『18』
「けっ、受け流すのは達者みたいだが、いつまで続くかなァ!?」
「くっ…一発一発が重たい」
馬の上にいるということ、それは上から攻撃を叩き込めることを意味する。しかし、それは人馬一体の攻防でなければならず、馬が切られれば無意味となる。だが、その隙すらも与えてくれないほどに剛力の攻撃は甘くはない。
絶えず移動を繰り返して、その場に足止めするから厄介でもある。こちらとしては方向転換と受け流しを同時にするために、攻撃に転じるリソースは割けない。
いや…剛力を倒す手段は幾分かある。このまま釘付けにして援護をもらうか、多少の攻撃を喰らうのをよしとして馬と分離するための一撃をかます。そのどちらかになるのだが、相手はまがいなりにも武装組織であり、目の端にとらえ見る感じだと数の上ではまだ軍配が西紀城に上がる。
「このままじゃジリ貧…!」
「どうした!!威勢がいいのは口上だけかよ!こっちはまだ技能すら使ってねぇんだぜ!」
「こうなったら…やりたくなかったけど…!【俊影独歩】!!」
「速度上昇か!だが…俺の金剛についてこれ…っておい!逃げるのかよ!」
「三十六計逃げるに如かず…ってね。ちなみに私に速度上昇系の技能は持ってないからね」
「くっ…裏をかかれたが金剛の足の速さなら」
一直線に目指す。それは森の中。あらかた出てきたのだろうか西紀の兵士は少なく、その横を一瞥もすることなく駆け抜けていく。一方の剛力は金剛を従えて七海を追いかけることに専念するが、走れど距離はさほど詰まらない。
「くそッ!所詮は獣道、馬でも速さが出ねぇか」
七海の作戦は遮蔽物のない平原に比べ森ならば撹乱することができるだろうという簡単な考え。中へと進めば落とし穴、丸太、焦げた後、さまざまな罠の跡と西紀兵のうめき声が絶え間なく続いている。
七海は信じている、この先に状況を打開する切り札の存在を。それが最果城最大の戦力であると。
「見つ…けた!」
「ん?七海!って剛力連れてきてる…!?」
「共闘よろしく!」
「ようやく止まり…って、村雨と一緒にいた忍者!!はぁ、そういうことか…俺たちは嵌められたと」
状況を瞬時に把握。殿である村雨の姿がなく、実のところ見たことのない野郎が敵と共闘だのなんだのしていたら、バカでも分かるというものだ。
「俺の嫌いなことの一つだ。裏切り…それは万死に値する。気が変わった、テメェらをぶっ殺したら次は村雨をこの『断罪』で肉を削ぎ落として絶望の淵で殺してやる」
地形から不利と感じたのか金剛から降りて遠ざける。そして『断罪』と呼ばれる大斧をずしりと肩に担ぐとすぐに臨戦体制に入る。先程楽しそうに剣戟を交わしたそれとは全く違う殺意の塊。
「ありゃりゃ…これは悪手だったかも」
「なるほど、理解した。ここで迎え打てば良いってことね」
「さて…どうなぶり殺すか。男は八つ裂き、女は生かして孕ませて殺す。さぁいくぞーーーーーーー【金剛鱗】【筋力上昇】【殺戮無双】!!踊れ…!そして、臓物撒き散らして死ぬがいい!!」
皮膚は爬虫類の鱗のように張り巡らされ、剥き出しの肌は灰銀色に輝く。ぐぐっと身体をひねり上げ、大斧を容易く持ち上げるとその瞬間はやってくる。
ーーーーーーー高速の一閃。ただ純粋な暴力による大斧の横薙ぎ。たまたま手前にいた自分を狙っていたのだろう、矛先は九十九へと向かっていた。
「はやーーーーーーー」
大斧の射程範囲は10尺ほど。だが、一歩引くだけではその範囲から逃れることは出来ない。
「捉えたぞォッ!」
血飛沫。それは九十九から流されるもの。一歩引く時に左手は射程範囲の内側に残ってしまった。
切られた感覚などない。血飛沫の視認による脳の感知、そしてやがてくる痛覚の疾走が身体をこわばらせるのだ。
「ぐっ…やばい、切られた」
中指と薬指の間から手首にかけてざっくりと骨の露出がうかがえ、それに追撃するかのように2撃目が反対からやってくるが、左手を庇いながらも後ろに大きく跳躍することで難を逃れる。
だくだくと流れる血。木の上に移った九十九。無情にも地面に目がけて左手からの出血は叩きつけられる。
「九十九!?大丈夫!?」
「も、問題ない…、まだ治癒薬はストックある。ーーーーーーーぐっ!」
虚空から取り出した治癒薬を手にぶっかけることにより、傷は塞がっていく。しかし、治癒薬は1時間前の自分に戻るとかそういうことではない。あくまで自己修復力を高め、元の姿に戻そうとする力を無理矢理に上昇させるだけだ。
以前にも七海が田門丸に対して治癒薬等をぶっかけたことがあるが、その時には大柄な男ですら悶え、耐え忍んだのだ。
今回のように末端とは言え、手としての機能が失われた状態から瞬時に戻そうとしている力は相当なもので、身体は拒絶反応を過敏に起こすのだ。九十九は木の上でうずくまって左手首を握り締めるのだった。
「あー惜しいなぁ…。あともう少しで左腕丸ごと肉塊に出来たんだがな」
「はぁはぁ…よし、まだ動く。だが…瞬間的な速さだとあれ以上は見た事ない…。もし、射程範囲でぶん回されたら次は身体が吹っ飛ぶ…。七海!近距離は危険だ!今は距離を取りながら反撃を待て!」
「り、了解!【疾風飛影】!」
後ろに下がりながらも飛ぶ斬撃を繰り出しながら牽制する。それを剛力は大斧を盾にして受け流す。さすがに喰らいながら前へ進むのは難しく、その場にて弾いている。ようやく距離が取れ、九十九も治癒時の痛みが引いたようで、木の上から七海の側へと着地した。




