『16』
季節は冬、そして普段から寒気のする『薄氷』において忍びの2人は相対する。『篝火』の構成員は村雨を含め5人と小規模ながらも諜報部隊としてそれぞれが怪異を狩ることのできる実力を有しているが、この2人の無言の圧に気圧されているようだ。
「さて…森に入る前から看破したということは相当の実力者だと思うが、なぜ敵意を示さずこちらに近寄ってきたのか?」
「それは、我々が最果城と敵対する意志はないからですよ。それと、この森に張り巡らされている罠を看破したのは私のみで、後ろに控える者は誰一人としてその存在に気づいていません。【罠看破】を通して私の目には赤く染まっていましたので、こうしてそんな罠を短期間で作り上げた貴方に敬意を称しているわけです」
「だったら、なんで後続に来る団体に伝えないんだ?」
ピリッとした空気感にあっても、村雨は敵意をやはり持っていないと手を振って応える。
「私は轟天一の忠臣でありますれば、峯司に忠義を尽くすことはありません。だからこそ、こうして手を上げて対応しているのですよ」
「そうか。だが、これから来るであろう兵に伝えないとは限らないだろ?俺ならここで抑えながら迂回するように仕向けるけど」
「そうですね…ならばこうしましょう。私と貴方で後続に『何もなかった』…と伝えるということで。それならば奴らを罠にて消耗させられるかと」
誤った情報を伝えた瞬間に切り倒せば問題のない提案。それは絶対に裏切ることのないという意思表示であり、九十九はそれを感じとる。警戒を解いて村雨の案に賛同するようだ。
「了解。それならば問題はない。…だけど、もし裏切るならば即刻斬るからそのつもりで」
「背後を取られて命を握られていれば私もそんな軽率なことはしませんよ。それと耳寄りな情報を1つ渡すことで信頼の証としてもらえればありがたいのですが」
「耳寄りな情報?」
「左様、恐らく…轟天一は手薄になった西紀城を単独で落とすかもしれません。元々は私も森に入る前に離脱してそちらに加勢に行こうと思ってましたので」
軍勢を仕向けた峯司であるが、近衛兵は幾分かいるだろう。それを単独で城落としをするというのだから、武神の胆力は凄まじいものだ。だが、村雨が抜けるとなると…後ろに控えている構成員の処遇が気になる。
「轟天一についてはわかった。崩御したと思っていたけど、そういうわけでもないことも。まぁ、元々はそっちにいた人から聞いていたけれど」
「あぁ、フラン・フィアンマですね。彼女は今どちらに?」
「城でかくまってる。…聞けば西紀城から追われて逃げてきたそうじゃないか。こっちも少々手荒なことはしたけれど、五体満足で客分として受け入れているよ」
「それはよかった…。城主もそれが気になっていたようですから。さて…それでは障壁はないのですね。ならば存分に裏切りましょうか。というわけで、貴方達は森の中に潜伏するように」
「御意。村雨様もお気をつけて」
「ははは、気をつけるのは貴方達の方ですよ。森は冬で脅威は減ったとはいえ、怪異が跋扈する危険地帯ですから。くれぐれも死なないように。あとは、彼が作った罠に引っかからないようにしてくださいね」
にこりと笑うと全員がうなづいて森へと散開する。そうして2人になった途端に村雨は顔を崩す。
「はぁ…正直なところ、貴方のような方と対峙するのは精神的にしんどいのです。峯司や剛力の前では毅然とした態度でないと勘付かれるかもしれませんし、普段は敬語なのにわざと強めの言葉を使ったりと、本当に損な役職ですよ…まったく」
「結構…苦労してるんだな。俺も仲間の前だとそんな感じで対応してるけれど、そんな割り切っては行動できてないな…。それと引っかかったんだけど、貴方のような方ってどういう意味だ?」
「あ、そこですか。…そんなに強者の貫禄を出しておきながら白々しいですよ。貴方は相当な手練れだ。それこそ、さっきいた全員で束になっても敵わないくらいに。ふむ、そうですね…私が会った中では轟天一と同等くらいの強さを持っていると感じました。だから、戦う意志を持たずに接したのですよ」
実際、この仮想現実において『鳴上大戦記
』のステータスを引き継いで生きているのだから、そこらの盗賊や怪異狩りと比較しても上位に位置する強さを持っているだろう。それに関しては否定できない。だが、それでも同等と言わしめるほどの武神の強さに驚きを隠せない。一対一の戦いならば【単独行動】でステータスを伸ばせる自分に軍配は上がるかもしれないが、相手は経験を積んできた男だ、あらゆる手段を用いればこちらが殺されることもあるかもしれない。
「それは光栄なことだけど…、俺以外にも強いのはいると思うよ。それこそ俺の仲間にも肉薄できるくらいの剣術家もいるしさ」
「貴方みたいなのが他にいてたまりますか…。やっぱり、敵対せず城主側について正解でしたよ。…それではそろそろここまで来るでしょう。後続の元へと向かいましょう」
「わかった。一応顔は隠して後ろで控えておくよ」
「なに、我々『篝火』は基本的に顔は割れていません。貴方がいても気にしないはずです」
「そうだと良いがな。…まぁ、バレたら撹乱してここまで戻るよ」
そして2人は『あらくれ』を先頭にした部隊の元へと駆けていく。ここまで距離はさほどなく、数分も走れば5000人と言う大規模な部隊が練り歩いていた。その先頭にいるのは田門丸と身体の大きさがさほど変わらない大男、剛力である。背中に両刃の斧を背負い、普通の馬よりも一回り大きな芦毛の馬に乗っている。強靭な肉体とその体躯。鬼と対峙した時よりも感じる圧は凄まじい。その横に着き、並走しながらことの報告をする。
「村雨、ただいま帰還した。斥候には森にて配備している。『薄氷』は最果城にて整備された跡があり、そのまま抜ければ問題ないだろう。しかし、天狗が作った罠らしきものがあったが、できる限り排除しておいた」
「おう、助かったぜ。冬だが怪異は多少なりとも出てくるからな。それに敵さんもご苦労なこった、わざわざ俺たちが進む道を開けてくれたんだからよ」
「まったくだ。このまま進めば夕刻までには確実に着くだろう。それまで俺は殿にて部隊の押し上げてやろう」
「くくく…殊勝なことだな村雨。一番槍は俺様が頂くぜ。あー、今から本当に楽しみだ。峯司様からたくさん褒美を貰わなきゃな」
「では、失礼する。おい、お前もこっちに来い」
本当にバレることはなく、そのまま後ろに控えることに成功する。確かに剛力と対した時は口調も雰囲気も全てが違っていた。
「ふぅ…それでは、貴方の仕掛けた罠でどれくらい脱落するのか見ものですね。あらかた見届けたら城へと向かいますが、貴方はどうしますか?」
「俺は、このまま罠の作動を確認してから自陣に戻ると思うよ。削れるだけ削らないと、仲間に申し訳ないしな」
「そうですか…では、後ほどお別れということで。そちらの武運を祈るとしましょう」
「…完全に信用したわけではないけれど、そっちも死なない程度に頑張ってくれ」
森の入り口。5000の大所帯は勇猛果敢になだれ込むように森へと入っていくのだった。




