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鳴神大戦記ー最果て城主の仮想現実ー  作者: 舞茸イノコ
3章 『焔の糸で未来を紡いで』
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『24』


 巨体を震わせ『薄氷』を走り抜ける白き馬、それに乗る2人のうら若き女性と生身の身体で並走する男がいる。罠の仕掛けた区間は抜けて、森の出口に近づいた頃に九十九は七海に話しかける。



「そう言えば…治癒薬ってどれくらいもってる?俺はさっきの戦いで10本切っちゃってさ」


「うーん、私も怪異狩りの時によく使ってたからね。同じくらいじゃないかな?」


「はぁ…持ってきたものとはいえ、補充する手段がないと困る…。今のところ欠損するような怪我をしてないから何とも言えないけれど、あの剛力のような手合いと何度も戦うようなら中々に厳しいな」


「あの剛力相手に五体満足の方が難しいでありますよ、ちなみにその手の治癒痕はその時のやつでありますか?」


「そうだよ。手首まで縦に切り裂かれてしまって、それを治すために治癒薬使ったって感じかな」



 そう言うとフランは少しだけ考え込んで、九十九に質問を投げかける。



「一瞬で回復したで…ありますか?そんな治癒薬は城の予算を集めて1つ2つも買えるものじゃないでありますよ」


「げっ…まじか。そんなに貴重だったのかこれ?」


「であります。…治癒薬といえば、出血を止めるために振りかけて流れ出さないようにしたり、骨折をひと月かけて治すのを10日ほどに縮めたりくらいであります。即効性の治癒薬なんて、それこそ国宝指定されてもおかしくないでありますよ。まれに『僧侶』の職業の中で最高位の者は同じようなことができるとか言われてるでありますが、市井にはそんなことできる者はおらず、なおかつ…そらほどまでに高価な物は出回ることはないでありますな」



 結構幾度となく使った記憶が2人から蘇る。ボロボロになった田門丸に振りかけたり、1日の終わりに傷があればちょこちょこ使ったり、さっきみたいに骨折を即治療したりなど…。そう思うと自分が使ったことの重大さが幾分か分かってきた。



「…これからは最果城の家宝として扱おう」


「…そうだね。制汗剤感覚で使ってたから、気づいたら恐ろしいね…これ」


「…もしかして、私が模擬戦闘時に飲んだのって…!?」



 遅まきながら驚くフランとそれ以降は何も話せなくなった2人。沈黙のまま森駆けていき、ようやく外へと出ることができる。まだ少しだけ距離はあるものの、この調子なら昼頃にはつくことだろう。


 3人は森の外で小休止をしていつものようにアイテム欄から霊力水などを出そうとするが手が止まるのだった。




 一方で城下町に入る門では少しばかりの騒ぎが発生している。それもそのはずで、崩御したとばかりに思われていた城主が片腕を失い、布を真っ赤に染め上げて帰ってきているのだから。



「と、殿!?生きてられましたか!」


「あー、よい。騒ぎにするな。ちょっとばかり屯所に匿ってくれないか?」


「無下にすることなどありえません!ささ、こちらに…」


「…それと、私が戻ってきたことは刊行令を敷く。他言無用することのないようにな」


「かしこまりました、仰せのままに」



 ようやく一息つくことができる。実際、片腕を失った血液と言うのは莫大なもので、正直なところ意識も危うい状態でもあった。2人で当たっている門番の仕事を『急患が出た』と別の者に引き継いで、甲斐甲斐しく手当てする。


 傷口を桶に溜めた治癒薬に浸す轟は、絶叫を堪えて口から血を滲み出す。その様子にやはり門番達は慌てふためくが、轟は笑ってみせる。



「私は…武神だぞ?この程度の痛み、何ともないわ。…すまないが血が足りない、とにかく肉を、生でも構わない…持ってきてくれ」


「…はっ!少しばかりお待ちくださいませ」



 1人は貯蔵庫へ肉の確保に向かい、もう1人は手拭いで滴る汗などを拭いていく。ようやく腕に薬が馴染んできたのだろうか、轟の表情は少しばかり紅潮していく。


 フランが九十九に言っていたように、これが一般的な治癒薬である。骨まで裂けようがすぐに回復することはなく、あくまで傷口を塞ぐ程度だ。それでも、置き土産として腕を亡骸と共にその場に置いてきたから、いかに高級な治癒薬を持ってしても生やすことはできない。


 しばらくして貯蔵庫から1人が戻ってくる。持っている木の籠に生肉が敷き詰められて、隙間が若干、赤色に染み出している。それを轟がぶんどると、左手に鷲掴みにして躊躇なく口へと運び、咀嚼して飲み込む。とにかく早く補給せねばならぬと身体が警告を発している。


 喉に詰まらせないようにと世話をしていた門番が瓶に水を運んでくるのだが、それも容易く奪われて喉を鳴らしながら胃に溜めていく。


 喰らう、飲む、喰らう、飲む。相撲取りのような大食漢顔負けの量を平らげ、轟は立ち上がって屯所に敷いてある仮眠用の布団へと倒れ込んでそのままで指示を与える。



「……ここへは誰も通すな。お前たち2人だけの名誉ある仕事だ、私は寝る。…日が沈む頃に起こしに来てくれないか?」


「か、かしこまりました」



 嵐のように来て、嵐のように平らげ、でっぷりとした腹をしながらすぐに寝息を立てる。その一連の行動に門番は頭で理解ができなかったが、無理矢理にも了承する。これが50歳にもなる漢の、武神の生き様なのだから仕方ないのだと。



「よし…俺はとりあえず戸の前にて立っておく。お前は急患が来たことを周りに伝え、かつ…漏らさないように徹底してくれ」


「わかった。…全ては殿の指示通りに」



 夕刻になるまで少しでも回復に努める轟天一。そしてまもなく到着する九十九一行。運命の交差点はやがてくる。だが、それは後の話である。




 森を抜けて小休止の真っ最中。九十九のみが城の方へと先に偵察に行き、城下町の様子などを確かめている。



「うーん…。火の手、煙は立っていない。ということは…まだ轟天一と村雨は合流してないのか?いや、それともまだ来ていないだけ…?何にせよ、平時でこれだけ明るければすぐに門番や町の人に気づかれる、今は日が暮れるのを待って、ちょくちょく確認すればいいか」



 町を一望できるところまで来てそう呟く九十九。しかしながら、轟天一はすでに城下町に入っており、なおかつ村雨は…轟の手によって葬られた。それでも動きがないことに変わりがないため、今の現状を七海達に伝えるのだった。



「そうでありますか。恐らく…戦が起きるのはまだ先かと思いますな。九十九殿から村雨が離れたのはおおよそ未…明けの八ツ時であります。最低でも戌ほどにならなければこの先で落ち合わないであります」



 そう言いながら丁寧に時間表を書いて説明するフラン。だとすればこのままここにいるのは案外得策なのかもしれないと感じる。



「そうだな…時折俺が見にいくとして、日が暮れたら全員で一旦城下町へと侵入しよう。…フランは顔を知っている人も多いだろうし、大きめの頭巾でも被ってばれないようにしなくちゃな。…七海、何かアイテム欄にある?」


「ちょっと待ってね………。あ、あった。『町民の服』と…『緑染頭巾』。たまに私もお忍びで歩くときに使ってるんだよね。『血塗れ一刀斎』なんて異名もつけられたし…ちょっとだけ煩わしいからね〜」


「それ…七海のことか。てっきり辻斬り犯が出たんじゃないかって捜索しようとしてたよ…」


「もう…私が血塗れになったのは怪異を斬ったから!辻斬りなんてするもんか!」


「わかってるよ」


「ならばよし」



 そんなやりとりをしてフランに虚空から取り出した一式を渡して着替えさせる。全身黒づくめの修道服のような格好から、目を伏せた町人へと姿を変えるのだが、それは一瞬の出来事だった。



「な…!一瞬で服が変わったであります!?むむむ…お2人の言うアイテム…欄?といい、この瞬時の早業といい、戦闘能力といい……考えるほど頭が回るでありますな…」


「まぁ、そこはおいおい説明するとしてだな…。とりあえず今は休もう。少しなら干し肉だったりあるから、小腹が空いたら食べるといいさ」


「はーい」



 補給食を受け取り齧る3人。たまに様子を見に行くが進展もなく、夕刻へと差し迫る。そして…ここから武神が目覚め、九十九達が介入していくのだった。

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