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鳴神大戦記ー最果て城主の仮想現実ー  作者: 舞茸イノコ
3章 『焔の糸で未来を紡いで』
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『24.5』幕間



 華宮国ーーーーーーそこは古き良き中国の様相の町が多く、城と呼ばれる城塞は1つだけで、他は町や村々で構成されている国家である。


 華宮国・羅星街ルゥシンジェの一角にて酒を嗜む老人の姿があった。



挿絵(By みてみん)



「お待たせしましたー。青椒牛肉絲と紹興酒でーす」


「はいよ…では、いただくとするかの…うむ、やはり美味い!そして…紹興酒をグイッと飲めば…」



 目を細め、濃い味付けとガツンと来るアルコールを身体に染み込ませ、喧騒の中で思考がクリアになっていく。



「やはり濃い味付けには老酒が合う。…そして、キツイ酒も良いが…この烏龍茶と割るのもまた乙なものよ。うむ、さっぱりとして飲みやすいわい。そして…このチンジャオはピーマン、タケノコ、牛肉のシンプルながらもいくらでも手が伸びてしまう…。やはり中華料理とは魔性の食べ物よな」



 惣菜、酒、惣菜、たまに漬物。搾菜と呼ばれるそれを時折摘んではまた酒を流し込み、遂には木製のコップから一滴も落ちてこなくなる。



「む…無くなってしもうたか。すまないが、もう一杯いただけーーーーーー」


「こちらでよろしくて?老子様」


「気が効く嬢ちゃんじゃ。では、一献失礼して。…ととっ。…ところで、見たところ店員では無さそうではあるが、どちら様かな?」


「ふふふ、それは瑣末なことですよ。貴方はここで飲食を楽しみ、そして私が華を添えた。ただそれだけのことです」


「ふむ…。貴殿のような美女にお酌していただくとは儂も捨てたものではないと言うこととして気にしないこととしようかの」


「ふふ、お世辞が上手なこと」



 いつの間にか同席となり老人は食事を楽しむ。そこに会話はないが、女性の方もお酒を飲んで顔が紅潮している。


 切長ながらもくっきりとした瞳。舞妓ほどの白粉ではないにせよ、彼女の透き通るような肌にあまり華美ではない格好。一見するとどこかの令嬢のようにも見えるが、純粋にこの雰囲気を楽しむ1人の女性である。


 次第に食事は終わり、皿が下げられて机にあるのは木製のコップのみ。後は酒を愉しむだけという時に女性は話しかける。



「ところで老子は一体何者なのでしょうか?」


「何者とは随分大きな括りじゃの?…儂は二神藤吉郎、しがない放蕩じじいじゃよ。こうして昼間っから酒を飲んで美味しい飯に舌鼓を打つ。それが何よりも幸せな、何の変哲もない時間を生きるものよ」


「なるほど…。やはり鳴神国、いや…そうではない方なのですね」


「ほぅ…何か気づいたのかの?」



 2人は目を離さない。老年の中に純粋さを持った瞳と、全てを映し出さんとする瞳。女性が肘をついて二神をじっと見て、軽く目を閉じる。次に目を開けた時には射殺さんとする力強さを感じる。



「理由は3つほどありますわね。まず初めに、私が貴方を見たのは半月ほど前からです。今日と同じように食事を楽しんでいる姿を拝見しました。しかしながら貴方はどこの宿にも泊まらず、夜になれば決まってこの町の外へと足を運ぶ。その先を見たものは誰もおらず、しかし明日には何事もないようにこの露店街を練り歩いている」


「ふむ…面白い、続けよ」


「2つ目…私には特別な力があり、『他人の人となりを数値として見る』ことができるというもの。人には誰にも得手不得手というものが存在して、私はちょっとそういう事に向いているという事ですわ。これを私は…【魔眼】と呼ばせていただいております」



 そう言ってまたジッと向き合う2人。しばらくのちにハァ…とため息をついてしまう女性。



「見えないんですよ、老子からは。まるでモヤがかかったようなそんな感じですわね。大小何かしらが見えるはずなのですが…。素性はおろか、名前すら見えない…。ならば、他国の間者を疑うのも必然です」


「ははっ、それで、儂の疑念は晴れたのかな?」


「ここ数日を見させていただきましたが、貴方様はただ食を楽しむ御老人ということで、今回そういう結論に至りました」



 それだけ言うと肘を直してニコリと笑う彼女はやはり美しいと思える。一瞬だけ身構えはしたもののくつくつと笑いながら二神はまたも酒を飲む。しかし、1つだけ気掛かりなことがあったのだ。



「そう言えば、3つあると言ったが、最後の1つを聞いてはいないのぉ?」



 彼女はゆっくりと立ち上がって口元に指を当ててウインクをする。



「私…こう見えてもこの国の国王なのです。外から来た方には分からなかったかもしれませんがね。あ、周りには内緒でお願いしますわ」


「間者ならばすぐにわかる事よな。…こりゃ一本取られたわ。このことは儂の胸にそっととどめておこう」


「ふふふ…食えない御仁ですわね。…ここ羅星街以外にも美味しいお店はありますので、漫遊をお楽しみくださいな。それでは」



 そして人混みに紛れ消えていく彼女を見送り、最後の一滴を飲むとお金を置いて店員に声をかけた。チップも混ぜて少し多めに置いていき、それを見た店員は困惑をしながらも、二神はカカッと笑いながらその場を離れる。


 よもや自分の作った、余生を過ごすための仮想世界で予想もしていない事が起きる。それもまた終わった人生に華を添えるものであり、それだけでもここに来てよかったとつくづく思うのだった。


 そんな予期せぬ邂逅に二神はこれからの良い酒の種になると1人、またぶらりと食と酒を楽しみに歩いていくのだった。

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