『13』
「ふははっ!中々良いではないか、名も忘れられた闘士よ!亡者にしておくのは惜しいぞ、生きていれば我が軍門に下らせたのにな!」
鎧甲冑を見に纏う亡霊。得物は刀で、5尺程度の大きさ。亡者となり体力はほぼ無限に近く、手数の多さで轟天一に迫り来る。しかし、それでも龍をあしらった無骨な槍を巧みに扱い丁寧に捌いていく。刀と槍の交錯は火花を生み、月明かりのみが差し込む廃城を共に彩る。
「この首が刈りたいのだろう?その刀をここに差し込んで肉を散らしたいのだろう!!さぁーーーーーーーーここだぞ?」
首にトントンと手を当てて攻撃を誘い込む。純粋に戦いを楽しむ眼光に、下卑た笑み。亡者も感覚としてわかっているのだろう、それが拮抗状態をぶち壊す罠であると。ならば…それを超える連撃を生むだけだ。
「ーーーーーーーー!!」
言葉にならない叫びを上げる亡者の下段からの斬り上げに一歩引いた上で槍を合わせる。最小限の動き、それだけで必要な隙というのは生み出せるものだ。
そして決着は訪れる。
「隙ありーーーーーーーー【龍柳】!!」
空間が捻じ曲がったかのような神速の突き。回避は愚か、防御も不能のその一閃は音を置き去りにし、身体を貫いたかと思えば龍の咆哮を思わせる衝撃波と共にバラバラに砕く。鎧を容易くぶち抜き、心臓があったであろう箇所に槍が突き刺さり、音を立てて崩れ落ちる亡者。
「良い死合いであったぞ。名は…分からぬが、生前はさぞ豪傑な闘士であったろうな。だが、この轟天一の槍にて沈んだ。憂いを残さず逝くがよい」
さらさらと粒子となり消え失せる亡者。その場に残ったのは手にしていた刀と納める鞘のみ。それが地面に突き刺さっていて、周りを見たのち、警戒態勢を緩めた轟はそれを引き抜き刀身を見る。
波が走り、それでいて強固な業物。幾星霜が経ったのか分からぬがそれでも錆一つなく夜の星々が煌めいている。
「うむ。私に刀は分からぬが、これは本当に良い物だ。名付けるならば『天ノ流星』。それほどまでに美しい刀身であるな。願わくば強き者に渡るといいが、今は仕方あるまいな、私がこの戦いで死ぬことになったのならば介錯刀として首をとらせてやろう…」
刀を鞘に仕まうとぞろぞろと亡者や百目と言った怪異がゆっくりと姿を表す。
「おっと、無粋な連中だ。お主らも今の今まで来なかったのだ、少しくらいは思いを馳せさせてくれぬのか?」
本当に空気の読めない…たぎる戦いを終えた後にたぎらぬ戦い。しかし、戦いは戦いだ。命の取り合いに轟は笑いが止まらない。
「さて延長戦か?私を楽しませれたらこの首を取らせる権利をやろう。だが、実際にとらせるかどうかはお前達次第だがな。夜が明けるまでは相手をしてやろう。今宵は眠れそうにないのでな!」
かちゃりと刀を地面に置けば得物の槍を携える。闘気を漏らし楽しそうに突っ込むその様はやはり武神と言うわけか、怪異を蹴散らしこの夜を楽しむのだった。
一方で夜の『薄氷』に潜伏している九十九は暇を持て余していた。それもそうだ、わざわざ見通しの悪い夜に出るというのは危険を伴う。奇襲をかけるならばそれも作戦の一つであるが、この森を突破してから拠点を築き、その晩に攻める方が得策というものだろう。だからこそ罠を張り終わった今は特段何もすることはない。
「さて…1人寂しく保存食食べるか…。七海達は今頃何を食べているんだろうか?」
干し肉を口に運び唾液と共に柔くして咀嚼する。肉の旨味はあれど、木の上でこの寒い空の下で食べる肉はいつもより寂しさを感じる。
「まぁ…俺が言い出したことだから仕方ないけどさ、これでも肩書き城主なんだよなぁ。…それにしても何もなさすぎるし、西紀城にでも行ってみようかな?」
西紀城は『薄氷』からまっすぐ西に行ったところにあり、森の入り口からは見えないものの、九十九の足を持ってすればものの数十分ほどで城下町は見えてくる。だからこそ、今何をしているのかと気になったのだ。
「ん…よし、食べ終わったし行ってみようかな」
さっと木から降り、移動系のスキルを発動して西へと向かう。道中は最果城周りとは違い、街道が半端ながら整備されており、所々に木が並んでいたり、草は剥げ、道のようになっている。それに従って真っ直ぐと向かえば塀が見えてきて、西紀城の全貌が見て取れる。
「…最果城なんて目じゃないぞこれは。まるで要塞のようだな」
城下町をすっぽりと覆い隠すように塀が敷き詰められていて、出口は城の裏手と城下町の左右と前に限定して入り口が設置されていた。それぞれに門番が鎮座していて、手には長槍を持って警備に当たっている。
「なるほど、城下町も城の一部。それほどまでにここは力を持っているんだな。はぁ…出来立てのこちらとは差がありすぎるよ。とりあえず潜入して今の状況でも見てみようかな…【隠密行動】」
気配を消して自身を希薄にする。目の前を通れば見つかってしまうが、塀をよじ登ればそれはクリアする。怪異にせよ、人間にしても、自分の認識外からの行動にはついていけないものだ。
「随分とあっさり進入できたし、服は町民と同じようにするか。それにしてもここは本当に凄いな…」
城下町に入り服を変え町人のように振る舞いながら大通りに出る。今は夜で灯りは提灯や松明のみではあるが、まばらに店に灯りがあって、その中では酒を飲んだり食事をする姿を見かける。九十九も少しだけ食事はしたものの、ここまで走ったことによる霊力や体力の低下もあって小腹が空いているようだ。
「ふぅ…見知らぬ店に入るのは苦手だが、とりあえず腹ごなしと情報でも集めようかな。…よし」
自分を鼓舞し、目についた店に入る九十九。入った瞬間に店の従業員はこちらを向いて言葉をかける。
「らっしゃい!今、手が離せなくてねぇ、空いてる所に座ってくれないか?」
「あ、はい」
歳は六花よりも10歳ほど離れたくらいだろう女性に声をかけられる。そして、キョロキョロと不自然な様子な九十九だが、ちょうど奥の方が空いていてそこに座ることができた。
…本当に繁盛しているのだろう、客に対して料理や酒を提供しているのに合間などなかった。
しばらくして九十九の元に来れたのも数分という時間が経ってからで、その間に注文はあらかた決めれたようだ。
「すまないねぇ、今がちょうど忙しい時でさ、で…注文は何にするかい?」
「では…米とすまし汁、それと豚の串焼きを。飲み物は水で大丈夫です」
「あいよ!…お父ちゃん米、すまし、豚串ねー!」
厨房に立っている店主だろうか、歳も女性と近い御仁は頷くだけですぐさま豚串を取り出して焼き始める。手際よく釜戸の火を強くしたあと、網に豚串を乗せて焼き始める。それが終われば他の注文もあるだろうそれを捌きながら途中で裏返したりすまし汁をよそったりする。それらをチラリと一瞥したら米を盛ってお盆に乗せると豚串とすまし汁も間髪入れずに乗せてこちらへ運ばれる。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます、いただきます」
よく焼けた豚、醤油の茶色に軽く焦げた匂い。それは鼻腔をくすぐって九十九の食欲を引き出す。手を合わせまずは汁をすすると…何というか独特だ。
「出汁は…煮干しかな、塩味はあるけどそれだけ。まぁ動いた後だしちょうど良いか」
若干疑問を持ちながら次は豚串に手を伸ばして口に運ぶ。…うん、これはいける。と咀嚼して食べ進め、時には米を食べながら周りに耳を澄ますのだった。




