『26』
「止まれ。こんな夜分に何者だ!」
黒い巨体に跨る侍姿の女性。しかも夜になった途端にやってきたとなればやはりそれなりの警戒はするものだ。しかし、七海は何食わぬ顔で受けごたえを行う。
「東の方から来まして、怪異狩りをしています、一ノ瀬七海と言います。えーと、これ見たら信じてもらえるかな?」
馬上では失礼だろうということで一旦降りて門番にカード状の物を手渡す。そこには最果城を拠点として怪異狩り2段と書かれてあり、いわば身分証のような物だ。作戦と言っても普通に入ろうとしているだけで、波風を立てないようにするためだ。
「最果城…?あぁ、今朝方攻めにいった城のことか…」
「それにしては怪しいな。拠点が最果城ならば薄氷あたりでかち合っているだろうし、その残党兵か?」
七海には聞こえない声で門番同士は話していたが、端々で聞こえて来るのだった。うーん、やっぱりダメか…実力行使で入るのも周りを刺激しかねないからやむを得ない手段だけど…と思っていると後ろから忍び装束の男が近づく。九十九である。町人の服から瞬時に着替えて門番の方へと話しかける。
「すまない、連絡が行き届いていなかったようだ。俺は…村雨様率いる『篝火』の1人。訳あって峯司様から頼まれて寄越した近衛兵だ」
「!?か、篝火の方ですか。いや…何用でこちらに来られたかと思い…」
「今は戦で出払っている。だからこそ身辺警備のために雇ったのだ。怪異狩りと言えど、金をちらつかせれば仕事をこなしてくれるからな」
「そ、そうなんですよ…あはは。連絡が行ってなかったらそりゃ警戒もしますよね」
門番の2人はそう言われると何も反論ができない。なし崩し的ではあるものの、七海の入門を許可するのだった。
「では、こちらの入門証をお持ちになってください。我らの側近で剛力様という方も同じ体躯の白馬に乗っておられまして、城前でも止められるかもしれませぬ。その様な際はこちらを見せて事情を説明してくださいますように。恐らく末端であるこちらには来てませんでしたが、城近くなら問題ないかと思いますので」
「こちらこそ申し訳ない」
「いえいえ、忙しいときにわざわざご足労いただきまして…」
そんなやりとりはあったもののスムーズに入ることができて第一関門はクリアする。
町中を進んで待機していたフランと合流して、以前住んでいた家にまで案内してもらえた。
「こちらが私が住んでいた家であります。炎が灯っていないので恐らく誰も住んでいないかと…」
ガラガラと戸を引いて中に入ると家財道具もほとんどなく、あるのは囲炉裏と折り畳まれた布団と火をくべるための木材くらいだ。生活感は全くなく、これならば問題なく泊まることも出来そうだ。
「ちょっと埃くさいですが、一晩だけなら問題ないでしょうな。…【増幅】」
囲炉裏横に並んだ木材を手に取り、ほのかに湿気ているのを確認して火打ち石の火花を増幅する。髪は赤黒くなり、木材を包む様に炎を集約する。パチパチと音が鳴ると湿気も取れたのか木の奥に赤い火種が留まっていた。それらを灰をかけて燃え広がらない様にして燠炭を作る。
しばらくするとそこから熱を発して家の中がようやく暖まり始めてきた。
「手慣れたもんだな」
「まぁ…以前も使ってましたし、それと私の故郷でも同じことはしてましたので。これとは違って暖炉と呼ばれるものに入れてたであります」
「そうそう、フランさんってここらへんの人じゃないよね。どこらへんの出身なのかなーって」
「私は……」
そこで一旦口が止まる。言いたくないことなのか、九十九は無理しなくていいと声をかけるが、やがて話し始める。
「いえ、良いのですよ。良い機会です。私は、名前の通り鳴神国出身ではありません。華宮国より先のルーチェ王国というところのしがない村で生まれたであります。ルーチェの民は大なり小なり先天的に『魔術』と呼ばれる力を扱うことが出来て、それが属性や強さによって上流階級などを決めることになったであります。しかし…」
齢19歳のフラン・フィアンマの今から5年ほど前のこと。彼女の住む村『カルボン』にも『魔術』の心得を持った者達が集まって住んでいた。村の者は比較的火の魔術的性があり、木炭や剣の加工などをして暮らしていた。
火・水・風・地・聖の5つが主であり、ルーチェ王国では聖の適性がある者たちが多く住んでいて、大半のそれ以外が散らばって住み、家業をこなしながらルーチェ王国に品を流して生計を立てている。永く続く平穏、フランもまたそれを信じてやまなかった。
当時、村からは聖の属性を持つ者が生まれれば5年ののち、ルーチェ王国の修道院に預けられ、王国のためにその身を削り、その見返りとして親も当事者も多大なる恩恵を受けていた。それが当たり前であり、国民全ての風習として根付いていたのだった。
何も親が火だから火の属性を持つ子供が産まれるというわけではなく、低確率で別の属性を持つ子供も産まれることもある。そういった子は稀に強い力を持ち、傷を癒すスペシャリストになったり、兵団の上にのぼり詰めることも多い。
産まれたばかりの子供は各村に駐在する修道僧により属性の鑑定が行われ、そのまま届出をするという流れ。
何年かに一度、フランの村からのみならず、それぞれの村では聖属性の子供が生まれ、その一家は届出をすることになる。5年経ったときに迎えにきてもらうためだ。だが、その家族は届出を渋った。なぜなら双子を出産したのだが、片方は闇属性を持ち合わせていたからだ。
闇とはルーチェ王国に置いて禁忌であり、その様な子供が産まれたならば即刻間引くのが通例である。しかし、その家族は殺すことをしなかった。あくまで別の属性があるとして振る舞うために駐在する修道僧を殺し、事故であったと見せかけて幾年もの間、父親が投獄されることとなった。
それで済むならと父親が犠牲になったわけだが、それは夫婦の合意の上だった。5年が経ち、それでも片方は紛れもなく聖属性を備えているため、本国から迎えに来るのだった。
「では、この子はルーチェ本国にて立派に育つ様に我々が心身を賭しますので、母殿はこの地より活躍をお祈りくださいませ」
「はい。我らが神・ティア様の御心のままに…」
「お母さん、立派になります。だから、また来るときにその姿を見ていてください」
そんな涙ぐましい感動のシーンを見せられてフランも少しだけうるっとくる。しかし、その片割れでもある双子の妹はフランに対して話をする。
「ねぇ、どうしてお兄ちゃんは行っちゃうの?」
「お兄ちゃんは名誉ある聖属性であります。だから修行のためにもルーチェ本国に行くのでありますよ」
「わたしは…何も出来ないから行けないんだね…」
そんな話のやりとりをしている間に兄は馬車へと乗せられて村から去っていった。しかし、それから数日してまたもや本国から使者がやってくる。突然の訪問に村も慌てておもてなしの準備を進めるが、それを意にせず真っ直ぐにあの一家の元へと向かってきた。
「娘を差し出してもらおう」
ただ冷たく言い放つそれは冷酷で、手には聖礼装とも言われる剣を持っている。
密告ーーーーーー彼女たちの家族をよく思わなかった村人の1人が通報したのだ。5年前の事件もあり、まずは父が拷問されて遂には口を割ってしまった。裏付けがとれたのかこうして武装して突入してきたのだ。
辺境の村とはいえ、それぞれが魔術を使える。反乱などされたらひとたまりもない。反魔術の外装をして完全に抑え込むつもりだ。その様子を見ていたフランもルーチェ王国民だからこそ俯瞰してみているだけだった。
あの夫婦が禁忌を犯したーーーーーーただそれだけのこと。それでもフランは葛藤する。そんなに王国が偉いのか?人としての人権は?生を受けたのなら神であるティア様も受け入れるのではないか?それが頭の中をぐるぐると回っている。
「誰ー?」
「来ちゃダメ!!…【lanza de fuego】!」
覚悟を決めたのか手のひらを前に出して炎の槍を顕現させて使者へと放つ。しかし…完全武装した彼らには届かない。少しは火傷をするがそれだけだ。
「攻撃したな…?子が子なら親も親、ならば粛清せねばなるまい」
剣を鞘から抜き突き立てる。絶えず槍を発射するものの剣で払われかき消される。そして…霊力も無くなったのか抵抗虚しく胸を貫かれ、魂が消え失せた身体を横へと飛ばし娘へと近づく。
「闇は邪。ティア様も此度の殺傷は許してくれる。恨むなら自らの出自を恨むのだ」
「いや…お母さん、いやぁぁぁあ!!!!」
噴出する闇の霊力。それは武装した使者など関係なく包み込み闇の沼へと落ちていく。家も、人も、家畜も、母の亡骸さえ。
その様子を見ていた村人は全てを捨てて逃げるしかない。その中にフランの姿もあった。
その後の話。カルボンは遂には闇に飲み込まれ、その中心には暴走する彼女がいるのみ。今でもずっと球体に包み込まれ、来るものを迎撃するだけの怪異に成り果てた。名をアスモとし、ルーチェ王国では毎年の様に討伐隊を立てて向かうものの芳しい成果は挙げられない。
そして、フラン達村人は『ルーチェ王国の裏切り者』という烙印を押され、目立つ仕事が出来ず、人によっては奴隷になったりとまるで自分達が悪魔とでも言わんように疎外されることになった。
ある者はティア様の信徒として残る者もいれば、他国へと移り住む者もいる。フランは後者を選び、華宮国にて1年を過ごし、西紀城にて臣下の募集があったことから移り住み今に至るというとだった。
「と、これが今までの顛末。直接的には関係はないでありますが、私もカルボンの村人…同罪というのは拭えずここへと働きにきたのであります。あはは、ここまでのことは城主にも言ったことないでありますよーーーーーー」
「…フランちゃん!」
「のわわ!?七海殿な、なにを!?」
ギュッと抱きついて涙を目にためる七海。九十九はただその話を聞いているだけだったが、色々と思うことはあったようだ。
「宗教関係は俺たちも手は出せないし、頭を突っ込むのも筋違いだ。だけど…今はそれとは無縁の鳴神国にやってきた。だったら俺たちは手助けしてやるよ、西紀城のゴタゴタが終わったらな」
「うん…短いけれどここまで一緒に戦ったりご飯食べたりした仲間だからね」
「ありがとう…であります」
ギュッと抱き返したフランの目から一筋の涙が溢れるのだった。
そんな話をして各々が暖が取れたころ、外で猫の鳴く声が聞こえてきた。
「この鳴き声は…猫の松永さんであります!ちょっと外へ行きますな」
「りょーかーい」
そう言ってから戸を開けるフラン。そこには隠しきれていない槍を携えて、猫に対して指を当てて静寂を促している男がいた。
「しー…私にそんなに鳴かないでくれ」
「あ…れ?その声は、その槍は…城主…様?」
「な、なぜフィアンマがここに…いや、黒髪…ならば違うのか?」
「あ、今は黒に染めているであります。…ここでは目立ちますので中へ」
そう促されて家へと招かれる武神。そして出会ってしまった、西紀城と最果城の城主ーーーーーーこの戦いに身を投じる男達が。




