『2』
ここは機構学院。華宮国の城のある羅星街から隣にある琥珀町に学舎を構える。主に工学系の知識分野を教える所であるが、蒸気機関などの分野はほとんど開拓されてなく、あるのは農耕器具や絡繰についてを学ぶ場所だ。そんな所に1人の男が自らの技能を売りにきたのも2年ほど前のこと。
「どうもどうも。僕はティ…銅命です。持っている技能は【人形技師】で、ここで指南役として雇ってもらえないでしょうかね?」
「生憎だが、今は人形工学科は廃れていてね、どちらかと言えば実用性のある農耕などの絡繰機構の構築分野が手薄なんだ。まぁ、自らを売りにきていると言うことは名のある学舎を出たと思うが、銅命…だったか?君の名前はこの学舎の卒業生ではないのは先程調べた。何せ、人形工学はこの学院のみ取り扱っているからな」
「そうですね、そうでしょうとも。僕は独学で学んできたものですから。どこの学院の所属でもありませんよ」
「なら…なおさらだ。帰りたまえ、君の道楽紛いに付き合うつもりはない」
少々憤慨する男は、機構学院の学院長である。彼の言う通り、この銅命という男はどこにも所属しておらず、専攻して学んでいなければ児戯に等しいと…そう判断した。
しかし、男は意に関せずヘラヘラとしていて、その姿はより怒りを助長するものだった。
だが…男は1つの人形を取り出す。それは顔もない木人形で、片方の手には丸い宝石のような核を持っていた。
「まぁまぁ、これを見るだけでもいいですから。ここで学んでなかろうが、実績があればいいんですよ」
「ふむ…ならば見せてみたまえ。私がくだらないと判断したならば即刻この場から立ち去るといい」
「では…刮目してもらいましょうかね…【命令:自立して歩け】」
核に対して霊力を流す銅命。赤黒い玉は光り、それを木人形の胸の窪みに嵌め込む。すると机に置かれた人形は独りでに立ち上がったかと思うと、ゆっくりと歩き出した。それは机から落ちても尚、歩くことを止めなかった。
「な…!!こ、これをどうやって?これでは機械人形そのものではないか!!…いや、糸か何かで動かしておるのであろう?そうでなくてはあり得ない……それは過去最高の人形技師である鉄心老師そのものではないか!」
「どうですか?これを見てそこまで感情を動かされたんです、改めて聞きましょう。僕を雇うつもりはありませんか?まぁ、雇わないと言うのならば、この技術は闇に葬るとしましょうか」
「み…認める。銅命、貴方をこの学院の非常勤講師として雇用します。…勘違いしないで欲しいのだが、正式に講師として雇うにも1年の試用期間を頂きたい。だが、給金に関しては同じものを与えることを約束しよう」
「雇い入れてもらいありがたい。こちとら、この核を手に入れるのだけでも持ち金はすっからかんでして。あとは…寮か社宅かあれば、僕としては何も言うことはないのですが?」
「それも用意させてもらいたい。まずは…人形工学の…いや、この技術は根本を変えかねんから、教科書をなぞるのはおかしいのか…?」
「あぁ、それならご心配なく。歯車機構なども頭に入ってますので、最初は基本から。あとはこのやり方について教えていけばいいでしょうし、多分最初に聞いても僕以外は分からないかと。まずは基本ですよ、基本」
自信満々な男。この男が見せた技術は、絡繰が歯車によって歩くとかそんなことではない。核を媒介に命令をし、人形を…動く何かに作り替えた。それは鉄心と呼ばれたかつての人形技師のみが人造兵器を作った時に使用したロストテクノロジーであって、それを目の前で披露させられたら従う他ない。闇に葬るとまで言うのだから、この技術は革新であり、必ずや後世に伝えなければならないものだ。
(なんてね。僕が鉄心なのさ。完全に魂魄を移すのにものすごーい時間がかかったけれど、まぁ致し方ない。あと50年長く生きていれば完全な形で魂魄人形が完成したけれど、この肉体を手に入れたからには何がなんでも完成させてみよう。…失った生命は戻ってこないけれど)
時は遡り数百年前、そこには老体に鞭打つ鉄心が、自身の工房にて人形作成に勤しんでいた。齢63歳。彼は1年後には心筋梗塞により、この生命…正確には生命宿ったこの肉体が死に至る。それは病を患った自分がよくわかっていて、40年の歳月をかけてようやくここに完成する。
「出来た…!出来たぞ…!凛風…君が死んでしまってから一瞬たりとも忘れることはなかった…!かつての麗しき姿に、君の魂を入れることが出来たならこの上ない喜びだったが仕方ないことだ。最後に…この怪異の核を入れ、霊力を流せば起動するはずだ」
手にしているのは大型怪異である『巴蛇』と呼ばれる大蛇の核。大きな核というのはそれだけで霊力を蓄え、宝珠として重用されている。本来ならば溶かし、刀や槍などに混ぜることで対怪異の武器となり、有名な者ほど武器も併せて知られることになる。
話が逸れてしまったが…それでも質の良い核は今回のような緻密な人形を動かすのにも必要不可欠で、それが後の世の『人形工学』の最高位として認められるのは後の話だ。無言で佇む人形に嵌め込み、手をかざして霊力を封入していく。
「ぬぬぬ…!中々持っていかれるぞ…。この老体には少しきついか…!?」
際限なく持っていかれる霊力。しかし、自らの願いを天秤にかけた時、これは引けない。ここで引いてはこの40年の時間はあまりに長い。
「うぉぉぉーーーーーー…!!!」
ものの1分の出来事だが、それは40年の歳月に比べれば、この男の覚悟の前では刹那に等しい。一定の量を超え、徐々に身体から抜ける霊力は少なくなり、ようやく終わりを迎える。目を閉じていた人形はゆっくりと目を開き、真っ直ぐに見据える。起動は完了。目には光が宿り、問題なく動いているようだ。
「ふぅ…やはり理論は完璧だった。君は私の作った最高傑作だ!」
「命」
「あ…喜びすぎて忘れていたよ。そうだな…そのままだと僕の目にも悪い。そこの服を着てくれ」
「了」
裸の姿の人形は服を手に取り着ようとするが、中々手間取っているようだ。それを鉄心のサポートもありようやく着ることができた。するとすぐに次の命令を欲しているようだ。
「命」
「そうだなぁ…君に名前を与えよう。その身体は私のかつての妻、凛風を模して作ったものだ。しかし、君は凛風ではない。ただの人形なのだから。ーーーーーー凛楓。それが君の名前だ」
「凛楓ーーーーーー了」
そこからの彼はこの凛楓作成で完全にコツを掴み、凛楓を含めて5体の人形を作成した。だが、作るだけが彼の目的ではない。2つの目的が、やらねばならぬことがあったからだ。
1つーーーーーー彼の妻、凛風は40年前に起こった『怪異狂乱』に巻き込まれてその生命を散らした。だが、生命は戻らず、彼の記憶の中で生きているだけだった。だからこそ、その元凶でもあった怪異を殲滅せんと人形を作った。しかし、ただの人形ではない。対怪異用に作成した機械兵器、人造兵器達である。
それぞれに怪異から剥ぎ取った核を用いることで、霊力の保持とそれを消費して活動することが可能となる。しかし、難点として命令を下す者がいなければ動けないということだ。それを鉄心がやれれば良いのだが、この朽ちゆく身体が幾年も稼働することはないことを悟っている。だから、大命令として凛楓を除いた4体に与えることで半自律を可能とする。
『凛楓を主とし、命令を彼女から受け取ること』
『華宮国に蔓延る怪異を殲滅』
凛楓とは違い、他の核は少しだけ小さく、名のある怪異から剥ぎ取ったものではないために、沢山の命令を下すことは出来なかった。しかし、この2つがあれば大まかな運用は出来る様になった。
「して、鉄心よ。本当にこれらの兵器は働いてくれるのか?」
「お任せください国王よ。僕の40年の集大成をお見せしましょう、凛楓やってくれ」
「了。告げる。『我が指揮に従い目の前の怪異を蹂躙せよ』」
目の前には怪異の群れ、名を『猩猩』。猿の見かけで遠くからの投石、近づいての撲殺を得意とする怪異だ。先日東の海辺に向かおうとする商人一行を襲い、こうして討伐に来た次第だ。初めは怪異狩りからもこの人造兵器達のことは忌避されていたが、戦闘が始まるや否やその評価を反転させる。
2体が飛び出して投石の網目をくぐる。各々の右手には怪異を斬り殺すための仕込み刀が腕を折り曲げて肘から出ている。そして左腕は核に封入した霊力を消費することで打ち出すことが可能な仕込み銃がある。今回は抜け出した2体の仕込み刀で斬り殺し、散開した2体で遠距離の砲撃を食らわせる。しかし、それでもはぐれる怪異はいて、それを凛楓は1匹残らず仕込み刀で貫いていった。
ものの数分で大量の猩猩を殲滅することが出来たようで、これには同行した華宮国王も拍手をして驚嘆なさった。
「うむ。これだけの働きを己が身1つで完成させたのは見事である。この怪異の活性化…時期に『怪異狂乱』が起こるやもしれぬ。其方の力、存分に貸してもらうぞ!褒美として後ほど金と欲する素材を贈ろう」
「はっ!有り難き幸せでございます」
「怪異殲滅。確認。告げる。『総員我が元に集え』」
お披露目は終わり、いつものように工房にて新たな人形を作成する。いつ呼ばれても良いように待機はするものの、自身の身体の不調は日に日に悪くなっている。
ここで2つ目だ。…この脆弱な肉体から逸して、自分も人形となればいいのではないか?
それならば人の寿命を気にすることなく多数の人造兵器達を作り、完全な形で怪異を殲滅することに繋がるのではないかと考えた。
そのためには凛楓達のように命令を受けるだけの存在ではダメだ。完璧に自立する人形を作らねばならない。試行錯誤してあることに気がついた。良質な核であるほど自律稼働に近づくと。凛楓は『巴蛇』の希少な核を用いることで、ある程度の会話、指示、動きを可能としていて、一方でそこそこの核を携えた他の人造兵器達は命令を受けるだけの存在だからだ。
そして…金の代わりに素材が欲しいと直談判し、伝説とまで言われた『麒麟』の核を国王から譲り受け、毎日欠かすことなく自分の霊力を注ぎ込んだ。春夏秋冬、季節は巡り、自分が寝床から動けなくなってもなお、核に自分の情報を上書きし続けた。
「ひゅー…ひゅー…完全に近づいた。だが…僕の生命ももう尽きる。…命令だ、この霊力移譲装置を用いて、僕の…全てをこの人形に上書きしてくれ。移譲が終われば、この装置を起動すれば…僕は目覚めるはずだ」
「了。告げる。『我々の霊力で補佐し、この使命を全うせよ』」
徐々に残った霊力も吸い取られる。次に起きた時には同じ場所で、共に怪異の殲滅に従事したいものだーーーーーーそう思って目を閉じた。
結果ーーーーーー鉄心は目覚めることは無かった。語弊なきように言えば、数百年は目を覚ますことは無かった。工房は人目につかない山の中、しかも瓦礫に埋もれてしまっていて入り口は掘り起こしでもしなければ見つけることは困難だ。
「どうして…何がいけなかったのだ!!」
原因は、単純に霊力の不足。移譲する時の霊力は足りてはいたものの、その先については命令を下していない。霊力の全てを持っていっても、起動の霊力を投入するのには足りなかったのだ。霊脈上にあるとは言え、そこから吸い上げるのは少しずつであって、即座に目を覚まさせるほどの霊力にはほど遠かったのだ。
起きた時には全てが終わっていた。鉄心が眠りについた翌年に起きた『怪異狂乱』で投入された人造兵器達は『狂乱の谷』と呼ばれる場所に埋もれてしまい、自らの技術を他人に教えることをしなかったために、人形工学分野は発展をすることがなかったのだ。
それを知ったのは装置からようやく動き出し、自身も同じく武装して瓦礫を削り、外に出てからだった。
(書物を見た時には驚いたよ。なにせ数百年も無駄に寝ていたから。しかし、あの山は霊脈上にあり、装置が半永久的に稼働していたから僕は目覚めれた。不幸中の幸いだったね。だけど、こんな失態をしたのは霊脈からの霊力を過信しすぎていたことだ)
彼は案内され、寮の部屋に通される。布団に胡座をかいて渡された現代の教科書を読みながら考える。
(しかも、『怪異狂乱』は不定期ながら続いている。ならば、僕自らが教鞭を取り、人造兵器達を量産しようではないか。凛風…君のために)
早速、明くる日から教壇に立ち、基礎を知らぬ学生達に教えていく。イロハも知らぬもの達に苛立ちを覚えながらも着々と自分のために、世界のために貢献するのだった。
そして、教鞭をとって2年の歳月が過ぎたころ、華宮国王から直々に依頼が舞い込んできたのだった。




