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僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
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第五十三話 ラカのレッタ

「遅い!」


到着早々、久方ぶりに再会したエゥポレッタの第一声がそれだった。

エゥリケがしれっと反論する。


「ミネバラダムに無理をさせるなと仰ったのはエゥポレッタ様ですが?」

「そんなことは分かっている!私は貴様に言っておるのだシゼル!ギナを寄越すのが遅い!なにをまごまごしていた!?」

「す、すみません……院も色々と忙しくて……」

「まったく!どこもかしこも天衣不足か!ひとまず客間へ案内するので食事を摂れ!ミルガは持って来たか!?」

「は、はい」

「よし!ヒラカ!」

「はいはい」


ビシビシと差配するエゥポレッタの後ろから、のっそりとやる気の無さそうな足取りでヒラカが現れる。


「ヒラカ様、お久しぶりです。お世話になります」

「ええ、いらっしゃいませ。うるさい宮ですがゆっくり………」

「へぇ、お客様、ヒラカ様より小さいですね」

「シゼル宮の器とは言えヅァンがお客様だなんて面白い」

「またエゥポレッタ様が余計な仕事を抱え込んできた……」

「あの大きい方も天衣なんですか?」

「どうでも良いですが、私はもう下がって良いんですよね?」

「ああ!まったくうるさい宮だ!」


口々に声を掛けて来たのは、ヅァンらしき宮仕えたちだった。

ちなみに最後の気怠そうな態度でヒラカに怒鳴られていたのはエゥリケだ。

誰もがヅァニマ院ではまず見ないほど我が強いことにも驚いたが、僕が目を奪われたのはその容姿だった。


「リリヤンがいっぱい!」

「……本当に。ヒラカ様やリリヤン=トルドによく似た方が多いんですね」

「だろうな。エゥポル宮にはリリン宮の者が多く仕えている」

「そうなんですか!何か理由が?」

「……私はまず食事を摂れと言ったはずだが?」

「あ、う、すいません……」


エゥポレッタにギロリと睨まれて、大人しくヒラカに着いて客室へと通される。

エゥポル宮もシゼル宮やヅァニマ院同様に中央の棟に応接用の部屋が集まっているようだ。

構造は似たようなものだが、壁のモザイクタイルに彩りがあるせいなのか、それとも人が多く会話が行き交っている為なのか、シゼル宮にはない活気のようなものを感じる。


用意された部屋には新しくて立派な絨毯が敷かれ、シゼル宮にもあった一見布の塊のような長椅子が二脚設置されていた。

ヅァニマ院で胡座生活に慣れてしまったせいか、椅子に座るという行為ひとつでひどく贅沢をしているような気分になる。


「あれはなんだろう?」


院にある貴人用の部屋と同じく、この部屋にも窓がない。

けれどその代わり、部屋の四隅に蓄光塗料を塗ったようにぽうっと緑色に光る灯りのようなものが置かれている。

置き型の他には天井から吊り下げられているタイプもあり、底のない三角錐が縦にいくつか連なったような形をしていた。この灯りのお陰で日が落ちた室内とは思えないほど部屋が明るい。


緑灯みどりびですよ。もとは闇夜に光る茸で、うちの宮では糸紡ぎの修練として作られますし、緑灯の生成を主な役割としている宮などもあるようです」

「へぇ……!」


水瓶から水を汲みつつヒラカが答えてくれる。

ヅァニマの奥の院には開け放たれた窓から差す夜の灯り以外に灯りなどなかったし、貴人は宿泊の荷物として灯り用の油を持ち込む為、こんな灯りがあるとは知らなかった。

感心する僕とは違い、イェンは意外と落ち着いている。


「宮に似てるね」

「ルゥル宮もこんな感じなの?」

「んっと、お椅子があって、布はもっといっぱいある」

「へぇー」


物珍しさに部屋を見回している間に、盆代わりの布に乗せてミルガが運ばれてきた。

リリヤンが持たせてくれたミルガはいったん宮仕えのヅァンに渡したのだが、それが厨房で焼かれ改めて客間に運ばれてきたようだ。

その焼きミルガを齧りつつイェンと話していると、水差しを持ったヒラカが椀に水を注いでくれた。

お酌なんてされるのも久しぶりだ。


「あ、ありがとうございます。ヒラカ様、その後お身体は如何ですか?」

「お陰様で、表面的にはなんら問題ありません」

「表面的には?」

「転生の糸紡ぎには一片の不安要素も残すわけには参りませんから、エゥポレッタ様には他の弟子を重点的にお育て頂くよう進言しております」


なんでもない事のようにさらりと宣言されたが、なんとなく、ヒラカの口調がかしこまって聞こえた。

弟子はいずれ凹型アナとして器を産み落とす役割を担っている。だからこそヅァンのヒラカが宮のヅァンたちに敬称を付けて呼ばれているのだと思う。

つまり、自分がその地位を失ってもいいので、エゥポレッタには万全の体勢をもって転生の糸紡ぎに挑んで欲しいということだろう。


「やめろ。客に聞かせる話ではない」


入り口の幕を無造作に払いのけながらエゥポレッタが入って来た。

剪定式では神経質な印象が強かったエゥポレッタだが、どさりと長椅子に足を伸ばす姿は意外と大雑把に見えた。

そしてそんなエゥポレッタを完全に無視する形でヒラカが続ける。


「エゥリケをおすすめしたんですが、この頑固な宮様は納得がいかないようで」

「客に聞かせる話ではないと言ったのが聞こえなかったか!?

大体、エゥリケでは型が近すぎる。確かに同じ型同士で生成した器は衣が降りやすいとも言うが、同胎を繰り返せばルゥル宮のように魂が枯渇する。後々の為にならん」

「ではいっそアンバではどうです?うちの宮には珍しくシゼル系統ですよ」

「駄目だ。白すぎる」

「良いではないですか。弟子の役割であればうちには代わりが務まる者がいくらでもいるでしょう」

「いくらでもはおらん……だから今話すことではない!この話は終わりだ!」

「はいはい」


エゥポレッタの方が肉体的には年下だという話を聞いたせいだろうか。それともホームであるエゥポル宮で二人がより寛いだ空気を醸しだしているせいだろうか。

反抗期を脱したばかりの大学生の息子と母親のやり取りに見えなくもない。


などと考えながらミルガを咀嚼していたら、眉間に深く皺を刻んだエゥポレッタにギロリと睨まれた。


「エゥポル宮にリリン宮の者が多く仕えている理由だったか?」

「は?」

「貴様が訊いたのだろう」

「あ、は、はい」

「良い。手を止めるな。食べながら聞け」

「はい」


不敬な想像をしていたことを悟られたのかと思ってぎくりとしたが、どうやら違ったらしい。

長椅子にしなだれかかったまま、エゥポレッタが説明してくれる。


「私がエゥポル宮になる以前、最初の三宮であらせられたエゥポル宮様は三度の転生を成し、御代の名をエゥポライゼ・ドゥルブデンと言った。

当時エゥポライゼ様の弟子であったのが私の魂の祖であるリリラカだ」

「え?ええと……エゥポレッタ様の人格……魂の、最初の名前が“リリラカ”様と仰ったんですか?」

「そうだ」


さっそくややこしくて、僕はこめかみを抑えつつ続きを促した。


「で、弟子リリラカとしての私はエゥポライゼ様の器を産んだが、その器に天の衣は舞い降りなかった。

リリラカは弟子の務めとして次のエゥポル宮となり、器はその後リリン宮を与えられた」

「つまり、血というか……系統としては現在、エゥポレッタ様よりもリリン宮の方が最初のエゥポル宮様に近い、ということでしょうか?」

「概ね間違ってはいない。リリン宮はリリン宮で断絶や補強もあった故、エゥポライゼ様の面影は薄まりつつあるがな」


エゥポレッタはリリン系エゥポル宮で、リリラカの産んだ器から続く系譜は現在、エゥポル系のリリン宮ということらしい。リリヤンやヒラカはこのエゥポル系リリンのヅァンということなのだろう。


「うう……ややこしい……どうして弟子が宮を引き継いで型の系統が変わった時に宮の名前もそちらに合わせないんでしょう」

「重視されるべきは肉体の“型"ではなく、その叡智だということだ。当代で最もエゥポルの叡智を持つ者がエゥポル宮を名乗らねばならん」

「なるほど……」


あくまで転生は"血"ではなく“智”の継承を目的としているということなのか。

そう言われると納得せざるを得ない気もする。

僕の隣で大きめのミルガをぺろりと平らげてしまったイェンが腹を鳴らしていた。あとでバナナミルクが必要そうだなと思いつつ、僕はいつも通り自分のミルガを千切ってイェンに手渡した。


「それにしても、貴様はエヴァン宮の貌をしているわりに頭が良いな」

「エヴァン宮というのは、アナエラ様の御出身の宮ですか?」

「そうだが……そのアナエラという呼び名はやはりどうにも不穏だな」

「不穏……ですか?」

「まぁ良い。師から与えられた名に執着する心持ちは分からんではないし、そのうちに宮を率いる者としての自覚が芽生えればあれも“シゼル”を名乗らざるを得なくなるのだ」

「レッタ様もいまだに“リリラカ”の名に執着してますもんねぇ」

「うるさいぞヒラカ」


どうやら“リリラカ”という名はエゥポレッタがエゥポライゼから与えられた名らしい。

自分の弟子であるヒラカに“リリヒラカ”という名前をつけたのも、その思い入れから来ているのだろう。

嫌味ったらしく口を挟んでくるところを見ると、ヒラカはエゥポレッタが三度転生を繰り返してもいまだにエゥポライゼを特別に想っていることが気に入らないらしい。

大昔の恋人につけてもらったあだ名で今の恋人を呼んでいるようなものだと考えるとどうなのだろうと思うところもあるが、かつて師匠にもらった誇らしい称号を弟子に与えた、と考えるとまた話は変わってくる。

おそらくエゥポレッタは後者の意味合いでヒラカに名を与えたのだろうし、ヒラカもそれを分かっているからこそ、出身の宮の音よりもエゥポレッタに与えられた音を優先して名乗っているのだろう。


「その、“ラカ”という響きにも何か意味があるんですか?」


僕の素朴な質問に、エゥポレッタはムスリと視線を外し、ヒラカはリリヤンのようなニマニマと面白がるような笑いを顔に貼り付けた。


「“ラカ”というのは、“伯母”を示す古語です。

“口うるさい”とか“しかめ面しい”という意味が含まれるんですよ。ねぇレッタ様?」

「……それだけではない。“縁を結ぶ者”、“仲介者”といった意味もある。情報は正確に、かつ多角的に伝えろといつも言っているだろう」

「あ~口うるさいラカレッタ様だこと」

「誰がラカレッタだ!」


ようするに“おせっかいおばさん”というニュアンスの言葉なのだろう。今のヒラカのようにか、それ以上に口うるさく四角四面な弟子にそんなあだ名を付けていたなんて、どうやら最初のエゥポル宮は思いの外お茶目な性格をしていたらしい。

思わず笑いが漏れそうになったが、エゥポレッタの眉間の皺が深くなったのを見て慌ててかみ殺す。


と、ミルガの最後の一口を飲み込んでしまって物足りなさげなイェンがよく分からないという風に首を傾げて声をあげた。


「シゼルが生まれた宮は“シゼル宮”ではないの?“エヴァン宮”なの?」

「シゼル宮で合ってるよ。なぜか僕はエヴァン宮系の見た目に作られたんだって」

「そうなんだ。ボク、シゼルのお顔すきだよ」

「ありがとう。僕もイェンの顔すきだよ」

「えへへ~!ボクはかわいい!」

「うんうん。イェンはかわいいね」


そこでふと、院の講堂でリリヤンが口にした名が頭に浮かんだ。


「あのぅ、“エヴァイラ”というヅァンをご存じですか?リリヤン=トルドと同時期に剪定を受けた天衣らしいんですが」

「エヴァイラ……」

「名前の響きからして、エヴァン宮の方ではないかと思うのですが」


リリヤンの想い人で、彼の“我”の核となる部分を作ったのだという人物の名を挙げると、エゥポレッタは怪訝そうに眉をしかめた。


「知っているが……何故貴様は知らんのだ?」

「何故と言われましても……僕はそれほど天衣の知り合いは多くありませんし……」

「そういう意味ではない。口ぶりからすると、リリヤン=トルドからその名を聞いたのだろう?

何故その時にそれが誰を指すかをトルドは教えなかったのだ?」

「……?」


よく意味が分からなくて、僕はただ首を傾げる。

そしてエゥポレッタは、その事実を躊躇なく告げた。


「エヴァイラとは、シゼリアナーゼの弟子で貴様の凹型となった天衣……すなわち“アナエラ”だ」

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