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僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
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第八話 ルゥルイェン

先に気付いたのは鎧男だった。

ハッと顔を上げて目を見張った彼の視線を追えば、廊下の奥にイェンが立っていた。

その表情はこわばり、今にも泣きだしそうに肩がふるえている。

にもかかわらず、イェンは次の瞬間つんのめりそうな勢いでこちらへ駆け出してきた。


「ルゥルイェン……!」

「いやあああああ!」


鬼ごっこの時のように体全部で突進してきたイェンが、跪いていた鎧男の肩にぶつかってコロリと跳ね返る。

しかしすぐに跳ね起きると、男の身体をひっくり返そうとしているつもりなのか、でたらめに腕を突っ張って押したり叩いたりし始めた。


「いや!いやあ!いやあ!やああ!」

「………………」


呆気に取られていた僕と違い、鎧男はイェンを悲しいような、嬉しいような、申し訳ないような複雑な瞳で見つめている。

手が痛くなるまで叩いてもびくともしないとようやく悟ったイェンは、バッと振り返って今度は僕に突進してきた。


「え?」


抱きつかれたと思ったが、イェンはそのまま僕の身体を抱き上げて、抱えて逃げるように走り出す。

イェンの小さな肩に担がれることになった僕は、今度こそ呆気に取られて口を開けている鎧男と目が合った。


「え?え?イェン!?」

「ボ、ボクは、かわいいからっ!」

「か、かわいいよ?イェンはかわいいけど、あの……」

「つぎはたたかうって言った!!」

「言っ……たかな!?」


喋っている間にもイェンの足がもつれ、転びそうになっているのが振動で分かる。

いくらイェンが力持ちで僕の体重が軽いとはいえ、幼児が同じくらいの体格の人一人を抱えてまともに走れるわけがない。

後方を見やれば、困った顔の鎧男が追い付いていいものかと躊躇するような速度で付いてきている。


「は、話をさせてくれないか、ルゥルイェン?」

「いや――!!」


半泣き状態で拒絶を続けるイェンに眉尻を下げた男の顔はこれ以上ないほど情けなく、さすがに同情を禁じ得なかった。

僕も肩口からイェンの後頭部に向かって提案してみる。


「ね、ねぇイェン……このまま僕を抱えては逃げられないでしょ?一度おろしてくれない?」

「いや!いやぁ!!シゼルはどこにも行かないのぉ!」

「行かないっ、行かないから!ね?」

「いやぁ――――!!あっ……!」

「あ」


ヅァニマ院の壁床はどこもかしこも老朽化がひどい。


中庭の固く踏み均された土と違って、ぼこぼこと取っ掛かりの多い廊下を幼児が大荷物抱えて走り回って、転ばないはずがなかった。

いつものタックルの勢いで頭から前へ飛び込んだイェンの肩から、自分の身体がふわりと浮き上がるのを感じた瞬間。

石の床に叩きつけられる衝撃と、イェンの体重がのしかかってくる衝撃に体を挟まれ、僕は意識を手放した。



次に目を開けた時、涙と鼻水でぐずぐずのイェンの顔が視界いっぱいに広がっていた。


「しっ……しぜっ……りゅっ……ぜりゅっ……くっ……ひっ……」


泣き続けてしゃっくりが止まらなくなっているらしい。

僕は汗で法衣がしっとりと張り付いているイェンの背中を撫でた。


「ふっ……うっ……うう――っ」

「……大丈夫。大丈夫だよ」


イェンの背中を撫でる手は止めずに視線を巡らすと、部屋の隅で大きな体を小さくたたんでいる鎧姿があった。

入口らしき場所には見覚えのある織布がかかっており、そこがイェンが待っているはずだった部屋だと分かる。


「……話はできたんですか?」

「いや……気絶したお前をここに運ぶことだけは許してもらえたが……その……この通りだ」


なんの進展もしていないらしい。

仕方がないので、絶対に離すまいとしがみついているイェンのしゃっくりが止まるまで僕も動かずに待った。

子供の高い体温と心音が心地よくて、こんな状況なのに気持ちが落ち着いてくる。


「………しぜる」

「うん……?」

「ボク……もうシゼルのかわいいじゃなくなった……?」

「なんで?」

「まもれないから……」


なんでそんなに“かわいい”にこだわってしまったのだか。

鎧男もイェンをヅァニマ院に隠しているようなことを言っていたし、この必死さは、役に立たなければまたどこかに連れていかれるとでも思っているせいなのかもしれない。

僕はイェンの背中をぽんぽん叩いて顔を上げさせた。


「関係ない。イェンはかわいいよ」

「ボクは……かわいい……ボクはかわいい……」


自分に言い聞かせるように繰り返すイェンの頭を撫でつつ、僕も体を起こして部屋の隅の男に向き直った。


「ねぇイェン、あの人、イェンの知ってるひと?」


耳元で囁くように問うと、イェンの肩がびくりと跳ねた。

男を見まいとしているように、胸元できゅっと握った手に視線を落とす。

触れられたくないことなのかもしれない。


「危険なひと?イェンはあの人が嫌い?」


この問いには、顔をあげて困ったような表情で口を開きかけ、また閉じた。

否定したいけれどしてもいいのか自信がないとか、そんな感じだろうか。

部屋の隅で小さくなっていた様子とイェンの反応から、僕はいくぶんか男への警戒を下げた。

僕の視線が軟化したことに気付いたのかもしれない。

男は僕たちを驚かさないようにか呆れるくらいゆっくりと近付き、左手を肩に、右手を背中に回して腰を屈めた。

その動作は確か目上に対する正式な挨拶のはずだ。

まさか僕に向けてのものではないだろうから、イェンは彼にそうさせるだけの出自ということなのだろう。

二人が語らない詳細をあえて聞こうとも思わない。


「……短い間でずいぶんお痩せになった。何か差し入れて差し上げたかったが、検閲が厳しく見たくもない顔をお見せすることしか出来なかったこと、申し訳なく思っている」


イェンは返事をしていいのか分からないという風に困惑している。

男はイェンが口をきかないことを予め心得ているような態度で、独り言のように続けた。


「私はこちらに数日滞在することになっている。手土産の代わりと言っては何だが、ミルガに飽いた宦官に振る舞う為という名目で狩りにも行く予定なので、ルゥルイェンの腹の足しになるものをリリヤンに預けて行くつもりだ」


腹の足しになるものと聞いて、イェンの耳がぴくりと反応したのがわかった。

ミルガ二枚の暮らしに腹を空かしていたイェンをなんとかしたいと思っていたのは僕も同じだ。

天衣領の中でもミルガ以外に食糧調達の術があるなら、是非とも学んでおきたい。


「あの、その狩り、僕も同行させて頂くことは可能でしょうか?」


男はもちろん、イェンもびっくりしてこちらを見ているのが分かる。

けれどこれはまたとないチャンスだ。


「領内で穀物を育ててはいけないと聞いています。あなたがそう頻繁にここに来られないのなら、イェンに食べ物を取って来てあげられる術を僕も学びたいんです」

「それは……いや、ならん。森は危険だ。獣は天衣の気配を嫌ってわざわざ近付いては来ないが、それでも出会って襲われないという保証はないのだ」

「獣は天衣の気配を嫌う……んですか?」

「そうだ。ミルガを領内で作らせないのも、不用意に広めれば他の作物が食われる可能性があるからだ。

しかしお前のような幼いヅァンには糸とやらを作る力もないのであろう?獣にとっては無力な標的だ」

「………?」


ミルガのもととなる穀物に毒性があるということだろうか。

しかしそれが天衣に獣が近付かないということにどう繋がるのかよく分からない。


「……シゼル、“イト”ってなに?」


男と直接話してはいけない制約でもあるのか、イェンが僕に訊いてくる。けれど僕も分からず首を傾げ、男に解説を求める。


「糸は、天衣が転生の器を作る為に使う力だと聞く。ミルガのもととなるミルガ稲も糸から生まれた種籾を栽培している」

「え?それじゃあ、ミルガは天衣のおかげで作られてるってことですか?一日二枚のミルガを王が与えてるなんて嘘なんですか?」


働けない者にまで分け与えているのは大した福祉だけれど、ミルガ二枚でずいぶん恩を着せるものだと思っていたのに、それすら王の施しでもなんでもないなんて理不尽すぎるんじゃないのか。

王様に対して少しムッとしてしまった僕に、鎧男はふるりと首をふった。


「そうではない。ミルガ稲を育てているのもミルガに加工しているのも王領の領民であるし、何よりミルガ稲から作るミルガしか食わせないのはお前たち天衣の転生を確実とする為の取り決めで、王が強制したことではない」

「転生のため……?」

「お前はシゼル宮の出だろう。それだけ喋れるのならいずれ宮仕えに出されるだろうから、そのうちにリリヤンが教えてくれることだ。ともかくも、狩りに連れて行くことは出来ない」


天衣のことは天衣に聞けとでも言うように、その話はぴしゃりと打ち切られる。

なんだか気になる情報が色々とこぼれ出たけれど、そんなことよりもイェンの食生活が大事だ。


「狩りが無理なら、せめて野草などを採集する術を教えてください。イェンが毎日どれだけひもじい思いをしているか、僕は間近に見ているんです」

「……う」

「詳しく聞きませんけど、何かイェンにすまないという気持ちがあるんでしょう?イェンをお腹いっぱいにする為に協力してください」

「ぬぅ………仕方ない」


痛いところを突けたようで、鎧男は苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。


「けれどあくまで採集のみだ。私は今日のうちに罠を仕掛けに行くつもりだったので、その時に足場を整備しておく。お前が動き回っていいのはその区画のみと約束できるなら連れていこう」

「分かりました。お約束します」


譲歩を得たことに僕は安堵したが、そこで今まで口を挟まないようにと黙っていたイェンが弾かれたように割って入ってきた。


「だめ!シゼルが行くならボクも行く!」

「それは……」

「マクスは黙ってて!ボクはシゼルのかわいいで、シゼルはボクのかわいいなんだから! シゼルだけ連れて行かせない!」

「………しかし」


激高したイェンが男の名を呼んでいる。

何か協定のようなものがあって直接話さないようにしているのかと思っていたが、いいのだろうか。

怒って顔を真っ赤にしているイェンに、鎧男――マクスはたじろいでいるようだ。

相当イェンに弱いらしい。


「今度はシゼルとひきはなすの!?そんなことしたら、もう一生マクスをゆるさない!」

「う……ぐぅ………わ、分かった……リリヤンに話を通そう……」


どうやら決着したらしい。

詳しいことは知らないし、あまり深く関わりたくはないけれど、丸く収まったならそれでいい。

マクスはリリヤンに話をしてから採集道具を持って森に早馬を駆けるということで、僕らは奥の院に戻された。


幼年組の部屋に戻り、夕食分のミルガが配られる時間になって、僕は配給係の中にアンバの姿を見つけた。

駆け寄ると、声を潜めて問いかける。


「あの、アンバ……あのあとリリヤン=トルドは大丈夫でしたか……?」

「?リリヤン=トルドがどうかしたかい?」

「その……お客様に、乱暴なことされてなかったか……とか……えっと、アンバも、平気……?」


もし何かあったならこんなことを質問されること自体が心の傷になるだろうと思いながらも、どうしても気にかかっていたことを訊いてしまう。

けれどアンバはきょとんと目を瞬いて首を傾げた。


「お客様って……ああ、宦官の皆様への“おもてなし”のこと?うん。全然問題ないとも。上手に出来たとトルドに褒められたくらいさ!」

「………え」


誇らしげに薄い胸を叩くアンバが信じられなくて、最悪の想像が脳裏を過った。


「まさか……リリヤンが、アンバにも強いたの……?その、“おもてなし”を……?」

「いや、わたしは宮仕えが決まっているからって、ほとんど見ていただけだったけどね」

「そんな……だけったって……」


アンバがリリヤンを尊敬していることくらい見ればわかる。

仕草も口調もそっくりリリヤンを真似るほど大事な師のそんな姿を見せられてショックを受けないはずはないのに、アンバはこんな時までリリヤン仕込みのへらへらしら笑顔を崩さない。

僕は急にリリヤンに不信感が湧いてきた。

僕やイェンのことを守ってくれたなら、アンバのことも考えてあげて欲しかった。


「信じられない……なんでリリヤンはアンバを同席させたりするんだ……」

「そりゃあ、わたしが少しでも長く生きられるようにだよ」

「へ?」


予想外の返しに、間抜けな声が出た。

アンバはぴっと人差し指を立て、リリヤンの口調を真似て言う。


「いいかいシゼル。リリヤン=トルドの代になり、我を取り戻す子たちが少しずつ増えてきたことは喜ばしい。けれどそれによって領全体で“白”が不足し、宮によっては少々の“灰”かぶりでも素材にされてしまう事案が出てきた。宦官のお客様に触れられた可能性があると匂わせておくことでわずかにでも永らえる命があるんだよ」


胸がざわざわとした。

アンバはこんな子だったろうか。面倒見が良くてしっかりしているのが彼の“我”なんじゃなかったんだろうか。

今目の前で講義をぶつアンバがリリヤンを上手に真似ているだけの人形に思えて、ぞわりと背中を冷たいものが伝う。


「何……言ってるんですか?白とか灰とかって、なんなんですか……?」

「“白”っていうのはね、雑多な記憶の蓄積がない、真っ白なヅァンのこと。逆に“灰”は、我が強くて素材としては悪質な子のことだよ」

「素材……って」

「転生の器を作る為の“糸”の素材だよ。白ければ白いほど良質な素材になるんだって。この部屋ならそうだね……スルガはかなり良質な“白”だと思う」


唐突な眩暈に襲われて、頭がぐらりと揺れた気がした。

背後で今も口からお粥を流し込まれているだろうスルガを振り返れない。


「……そんな、だって、お、おかしいですよ……矛盾してます」

「何が?」

「たくさん話しかけてあげることで、我を取り戻せる確率が上がるってアンバも言ってたじゃないですか……」

「その通り!これはリリヤン=トルドが気付いて院に取り入れたことなんだよ。講義で色々な話をするのもその為なんだって」

「それはいいんです……リリヤンがヅァンの為に頑張ってくれているのは分かりました。

でも、じゃあなんで、宮の人たちは、ヅァンをヅァニマ院に預けるんですか?何も刺激を受ける前の方が良い素材になるんでしょう?手元から離さずすぐに素材にしてしまえばいいはずで……なんで……なんでここで、何年も苦労してミルガを食べさせて、その歳までヅァンを育てるんですか……?」


目の前が暗くなりそうになるのを、足を踏ん張ってやっと耐える。


「ヅァニマ院って………何の為にあるんですか……」

「そんなの簡単だよ」


アンバが得意そうに微笑んだ。


「体が大きく育ってる方が、たくさん素材がとれるじゃないか!」

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