崩壊
腐った肉の匂いが鼻孔をくすぐる。
汚物にまみれた体は悲鳴を上げ続けていた。
しかし未だに耳を犯す地虫の這いずる音が止むまでは動いてはいけない。
それが私に残された唯一の生きる道なのだから。
小さな、体が腐敗し破裂する音と共に、体を覆った肉壁越しに振動が伝わってくる。朦朧とする意識を必死に掴んでどれほどの時間を過ごしたのだろうか。既におぞましい音は止んでいた。
そろそろ動いても良いだろう。そう思い体を動かしてみるが思うように力が入らない。
生きなければならないと思う心とは裏腹に、疲弊しきった身体はとうの昔に限界を超えていた。
もう一度体に力を込め、胸の上に横たわる亡骸を力いっぱい押し退ける。冷めきった遺体はゴキュッと、骨が折れる音を上げながら私の体から離れていった。
「ごめんなさい」
この人も生前は私と何らかの形で関わっていただろう。小さく謝り、腕に力を込める。押し退けた肉壁の隙間から橙色の光が差し込んできた。
体に鞭打ち、立ち上がる。まばゆい光を放つ夕日とは対照的に、外の空気は淀みきっていた。そして目に映る、見渡す限りの死体の海。それらは全て私と同じ髪色をしていた。
──夢じゃなかった。
心のどこかでは夢であって欲しいと祈っていた。しかし現実はその願いを否定し、耐え難い惨状を差し出す。微風が私を嘲笑うかのような音を立てて死臭を運んできた。
遠くから大地を鳴らし、こちらに近づく音が聞こえる。先の這いずる音ではない、力強く地面を蹴る音だ。恐らくあの化物ではないだろう。
安堵したと同時に全身から力が抜け、死骸の上に崩れ落ちる。結局誰の亡骸だったのか確かめることも出来ず、生気が絶えた街を眺めながら私は意識を手放した。