と、か細い声がする。
正直、心底ゾッとしたが私はそれすら無視し、ズンズンと足を進めた。
それからは何も起こらなかったので、自宅に着いてから、玄関で塩を撒いた
この怪異については、以降、再発することはなかった。
極めて不可解な出来事だったが、今になって思う。
あのおじいさんは誰だったんだろう?
そして、あの時振り向いていたら、一体何がいたのだろうか…?