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ウッドとネモ〜戦闘狂は少女の歌で悲しみを知るか?  作者: 凪司工房
第六章 「悲劇の帝国」
30/41

5

「あんたは歌虫について詳しいのか」

「歌虫では無い。ペグ族だ。名前は正しく使う。それが出来ないなら、相手を呼ぶ資格すら無い」

「すみません」


 語気は強くはなかったが、それでも充分に窘められ、ウッドは思わず頭を下げる。そうさせるだけの説得力を、彼の言葉は持っていた。

 けれどそんなウッドにラギは笑い声を上げた。


「今時直ぐに謝ることが出来るとは珍しいな。いや、久々に面白いものが見られたわ。ちっとは永く生きてみるものだな」


 一体何を笑っているのか分からずにぽかんとしているウッドの前で、まだ笑い止まないラギはそのままに言葉を続ける。


「お前みたいな若者は一千年ほども昔に全て滅んでしまったかと思っておったわ」

「昔は居た、ということですか」

「今でこそ戦闘の民族と言われているがな、昔のアルタイ族というのはよく笑い、泣き、死を(いた)んだ。戦いが悲しいということをよく知っていたからな」

「戦いが、悲しい?」

「違うか? 相手を殺さなければ自分が生き延びることが出来ない。そんな強迫観念に脅されて相手の命を奪う。本当にそれしか道が無いのか考えることを止め、ただ強さのみを正しいとする。今のアルタイ族のあり方はもうずっと以前に狂ったままなのだよ」


 ラギが一体何年生き続けているのかは知らない。ウッドはずっと昔からアルタイ族は今のような姿かたちで同じように戦闘を繰り返してきたのだと思っていた。

 けれどそうでは無いと今ラギの口から聞いて、彼は戸惑っていた。ウッドはこれまで自分だけがおかしいのだと思っていたが、ラギの言葉が事実なら、他の奴らの方こそ狂っているのではないか。


「ああ、そうか」


 と、ラギが突然(うな)った。


「お前は歌に触れたのか。フロスと同じ、という訳だ」


 何故分かったのか、もうウッドは考えなかった。どれほど永生きをしているか分からないが、今までに何体もの歌に触れたアルタイ族と出会ってきたのだろう。ウッドがフロスやシーナに他のアルタイ族と違う雰囲気を感じ取ったのと同様に、彼もまたウッドにそれを感じ取ったのだ。


「お前、名は?」

「ウッド」


 短く、けれど正確に発音すると、納得したように何度も頷き、ラギは体ごとウッドの方に向けた。机の脇に立てかけてあった杖を手に、ゆっくりと立ち上がる。

 やはりその背はウッドの半分も無かった。腰はほぼ直角と言っていいほどに曲がり、背中は背骨が飛び出しているのではないかと思えるほど湾曲していた。


「確か、百五十年ほど前だな」

「そ、そうです」

「大将にまでなったのに突然居なくなったのは、そういう事情があったのか」

「はい。あの日俺は、帝王からの命令で、ある場所の調査に出かけていました。新しい鉱山が発見されたというので、そこまで調査官を連れて行くという任務でした。けれど裏切りにあって森の中で殺されそうになりました。その時、歌に出会ったのです」

「帝王が、な。浅はかだったな。帝王はそんな命令はしない」

「でもちゃんと大臣から」

「帝王が命令する時は彼が直に頼む。だからこそ勅命は重みがあるのだ。家臣に伝えさせることは決して無い。騙された。裏切られた。そんなことはどうでもよい。ただお前は邪魔者だった。そして排除された。そういうことだ」


 そんなことは分かっていた。分かり切っていた。ただ、ずっと認めたくなかっただけだ。裏切られたのは仕方ない。だとしても、せめて帝王の勅命だったということであれば、幾らかウッドの精神は救われたのだ。

 だがそんな甘い考えなど切り刻んでしまうほどの冷たさが、ラギの言葉には含まれていた。


「戦いは悲しい。それでももう何千年もの間、戦いは止められることはない。アルタイ族は選んだのだよ。悲しみを捨て、戦うことを。わしにはその判断が正しかったのかどうか、今でも分からないままだ。体は強くなり、永遠の寿命を手に入れたところで、戦いがある限り、死の恐怖からは逃れられん。死を受け入れられない種族は、戦い続けるしかないのかも知れないな」


 全てでは無かったが、ウッドにもその「悲しみ」は理解出来たような気がした。


「若造には難しかったかな。まあよい。たまにはこうして本音というものも話さなければ息が詰まる」

「あの。歌虫……ペグ族の歌を取り戻す方法は、あるのでしょうか」


 ほんの(わず)かな時間だったが、ラギになら話しても大丈夫という確信があった。それは彼が「本音」というものを語ってくれたからかも知れない。

 彼は裏切らない。ウッドの体中がそう感じていた。

 ウッドはネモとの遭遇から、彼女が声を失い、絶望の砂漠でフロスと出会ったことまで洗い浚いを話した。

 ラギはそれを全部聞き終えてからゆっくりと息を吐き出し、何とも困った、といった表情で黙り込んだ。一度何かを口にしかけたが、それを今一度呑み込み、ラギは熟考に入った。

 ウッドは何とも重くなってしまった空気の中、どうしていれば良いか分からず直立不動で待ち続けていたが、その内にふとネモのことが気になり始めた。

 果たして彼女はフロスと一緒でどうしているのだろうか。フロスの戦闘能力は信用出来るが、それでも彼女が安全だという保証は無い。でも今は彼を信じるしかなかった。


「心当たりがないこともない」


 汗が滲むほどの時間熟考していたラギは(ようや)く口を開くと、ぽつりとウッドにそう告げた。


「それは」

「これは帝王だけしか知らない事だ。それをお前に教える。この事の意味が分かるか」


 ラギは壁際の本棚までゆっくりと歩き、そこの上段にある大判の一冊をウッドに取るように言った。


「これを見ろ」


 机の上に広げられたそれには、大きな地図が載っていた。この大陸の地図だ。帝国を中心として大きな大地が描かれている。

 大地の切れ端は海と呼ばれる場所だろう。そこにはどこまでも続く湖が存在しているという。その先には別の世界があるとも、世界の終わりがあるとも、黄泉の国があるとも言われている。勿論そこまで言って確かめた者は居ない。行ったきり帰ってこなかった者ばかりだったらしい。


「ここからずっと北。この地図では描かれていないが、この更に北側に『極限の大地』と呼ばれている地面が全て氷で覆われた場所がある。そこに行け」


 それはかつてフロスの話の中で一度登場したことがあった。確かフロスもかつてそこに密命を受けて出かけて行ったのではなかったか。そこで歌虫に出会ったのではなかったか。


「そこにペグ族が?」

「ペグ族の居場所は未だに分からない。ずっと高い山だとも、この大地の下だとも、もっと別の世界とも言われておるからな。ただ一番有力な説では、彼女たちは花の大地に住まうと言われている。よく見かけるあの巨大な花々だよ。ただ翼の無い我々には今のところ確かめようが無いがな」


 それでは何の為にラギはそこに行けと言うのだろうか。


「そこには人が住んでおる」

「人、が」


 伝説の生き物と呼ばれる「人」が、住んでいると言った。俄かには信じられず、ウッドはじっとラギを見た。


「かつて人と呼ばれていた、と云った方が正しいな。今はユマ族と呼んでおる」

「彼らは知っているんですか?」


 ペグ族について。ネモの歌声を取り戻す方法について。


「ああ、おそらく」

「極限の大地に」


 ラギはそう呟いたウッドに一度咳払いをしてから、帝王だけが知るというその秘密を口にした。


「何故なら彼等は我々の先祖にして、ペグ族の先祖でもあるからな」


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