うらぎり。
復讐の御時間です。
「その結果がこれ……私も驚いたわ。まさか、本当に貴方たちに制裁を加えることができるなんてね。
私はデッド・ドール(死の傀儡)に魂を吹き込んで貰ったの。
だって、私の身体は白骨や灰と化してしまったんですもの!!」
千景は空を仰ぎ、高らかに笑い声をあげる。
片手にした刃物を両手で構え、再び視線を三人へ戻す。
重圧感と夜独特の空気がその場に当てもなく漂う。
「……ねぇ、蔵橋さん」
千景は、あの日の蔵橋のような笑みを浮かべ、彼女たちに向かって歩を進めた。
「な、何?」
千影が一歩前に出れば、蔵橋たちも一歩後ろに下がる。
それを繰り返すものの、事には必ず終わりというものがあることを忘れてはならない。
いつの間にか蔵橋たちは、一年前に千景が落下したフェンスのところまで追い詰められていた。
あの事件があってからフェンスは新しいものと取り替えられたはずなのだが、所々の金具が外れかけ、今にも壊れてしまいそうに見えるのは何故だろうか。
「死んでくれない?」
千景が月の光に反射する刃物を闇にかざしたそのとき。
浮口と末松は、息を荒くしながら蔵橋から足速に距離を取った。
「あっ、あんたら、あたしを裏切る気!?」
ほぼ叫びに近い声で、蔵橋は信じられないという顔をして二人を交互に見遣る。
「だって……蔵橋が先に始めたんだろ?」
「そ、そう、そうだよ。うち、本当は虐める気なかったし……」
冷静な思考力を失い、虚な眼をして言い訳をし始める二人。
精神的に追い詰められた人間は、やはり本性を表すのだ。
自分が助かるのなら、他人はどうなっても構わない。人間は実に醜い生き物である。
彼女たちのやり取りを静かに見ていた千景だが、やがて痺れを切らしたように刃物を振り下ろした。
「う゛あ゛……!」
骨が砕け、肉を裂く鈍い音とともに奏でられる、末松と浮口の美しい絶叫。
蔵橋の右肩から鮮血が勢いよく吹き出す。
出血したことへのショックと激痛で、その場に倒れ込む蔵橋。
しかし、構わず千景は蔵橋を切り付け続けた。
決して直ぐに死ぬことのないようにと、急所を避けて、じわじわと苦痛を与えていく。
「酷い姿。お友達にも裏切られて……無様ね、蔵橋さん」
「パパ……助け、て」
口から赤い液体を流して細い呼吸をする蔵橋は、今にも死んでしまいそうだ。
「人に頼ることしかできないなんて哀れだと思わない?」
千景は一年前の蔵橋ように嗤笑すると、次は末松と浮口の方に身体を向けた。
赤黒い血がこびりついた紺色のスカートが風にはためく。
「貴方たち、冷たいわね。友人のくせに蔵橋さんのことを心配しないのかしら。少しだけ離れていてあげるから、最期のお別れでも言うのね」
すると、言葉通り、そのまま千景は屋上の入口まで移動を始めてしまった。
それを見た末松は、半ば安心したように蔵橋の元へ近く。浮口は恐怖でその場に座り込み、動けないようだ。
「本当にごめん、蔵橋! さっきはあんなこと言ったけど、うち……」
「……の」
涙ぐんで謝罪の言葉を述べる末松を遮り、蔵橋は囁くように小さな声を出す。
「えっ? 蔵橋、よく聞こえな……」
「この裏切り者が!!」
蔵橋の声が空間に響き渡った刹那、蔵橋は血まみれの両腕を末松の左足首に絡ませ、力の限り後ろにあるフェンスに体当たりした。
末松は突然のことに思考が追い付かなかったが、足をとられてバランスを失い、そのままフェンスに倒れ掛かるかたちとなる。
気付いたときには
既に遅く。
脆くなっていたフェンスは、当然の如く……
二人の少女とともに
暗闇へと墜ちていった。
屋上には、それと同時に笑いと悲鳴が混じり合う。
闇の底では、それに掻き消されるように、耳を塞ぎたくなる肉の潰れる音が聞こえたそうな。
「……浮口さん」
気付かぬうちに再び自分の近くにきていた千景に、浮口は大きく肩を震わせて懇願する。
「お、ねが、許し、くださ、い。まだ、し、死にた、く、な……」
「ええ、分かったわ。私は貴方を殺さない。だから、もう帰って良いわよ」
何を考えたのか、意外にもあっさりと願いを聞き入れてくれた千景。
驚いて暫く茫然とするが、千景はいつになっても危害を加えてこない。
浮口は立ち上がり、ふらふらとからっぽの頭でその場を後にした……。
千景が最後に浮口の背中に向かって告げた「貴方には耐えられるかしら」という言葉も、
彼女はどうやら耳に入っていなかったらしい。