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僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
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第六十六話 訃報

ぎゅっと濃縮された数日間の合宿を終えて、エゥポル宮を発つ日がやってきた。

そろそろヅァニマ院では春の剪定式に向けて清めが始まる頃だろう。

灰かぶりの手はいくらでも欲しいはずだ。


「エゥポレッタ様の糸の実も今日が食べ収めなんですね」

「糸の実は馴染んだ師の味を引き継ぐものですから、シゼルが作る糸の実の味もレッタ様の味に近くなるかもしれませんよ」

「ボクはシゼルのお乳の味がいいなぁ」


エゥポル宮の揺り籠の間での朝食もこれが最後ということで、そんな会話が交わされた。

エゥポレッタの指導のお陰で僕の糸紡ぎはかなり洗練されたと思う。けれどそんな僕よりも目に見えて成長があったのはイェンだった。

糸の実が良かったのか、毎晩の授乳が良かったのか。代謝が良くなったらしいイェンの産衣はかなり成長し、体に見合うサイズになっていた。

産衣は成長するにつけ僕が作った黒衣と同化していき、なんだかかっこいい民族衣装のようになっている。これもコロモさんのセンスなのだろうか。

エゥポレッタが興味深そうに見ていたが、どうやら本当にコロモさんとは折り合いが悪いらしく、イェンいわく「服がいやがってる」とのことで、解析はあまり進まなかったようだ。


「シゼル。剪定式ではゆっくり言葉を交わす時間がないかもしれん。餞別にこれを渡しておこう」


エゥポレッタが差し出してくれた手には、とても美しい小さな糸の結晶があった。

それを口に含むと、エゥポレッタがお別れのキスのように最後の糸移しをしてくれた。

絡まる唾液の上で溶けた情報が僕に流れ込んでくる。


「これは……塗り薬、ですか?」

「グァラガラ=シンのかさぶたから設計した治癒の毒だ。傷口が早く塞がり、治りを良くする。いざという時の為に作り方を覚えておけ」

「……!はい!ありがとうございます!」

「イェン。其方にはこれを」


エゥポレッタが目線で指示すると、リリンナが黒いグラディエーターサンダルのようなものを持ってきた。


「帝国の兵士はこれに似た戦士の靴というものを履いて岩場や熱された砂漠さえ駆けると聞く。

これでシゼルを守ってやるといい。エゥポライゼ様が残して下さった設計から紡いだので、今着ている衣とも親和性は悪くないだろうと思う」

「わぁ!ありがとう!……あっ、ございます!」


この国で靴を履いているのはほとんど歩くことのない貴人の女性だけで、その靴もなんと陶器や金で出来ているらしい。走ったら壊れてしまうような耐久性らしく、とても戦闘向きではない。

サンダルを受け取ったイェンは嬉しそうだ。

これで守る、という謳い文句が気に入ったに違いない。


「うむ。では、門に向かおう。エゥリケが牛車を回している」

「はい。えっと、本当にお世話になりました……!」

「そういう挨拶は最後でいい。門まで歩く間に話すことがなくなるぞ」

「レッタ様が転ばなければそんな距離でもないですよ」

「うるさいぞヒラカ」


滞在の間世話をしてもらったことで顔見知りになったヅァンたちとも挨拶を交わし、僕らは宮の正門に連れ立って歩いた。

実際のところ、この数日の間に様々な新しい発見のあったらしいエゥポレッタからもたらされる話題は一向に尽きなかった。

まだまだ名残惜しいという雰囲気の僕らが中央の宮の正門をくぐろうとした時、イェンがハッと顔を上げた。


「馬が走ってくるよ。すごく慌ててる」


僕はもとより、この数日でイェンの聴覚の鋭さ、身体能力の高さを嫌というほど実感したエゥポレッタやヒラカも怪訝そうに首を傾げる。


「こんな半端な時期になんでしょうね?」

「分からん。ともかくエゥリケと合流するぞ。シゼルとイェンは念のため外套を目深に被っておけ」


僕とイェンは顔を見合わせて首を傾げつつも、言われた通りに外套を被ってエゥポレッタに付き従った。

正門には来た時と同じ牛車が停まっており、その行者代に座るエゥリケはエゥポレッタに似て厳格そうな顔をすがめて目を凝らしていた。


「土煙が見えます。何か来るようですよ」

「ああ……」


並んでいると兄妹に見える二人が、じっと地平線を睨む。

かなりの時間をかけて近付いてきた土煙の中には、栗毛色の馬が駆けていた。

ゆっくりに見えたのは遮蔽物がないせいで遠近感が掴めなかっただけらしい。近付くにつれ、馬が猛スピードで駆けていることが分かった。


「王宮の使者だな……」


エゥポレッタの言う通り、マクスのような軽装の革鎧を着た使者は、その軽装に見合わず馬にも自身にもジャラジャラと装飾品を着けていた。それなりの身分なのだろう。

正門の前に来るまでよりも早くに手綱を引かれたらしい馬は、急停止にならないようにか徐々にスピードを落とす形で停まった。

馬上から降りることもなく使者が告げる。


「訃報である。王が身罷られた。これを」

「……ハッ」


淡々と告げると、使者は皮のベルトのようなもので胸の前にくくりつけていた陶器製らしきタブレットを取り出し、エゥポレッタに差し出す。

兵士なのだろう使者はひょいと持っていたが、一見健康的に見えても天衣らしく筋力のないエゥポレッタには重かったようで、ヒラカとエゥリケに支えられて持つ形になっている。


「王妃様ではなく六将軍の印が押されているが……」

「王妃様には姦通の嫌疑がかけられている。春の根の二十日に旧ルゥル宮で神儀が行なわれる故、必ず列席するようにとのことだ」

「なんだと!?春の剪定式はどうなる!?しかも旧ルゥル宮でというのは一体……」

「現在ハレムは封鎖状態にある。当面ミルガの配給も絶える故、必要な天衣の移動は天衣で行うように。ヅァニマ院には別の使者が向かっている」

「なんと勝手な……!」

「では伝えたぞ」


言うが早いか、使者が手綱を引く。馬が体を翻し、さっさと駆け去って行ってしまった。

後にはタブレットを覗き込むエゥポル師弟の姿が残った。


「あの……王が身罷られたって言いましたか?」

「ああ……そして王女殿下が女王に即位し、王妃と小ラァダイェン、それから小ラァダイェンの母宮の処刑が同日行なわれるとある」

「処刑!?な、なんの罪でですか!?」

「分からん……そこまでは書いていない」


急展開過ぎてついていけない僕と違い、エゥポレッタは頭の中で目まぐるしくやるべきことを羅列しているらしく、視線はもうタブレットを見てはいなかった。

なんとなくだが、こういう時のエゥポレッタは体内で毒を調合して思考力や集中力を高めているのではないかと思う。


「エゥリケ。牛車をあと一台、それから荷車を二台用意しておけ。私も院に向かう」

「はい」

「ヒラカ。書簡は貴様が牛車に積み込め。実を耕すので一度揺り籠の間に戻るぞ」

「はい。レッタ様、イェンをお連れ下さい」

「イェンを?」


ビシビシと差配していたエゥポレッタが、唐突なヒラカの提言に怪訝そうに眉を顰める。


「はい。というか、イェンに運んでもらってください。レッタ様の足では出立が昼過ぎになります」

「運ばせるなど……可能なのか?」

「イェン。お願い出来ますか?」


問われたイェンが僕を見たので、黙って頷く。

するとイェンはエゥポレッタの長身をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこにした。


「………なにか、屈辱的だな」

「ドゥルブデン。口を閉じてイェンにぴったり体をくっつけると良いですよ。かなり速度が出ますので、心して下さい」

「は?………!?」


ぐっとイェンが地面を踏み締めたかと思うと、次の瞬間弾丸のように飛び出した。

二人の姿はあっという間に宮の中に掻き消える。

相当驚いただろうに、言われた通り口を閉じているのか、エゥポレッタは叫び声はあげなかった。さすがの精神制御だ。

残された僕はヒラカとエゥリケがタブレットを牛車に乗せるのを手伝う。

エゥリケが荷車などの手配にか正門前を離れ、僕はヒラカと共に牛車で待つことにした。


「実の母親である王妃様に対する仕打ちも衝撃もですが……なぜ幼い弟君まで処刑されるんでしょう?」

「表向きにどんな罪状を用意したかは知りませんが、継承権を争う際にはよくあることですよ。

それに、恐らく今王宮は六将軍の制圧下にあるのでしょう」


王女を旗頭にしているが、実質軍事クーデターということだろうか。


「軍人は天衣領を見下す傾向が強いので、レッタ様の立場が貶められないか心配です……」

「あの……女王が即位するということは、今のハレムは解体されるんですよね?ハレムの女性たちは実家に帰されるんでしょうか?」


僕の疑問に、思ってもないことを聞かれたという顔でヒラカが目を瞬いた。


「そうでした。人は女性同士では世継ぎが成せないのでしたね……王が替わる際には、前王の妾がすべて処分されハレムには国中から新しい女たちが集められることもあると聞きますから、王が男から女に替わる場合もそうなるのではないですか?」

「処分というと……?まさか殺されるんですか?」

「前王の寵姫であった場合には殺されることもあるようですし、役人や兵に下賜され妻となったり、新しい王に叛意がないと証明された者はそのまま女官や教育係としてハレムに残されることもあると聞いた気がします。

けれど今回の場合、女王のハレムに女を残すわけにはいかないと思うので、即位を執り仕切る将軍たちで分配されるんじゃないですか?」

「なるほど……」


相変わらず人権も何もあったものではないとげんなりするが、前世でも大昔の王朝には己の墓に兵や奴隷を生きたまま埋葬し、死路への供としたとされる痕跡などがあったと記憶している。

殺されるくらいなら、兵士たちの妻になる方がまだ救いがある……のだろうと思いたい。


「ハレムの女たちなんかよりレッタ様の行く末ですよ。エゥポル宮は王妃派だと認識されているはずなので、今後冷遇を受けるかもしれません」

「実際王妃派ではなかったんですか?」

「エゥポルの叡智を買い漁るほどの財を持つのが王か王妃様しかいなかったというだけの話です。レッタ様をまるで商人や職人のように呼びつけては融通をつけろと無理を仰ってました」


思い出して腹が立って来たのか、ヒラカは憎々しげに空を睨んでいる。

そんな話をしている間にエゥリケが牛車とリリンナたち三人のヅァンを連れて戻った。その中にはアンバもいる。


「アンバ!同じ宮にいたはずなのに、なんだか久しぶりですね」


思わず声を掛けた僕を、アンバはじっと見つめたのち、敬礼の姿勢を取って無言で作業に戻って行った。


「…………」

「アンバはまだ我が戻っていませんが、ヅァニマ院での習慣が身体に染み付いているようなので、荷運びに良いとエゥリケが判断したんでしょう」

「そう……なんですね……」


エゥリケの指示通りに淡々と過不足なく動き回るアンバの姿に、もの悲しい感情が込み上げる。


「アンバが覚えているかは定かではないですが、リリヤン=トルドに無事な姿を見せてやろうというエゥリケの計らいかもしれませんよ」

「エゥリケが……?」

「意外に思うでしょうが、エゥリケもあれで院での記憶が強いようで、トルドには懐いているんですよ。

シゼルたちを迎えに行く際も久々にトルドの顔が見られるので楽しそうでした」

「…………」


院に現れた時のエゥリケを思い出してみるが、まったくそんな風には見えなかった。ヒラカの思い違いでないのだとしたら、分かりにくすぎる。


そうこうしているうちにイェンに抱き抱えられたエゥポレッタが戻ってきた。

糸の実を余分に耕してきたからなのか、イェン号の運転に酔ったからなのか、その眉間には深い深い皺が刻まれ、本人も若干ぐったりとした様子だった。

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