あせり。
満月の闇に
鎖されし
紅き椿は 命絶つ
花弁の紅は 咲き乱れ
陶磁の白に よく映える
『喜劇は悲劇 その二』
教室内に閉じ込められてから、およそ二時間が経過した。
それまで力の限り叫び続けていた彼女たちの喉は水分を欲し、浮口に至っては喉が枯れてしまって上手く声も出せなくなってしまった。
時刻は午後八時三十六分。窓から見える景色にたくさん浮かぶ家の明かりを目にし、蔵橋は呆然と溜め息を吐く。
「あたしら、どうなるんだろ」
「お腹……空い、た」
空気のようにか弱い浮口の声に、末松は心配そうに背中を摩ってやる。
夜の学校とはやはり怖いもので、通常授業を受けている昼間の教室とは全く違う雰囲気を醸し出している。
彼女たちの教室以外、何故か何処の明かりも燈されていない真っ暗な校内は肝試しに最適だが、生憎彼女たちは教室から出られない。
何時もは点く筈のグラウンドの明かりも、今日は何故だか点く気配がない。
しばらく誰も声を発することをしない空白の時間が流れたと思うと、
突然教室内の蛍光灯が消えかかるようにチカチカと点灯・消灯を繰り返した。
「なっ、なんでだよ!?」
三人共視線は天井に向けられているが、中でも一番反応を起こしたのは末松だった。
末松は昨日、休み時間に担任が蛍光灯を新しい物に変えるのを遠目から見かけていたのだ。
翌日に切れるなど余程の不良品くらいしかないだろう。
「こわい……よ」
浮口は恐怖に身体を震わせて、椅子の上で縮こまり、自らの膝に顔を埋めた。
すると、まるでそのか弱い声に反応したかのように、次の怪奇的な現象が起こった。
案の定、電気は消えてしまい、月明かりのみが教室内を不気味に照らす。
それは、まるで彼女たちの希望の光が絶たれてしまったとでもいうようだ。
しかし、十数分が経過ののち、溜め息と泣き声が混じり合う沈黙の空間に、誰もいないはずの廊下から微かな靴音が聞こえてきた。
これは希望か、それとも絶望か。
「け、警備員じゃん?」
蔵橋が三人を代表してドアに付いているガラス窓から外を覗き見る。
もちろん、廊下も緑の非常灯と外からの明かりがあるだけで、一部分以外はほぼ完全な暗闇に包まれている。
しかも、この校舎はちょうど隣りの建物の影になっているので、彼女たちのいる教室前の窓から得られる光は極僅かなものだ。
特に気にしなていなかった小さな偶然が、このような場で恐怖に姿を変えるとは一体誰が予想していただろうか。
「何か見える?」
「いや……何も」
ドアに顔と両手を張り付け、必死に外の様子を伺う蔵橋の姿は、普段の彼女を知る者の目から見れば実に滑稽な姿であっただろう。
しかし今はそれどころではない。この際、プライドなどというものは捨て去るべきだ。
姿は一向に見えない。
しかし、不思議なことに靴の音だけが徐々に大きくなっている。つまりは、こちらに近付いてきているということになるのだが。
新たな不安と恐れが、三人の頭を過ぎった。
「おい、こっちこっち!早く開けろよ!!」
拳を握り締めて乱暴に強く開かずの扉を叩くと、足音が急に加速し、次の瞬間にはガラス窓の向こう側に一人の少女が佇んでいた……。