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僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
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第九十話 兵士の子

話を終えたリリヤンと合流し、例の御輿に担がれて僕たちはハレムの小離宮へ戻った。

すっかり日も暮れていたが、緑灯の燈る室内には夕食の用意があった。

アデレたちが気を回してくれたようで、ミルガ稲から作られたミルガもある。けれどルゥル宮が失われ、今後ミルガの供給が絶たれるとなると、はやく他の食物にも慣れねばと思う。


「シゼル、頼みがあるのだけど」

「なんですか?」

「君のお乳をわたしにも飲ませてくれないかな?」

「ブフッ」


少量ずつ咀嚼していたモロ稲のミルガを噴き出しそうになって、慌てて口元を抑えた。

アデレがさっと嘔吐用の壺を差し出してくれるのに小さく礼を述べておく。

僕が急に吐いてもいいようにと準備万端のアデレは、自称した通り侍女としてきっちりと仕事をこなしてくれる心積もりのようだ。


「………な、なんでですか?あ、ミルガの節約の為?」

「それもあるけれど、マクス様のふぐりを無毒化するのに、きっとわたしの身体の糸も消費するだろう?

君にばかり頼ってすまないが、備えておきたいのさ」

「……………」

「マクス様の為に身を削るのは嫌かい?」

「そ、そういうわけじゃ……」


ちらちらと横目でイェンの反応を窺ってしまう。

正直なことを言えば、僕がマクスを助ける動機などイェンからの信用を落としたくないという一点に尽きるし、リリヤンに痛い思いをさせるのも嫌だ。

けど、何もせず見殺しにして平気でいられるほど関りが薄いとも思っていない。

あと一歩踏み出すには、誰かに強く求められたいのだ。


「イェンはどう……?イェンがマクス様を助けて欲しいって言うなら僕……」

「シゼル。イェンの気持ちは分かっているだろう?」


あえて言わせるのかと、リリヤンに窘められる。

別にイェンに決定権を押し付けたいと思ったわけじゃないつもりなのに、逃げるなと言われたようでバツが悪い。

イェンに謝ろうか。でも何に対して謝るのかと僕が迷っていると、イェンはかわいい顔で微笑んだ。


「お願いできないよ。マクスは、シゼルのかわいいになれなかったんだもの」

「イェン……ボク別に、マクス様が嫌いなわけじゃ……」

「嫌いじゃないのとかわいいのとは、とっても遠いと思う」

「……………」


イェンに……“子供”に我慢を強いている。この現状だけでも動く理由にはなりそうだった。

僕は今度はリリヤンに答えを求めてみる。子供に言わせるのが卑怯なら、大人ならどうだろうかと思ったのだ。


「リリヤン=トルドは……」

「シゼル、わたしはもうトルドじゃないよ」

「う……リリヤン、は、どうして毒を受けると分かっててマクス様を助けたいんですか?

やっぱりその……そういう、仲だから?」

「まさか。わたしがこの五十年の間にご奉仕させて頂いた方はマクス様以外にも数限りなくいらっしゃるんだよ。

お一人お一人の為にそんなことはしていられないさ」

「じゃあなんでですか……」


問うと、リリヤンはミルガを千切りながら、ほんの少し寂しそうに笑った。


「……急にトルドじゃなくなったから、かな。

五十年ずっとトルドだったから、他に何をしたらいいのか、何が出来るのかよく分かっていないのさ。

所詮わたしも指示待ちのヅァンだから、役割が欲しいんだろうね」

「引き続き僕らの保護者じゃ駄目なんですか……?」

「君に食べさせてもらう身を保護者とは呼ばないだろう?」

「……そんなことないでしょ。被保護者が保護者を食べさせることはありますよ。

生んでもらって、育ててもらったら、その“恩”を返すのはふつうのことで……」

「“恩”?なんだいそれ。君、誰かにそんな風に言われたのかい?産んで、育てたんだから、何か返せって」

「…………言われて、ない……です」


確かに、“母さん”にもアナエラにもそんなことは言われていない。

“母さん”に至っては、そういう風に言い訳して共依存を断ち切ることから逃げていただけだとも言える。

バツの悪さを振り払うように、僕はリリヤンを睨んだ。


「い、今そういう話してないでしょう!?」

「確かにそうだね。

わたしのしたいことの為にシゼルにはしたくないことをさせるなんて、道理が合わない。

うん。ここは大人しく、わたしに出来る範囲でやってみようかな」

「……それ、無毒化の効果も輸血もなしに毒を吸い出すって意味じゃないですか。どこが大人しいんですか」


リリヤンのこういう、好かれていると自覚していて自分の命を盾にするところ、本当にタチが悪いと思う。

僕はリリヤンから目を逸らすと、たまたま目が合ったアデレに話を振ってみた。


「アデレさんは、マクス様という元将軍をご存じですか?」


侍女に徹していたのに突然話しかけられて、アデレはぱちぱちと赤茶色のまつ毛を瞬かせた。


「大岩のマクス将軍のことでしたら、幼いころに都での相撲を拝見したことがございますわ」

「町の中でも相撲が行われるんですか?」

「それはもう。民の何よりの楽しみでございますから。

マクス将軍のように相撲の強さのみで兵となり、将軍となり、王より美しい妻を賜るという夢を持って田舎から裸一貫都入りする強者も多かったと聞きますわ。

そういう強者どもがまず挑むのが、賭け相撲なのです」

「賭け相撲ですか?裸一貫なのに」

「ですから、己の身を賭けるのですよ。負ければ奴隷となりますが、勝てば軍への伝手を得ます」

「なるほど……マクス様は強さで成り上がった成功者として語り草になっているんですね」

「ええ!相撲で勝利することは大変名誉なことですからね!わたくしも男に生まれていれば己のすべてを賭けて相撲を取ったでしょう!」


瞳を輝かせて力説するアデレの勢いに思わず身を引いてしまう。

王国民は皆こうなのかとトルワナとデボゥに視線で問うと、トルワナは困ったように、デボゥは少し不愉快そうに首を振った。

アデレに苦笑しつつ、トルワナが補足する。


「兵士の子と言えど、普通都の女は相撲を見に市井に下りたりは致しません。アデレはその……すこし特殊なのです」

「まぁ!トルワナだってラァダイェン様の相撲は素晴らしかったと仰っていたではありませんか!」

「神事と賭け相撲を一緒くたにしないでくださいませ」


どうやらアデレはただ出世欲で強者と結婚したいというわけではなく、熱狂的な相撲ファンらしい。

ひょっとして、将来自分の子供を最強の相撲レスラーにしたいとか思っているのかもしれない。

ふたりの会話を聞いていたデボゥが少女らしい頬を膨らませて苦言を述べる。


「マクス将軍のお話はなにも成功譚としてのみ有名なわけではございませんよ。

ハレムから美しい妻を娶ったにも関わらず子を成すこともなく妻を死なせてしまった将軍は、子種の呪いを戦場に持ち込んだ罪人です。

わたくしのお父様の隊が全滅し割印も返らなかったのは、マクス将軍のせいだと聞いています。そのように持て囃すのは如何なものでしょうか」

「あら……それは申し訳なかったわ。無神経でしたわね」

「いえ……割印が帰らなかったと言っても、あの戦に関しては王から補填もございましたし、わたくしが今宮仕え出来ているのもその縁あってのことですから……」


どうやらこの三人は三人共専業兵士の娘らしい。

それがどれだけの地位かは分からないが、少なくともデボゥは戦死者の遺族への補償としてこの仕事を斡旋されたようだ。


「割印というのは?」

「このようなものです」


リリヤンに問われ、デボゥが懐から麻紐につるされた陶器のペンダントのようなものを取り出し見せてくれた。

割印という言葉の響き通り、元々は別の形に成形されていたものが真ん中で半分に割られたような形をしている。


「兵士は戦場に赴く際、これの半分を首に下げて敵に挑むのです。そして戦死した場合には、遺体から回収された割印をこう、遺族に残されたものと組み合わせて提出すれば、王より賠償が支払われるのです」

「回収はどなたが行うのですか?生き残った味方の兵士様でしょうか」

「その場合もありますし、それを生業にする者もいるようですよ。遺族に割印を売るのだとか」

「そのような商売を営む者がいるのに、全滅した部隊の割印が返らないということがあるのですね」

「死体も遺留品も忽然と消えてしまったのだとかいう馬鹿げた噂が立っておりましたが……実際のところは分かりません。だから子種の呪いだと囁かれているのです。

ですのに、呪い持ちである当の本人はおめおめと生きて帰ってきたとか……理不尽なことですわ」


マクスから、将軍の任を解かれたのは子種の呪いのせいだとは聞いていたが、部隊の全滅の責任を取らされてのことだったとは言っていなかった。

汚点だから、イェンの前では意図的に隠したのだろうか。それにしても、マクスからは全滅に対する自責の念のようなものは特に感じられなかった気がする。


「イェンは何か聞いたことある?マクス様が悩んでいらっしゃったとか」

「うーん?戦のおはなしは、勝ったものしか聞いたことなかった気がする」

「そっか……イェンにはいい恰好したかったのかも知れないけど、なんだか都合良いよねマクス様って」


僕が隠し切れなかった不快感を漏らすと、リリヤンが微かに苦笑いした。


「アダ様も不審がっておいでだったよ。かつてのマクス様は情に厚く、部下に対しても奥方に対しても、良くも悪くもいつも感情的でいらしたんだって。

なのに、いつの頃からかそうではなくなったと」

「そうではなくなったというのは……冷たくなったってことですか?」

「ううん……アダ将軍の仰ることには、それまで通わせていた情を忘れてしまったように頓着がなくなってしまうということが多々あったとか。

実は、王から賜った奥方というのは、アダ将軍の姉君でいらっしゃったのだそうだ。

婚姻当初のマクス様はそれはもう奥方に入れ込んで、アダ様が辟易するほどの愛妻ぶりであったらしいのだけれど……突然奥方が亡くなられても、何故だかまるで取り乱す様子がなかったらしい。

どころか、姉の死を共に悼もうと話しかけたアダ様に対し、まるで思い入れもなかったかのように『死んでしまったものはしょうがない』と軽い調子で流されたのだとか」

「まぁ!奥方の死を悼む気持ちも持ち合わせないなんて!いくら強くともそんな薄情者は願い下げですわ!」

「まったくですわ!成り上がりの田舎者が宮女を娶るなんてどれほど幸運なことか分かっていらっしゃらないのかしら!」


伝聞されるマクスの人となりに、アデレとデボゥからは非難ごうごうだ。トルワナも声こそ荒らげないけれど、二人の心情に概ね同意らしかった。


「ヴィネアンテ様は、それもこれもラァダイェン様の陰謀に違いないと仰っていたよ」


リリヤンが付け加えると、三人が一気にシン、と静まり返った。

彼女たちはもともとヴィネアンテの離宮に勤めていた侍女で、今も本当は彼女が主人なのだろう。なんとも微妙な空気が流れる。


「……ヴィネアンテ様が疑心暗鬼に陥ってしまうのも無理はありませんわ。ラァダイェン様は本当にお強くていらっしゃいましたもの」

「それだけではなく、とてもお美しい方でしたわ。ヴィネアンテ様と並んでも、同腹のご兄妹だとはどなたもお思いになられなかったでしょうから……

共にハレムで育ったヴィネアンテ様には肩身の狭い思いもあったのではないでしょうか」

「その……ヴィネアンテ様はお父上の血を濃く受け継いでいらっしゃるのですわ!それは治世に向く証と考えられませんこと?」


三人共必死でヴィネアンテをフォローしているが、どの点を取ってもラァダイェンに見劣りする彼女が劣等感からあることないこと難癖をつけているのだろうと考えていることは伝わってしまった。


「王妃様はお美しい方なんですよね?ヴィネアンテ様とは似ていらっしゃらないんですか?」

「そうですわね……わたくし共などは王妃様のお顔を拝見する機会など滅多にございませんでしたけれど、あまり似ていらっしゃらないことは確かですわ。

それを気になさってか、ヴィネアンテ様は公式の場では顔を覆う布を手放されませんでしたから、お二人を見比べたことのある者というのはごく限られていますでしょうけれど……あら、ルゥルイェン様。トンガがお気に召されましたか?おかわりはいかがです?」

「うん!これもっと食べたい!です!」

「シゼル様とリリヤン様は如何ですか。ミルガ稲のミルガもまだございますよ」

「ありがとうございます。頂きます」


イェンもリリヤンもおかわりをするらしいので、腹は空いていないが僕もミルガを追加した。

なんとなくそこで話は終いになってしまう。

そして夕食ののち、アデレに用意してもらった壺にこっそり乳を搾ると、リリヤンに手渡した。


「ひとまずお乳に関しては、今後リリヤンにも飲んでもらう機会は増えるでしょうし、今のうちに慣れてもらうという意味でですね……」

「わかったわかった。マクス様の為ではないんだね」

「そ、そうですけど……ひとまずってだけですよ。助けないなんて言ってないです」

「はいはい」


脱がされた衣装はそのまま硬い寝台に敷かれ、布団の代わりになる。布は金と並ぶ富の象徴だそうで、布にくるまって眠るのはとても贅沢なことなのだそうだ。

ベッドメイクを済ませたアデレたちが侍女用に設けられた隣室に下がっていき、僕らはそれぞれの寝台で眠りについた。


(結局マクス様を助けたくなるような動機は得られなかったけど、あの“海”がなんなのか、ちゃんと見ておくべきだって気がする……)


リリヤンとイェンが寝息も立てずに眠る部屋の中、緑灯の灯りに照らされながら、僕は再びあそこに潜った。

変わらず命綱はないので、無理せず行けるところまでで引き返す。

潜り始めた時には、そう思っていたはずだった。

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