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僕の転生じゃ、ない  作者: のっぴきララバイ
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第四十二話 黒じゃ、ない

左翼で貴人用の朝餉が用意されるらしいグァラガラといったん別れて、僕たちは奥の院に入った。

事前に召し上げが決まっていたこともあり、アンバたち年長組が抜けたメンバーでも朝の配給はなんとか滞りなく行われているようだ。

けれどやはり、ただミルガを配るという以上の気配りやコミュニケーションには穴が見られるようで、ミルガを持ったままぼうっと虚空を見上げているヅァンの姿も散見された。


リリヤンはそんなヅァンを見るたび近寄っては、食べ方を教えたり介助の分担を伝えたりしている。

灰かぶりが召し上げられてから新しいルーティーンが馴染むまでが大変だけれど、動ける灰が減る以上に介助のいる白が減ることもあって、どうしても回らないということにはならないそうだ。

僕はリリヤンについて介助に回っていたが、マクスはイェンの姿を探して終始キョロキョロと奥の院を見て回っていた。

不審げに睨まれる。


「おいシゼル宮の。いったいどこにルゥルイェンを隠しておるのだ。院の中におってここまで見当たらんということがあるのか?

よもやルゥルイェンに何かあったのではあるまいな?」

「……それだけ見つけにくいところに隠れていれば安心でしょう?」

「お前……何か隠しておるのではなかろうな。ルゥルイェンに何かあれば許さんぞ」

「そんなまさか」


まずい。

もしマクスが横暴に及べば、イェンが駆けつけてきてしまう。

イェンの聴力なら、今のこの会話も聞こえているに違いないのだ。

グァラガラの言う傀儡の毒というのがどういうものかは知らないけれど、そうでなくてもマクスはイェンに毒を盛ろうとした勢力に情報源にされている可能性がある。

まだマクスに今のイェンを見せたくない。


僕が睨んでくるマクスから視線を逸らせずにいると、そこにリリヤンがすっと割って入ってくれた。


「イェンもマクス様を恋しがっておりますし、早く以前のように安心して会わせてあげられるように情勢が落ち着けば良いのですが……

マクス様、あのミネバの入手経路は特定出来たのでしょうか?やはり今回の騒動も同様の手口で?」

「む……ううむ……」


未だ確たる情報は得られていないのだろう。いかにも不安げにしなだれかかるリリヤンにマクスはうっとたじろいだ。


「……ミネバについては、王妃様がエゥポル宮を問い詰めたところきっちりと帳簿が残されており、お咎めなしとなった。

過去の剪定式でやり取りされた“黒”の数からもエゥポルのミネバではないと証明されてしまい、エゥポル宮にはこれ以上追及することが難しくなってしまったのだ……」


ろくに文字文化が発達していない王国で王族の権威を跳ね除けられるような帳簿をつけていたというエゥポレッタに感心する。もしくはこれはエゥポレッタを悪意から守らんとするヒラカの手腕だろうか。

けれどそんなことよりも、再び出てきたあの言葉が気になって、僕は口を挟んだ。


「あの、“黒”とは?選定の際にも聞いた気がするんですが……」

「“黒”は気が触れた天衣のことだ。ミネバの材料になるらしい」


マクスの歯に衣着せぬ言葉に、僕は息を呑んでリリヤンを見た。

リリヤンは少し困ったような顔で首を振る。


「気が触れたというか……説明が難しいのだけれど、取り込める記憶が許容量を超えても尚、記憶を求める症状が出た者のことをそう言うんだよ。

主に歳を重ねた灰被りに多くて、本当に酷い者は他の天衣の記憶を無理やり食べようと暴れるんだ。

そうなるともうどうしようもなくてね……兆候が出た者はエゥポル宮にお預けすることになっている……」

「そして……あの、ミネバになる……?」

「まぁ……うん。そうだよ。黒はミネバになる」


許容量を超えても求めて暴れ出す、というのは、いわゆる中毒症状のようなものと考えればいいのだろうか。

僕は恐る恐るリリヤンに尋ねた。


「僕は……“黒”なんですか……?」


結構な量の記憶を食べて来た自覚のある僕の真剣な問いに、リリヤンはぶはっと噴き出した。


「まさか!君にはまったくその兆候はないよ!」

「でも……じゃあ、リリヤン=トルドは?トルドもそれなりに食べてますよね?」

「わたしも幸いまだそのような症状は出てないと思うね。実は記憶の許容量というのが何を基準に定まっているのかよく分かっていないんだ。

生きた歳月なのか、器の大きさなのか、はたまた魂に由来する何かなのか……

わたしの経験則だと、君のように自分でものを考えて動く子はなりにくいんじゃないかと思う」


「まぁ、君くらい動ける灰はぶりは確実に宮に召し上げられるから、剪定式で一度余白が出来るせいというのもあるのかもしれないけどね」と、リリヤンは肩をすくめて付け加えた。

ではどうしてエゥポレッタの前で僕の検めを避けようとしたのかと訊こうとして、リリヤンのアイコンタクトに気付く。

マクスの前でする話ではない、という無言の圧力を感じた。

“黒”かどうかよりも知られてはならないことがあるのかもしれない。


(むしろ、年齢も浅く器も小さい僕がこれだけ記憶を食べていてるのに、一向に黒になる兆候がないことの方を隠したい……?)


根拠はないけれど、なんとなくそういう考えが浮かんで、僕は口を噤んだ。


「ではマクス様。それ以上は何も分からなくなってしまったのですか?」

「いや、ミネバの件はそれきりだが、森人の出所はおそらく……という記録はあった。

五年ほど前にハレム付きとして王宮に買われた森人の奴隷が、去勢を前に何者かに盗まれたという話があるのだ」

「盗まれた、ですか?脱走した、ではなく?」

「うむ。ハレム付きとして一律に去勢される場合、痛みで死んでしまったり暴れて血を出しすぎぬよう麻痺の毒を盛るのだ。

ルゥル宮の毒術師が麻痺毒を施し、毒が完全に回るまでを見張りの兵が守っておるはずが、その間に一人減ったらしい」

「見張りがいたのに、ですか?」

「その見張りが動けぬ森人を持ち出して奴隷商に売り捌いたのであろうと結論付けられ、すぐに処刑されたそうだ。

その者が寝起きしておる兵舎の寝床に不審な金子が隠されていたことが証拠となったと聞いている。

王妃様が購入された奴隷を盗んで至福を肥やすなど何事かと、当時兵の間でも話題に上がったものだ。」


相変わらず人権のじの字もない上に、なんとまあ怪しいことこの上ない事件だろうか。


「それは……ルゥル宮の毒術師という方も疑われたのではありませんか?」

「何を言っておるのだシゼル宮の。天衣が金子など得てどうする」

「金子が目当てでないとしても、兵士の方にそそのかされて……ということはあるのではないですか?」

「だとしてもルゥル宮に非はない。お前も見たであろう?ルゥルゥ様をはじめ、ルゥル宮の天衣は皆おっとりぼんやりとして危機感がない。

ハレムでの禁欲生活の慰みに不埒を働こうとする宦官共から守るのが大変なくらいで、ルゥル宮が何か罪を画策するようなことはあり得ぬのだ」


マクスの目は本当にあり得ないと信じている者のそれに見える。

もともと偏見と決めつけの多いマクスだが、その一点に関しては異常に頑なに思えるのは、僕がグァラガラから余計な入れ知恵を吹き込まれたからなのだろうか。

この人が父親のようにイェンを想う気持ちに嘘はないと思うのに、時おり何か……危ういくらい話が通じないと感じることがあって、少し怖いのだ。“傀儡の毒”とかいう不穏な言葉が脳裏をちらつくようになってしまうと尚更気になってしまう。


「よく思い出してみろシゼル宮の。ルゥルゥ様のあのとろけるような微笑み。柔らかな腰つき。むっちりとして吸い付きたくなるような乳色の肌……」

「……確かに魅力的ですが、それが犯罪を犯さない根拠になるのですか?」

「違う。ルゥルゥ様がどれだけハレムの中で危ういお立場かという話だ。ルゥル宮の主といえど、ハレムにおいて天衣は宦官よりも見下されておる。

か弱い身の上なのだ。お守りせねばならんことはあっても、疑うことなど露ほどもない。

領の中で天衣に傅かれるシゼル宮の出であるお前には分からぬ苦労であろうがな!」

「はあ………マクス様がルゥルゥ様に寄せておられるお気持ちは理解しました」

「んなッ!?」


グァラガラでなくとも、マクスが毒に侵されているのではないかと疑うには十分な反応だ。

ただ毒とは言っても、いわゆる媚薬と呼ばれる類のものだろうけれど。

じと目で見返した僕の言葉に、マクスは慌ててリリヤンに弁明した。


「ち、違うぞ!?ルゥルゥ様はラァダイェン様の細君で、私はラァダイェン様への忠誠心でルゥルゥ様をお守りしておるのだ!

それに、たしかにむっちりも良いが、私は其方の折れそうに細い腰を揺すぶっておるとこう、男としての征服欲が満たされるというかなんというか……あ、いや、無論!其方の体調の良い時で構わぬがな!?」

「ははぁ。お褒めに預かり光栄にございますぅ」


何を言うておるのだこのおっさんは。阿呆なのか?

僕の中のバニアシュの平定者が拳を振りかざす前に黙って欲しい。

と言っても、僕の拳なんか振りかざしたところでマクスには蚊に咬まれたほどもダメージはないだろうが。


「そういえばマクス様。ラァダイェン様は生前、トマハドの丘という場所で帝国と戦われたことがございますか?」

「おお?よく知っておるなシゼル宮の。その通りである。

帝国を名乗る者どもが初めて国境に侵攻を見せ、我が国と隣国の兵と三つ巴になった戦であった。

混戦の中、疲労と恐怖から帝国に巨人の兵ありなどと幻を見る者まで現れ、がくりと我が国の士気が下がった折、ラァダイェン様がまるで戦場を舞うように駆けて敵の将を脳天から串刺しにし、盤上をひっくり返したのだと聞いておる。

あいにくと私は退役を言い渡されたのちであったゆえ、この目に見る事叶わなんだが……鬼気迫るご活躍であったと都中で語り草であったぞ」

「それは……すごいですね」


ラァダイェンの人間離れした運動能力と、マクスの近隣諸国の情報の古さがよく分かった。

それに、グァラガラの言うトマハドの赤兎がラァダイェンのことで間違いなさそうだということも。


「そんな国の英雄であるラァダイェン様なのに、ヴィネアンテ様には随分嫌われておいでなんですね?」

「む?王女殿下か……まぁ、離宮に引っ込んでおる姫君には武人のなんたるかなどはお分かりにならぬのだろう。昔からあの方は兄上たるラァダイェン様に敬意が足らんのだ」

「離宮……ですか?」

「そうなのだ!本来成人して離宮を与えられるのは第一王子のラァダイェン様であるはずのところ、王女殿下がハレムには居りとうないと父王に我が儘を言ったそうで、妹姫が離宮を頂き兄たるラァダイェン様がお母君と共にハレムに住まい続けていらっしゃったという、なんとも労しい状態であったのだ。

まあ、そのご苦労があったればこそルゥルゥ様と結ばれ、ルゥルイェンが生まれたのだが……」


相変わらずマクスからの見解は立場と心情に偏っていて信用ならないが、ここまで入ってくる情報が両極端だと、誰かしらの作為が透けて見えてきそうな気もする。

僕はとりあえずマクスの話を頭の隅に留めておくことにした。

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