『9』
森の中、以前来た時の方が少しばかり寒いが、今は冬。やはり白い息は出るし、何よりいつ怪異が来るかわからない状況というのは精神を摩耗させる。常時気を張ることは出来ないため、【気配察知】の技能に頼りつつ罠の設置に勤しむのだった。しかし、意外と手際も良く、かつ怪異も一度しか出てないあたり、冬というだけで動きやすいものだ。
「うん、こんな感じかな。それにしてもここまで怪異が出ないとなると、冬場に移動してもらうのが一番安全なのかもな」
設置した罠は多種多様に渡る。ピアノ線…はないため、アイテム欄から土蜘蛛の糸を取り出して木と木の間に括りつける。これが景色と同化していて見えにくく、九十九も眼を凝らしたりしないと起動場所の把握が難しい。
「それにしても蜘蛛の糸って1本じゃ耐性は弱いらしいけど、さすがは仮想世界だな。3本もまとめれば木すら留められる」
木を持ち上げつつ、それでいて切れないようにしなければならない。この糸はあくまで起点となる罠であるが、思ったよりも強く、人が歩けば足をつまづくほどに頑丈だ。横から木を飛ばす罠、落とし穴、そして竹槍。他にも何かが塗られた小刀や音がけたたましく鳴る鳴子など、『工作兵』としての技能を存分に扱い罠を組み上げていった。
「これで…終了かな」
森の入口には『この先、命のキケンあり〼』と書いた木の看板をブッ刺せば完成する。一般の人が通らないとは限らないが、それでも告知することは大事である。
「北の海は時化、南は険しい山脈。ならばここを通るしかないはずだ。俺1人の技能で多少の足止めできれば上出来だろうな。…あとは七海の交渉が肝になる」
フランが漏らした轟天一が姿を表すまで残り2日を切っている。その通りに動く人物なのかは分からないが、いずれにせよこちらは出来うる限りのことをしなければならない。仮に西紀城が侵攻しないのなら、手塩にかけて作った罠達を解体するという作業だけで済む。
そんなことを考えながら、九十九は淡く光る森の中で一夜を過ごすのであった。
場所は変わって西紀城。九十九の読みが勝ったのか、峯司は進軍の準備を整えている。まずは民に対して自分が新たな城主であることを伝えているようだ。
「諸君、わしが新たな城主、峯司蔵人である。寝耳に水のことではあるが、轟天一は崩御した!」
実際には雲隠れの最中ではあるものの、宰相の言葉に嘘はないだろうとしつつ、民衆はざわめきを起こす。それに対して手をかざして静寂を促す。
「…仮ではあるがわしが城主の地位を引き継ぎ、この城の発展に尽力していく所存だ。諸君はどうだろうか、今の生活は。見えない敵に怯えていた前の城主、それを自分の安寧のために民に半ば無意味な戦闘訓練を課していただろう。敵は怪異でもなく、ましては人間であると…臆病者の轟天一の強行に辟易していただろう」
現状の戦闘指南について、実のところ轟天一は対人間を重視して訓練を行なっていたわけではない。早々に強襲部隊の取りまとめでもある剛力や諜報部隊の長である村雨を取り込んでおり、半ば秘密裏に峯司が指示を出していた。全ては他の城の保有する土地、財産を奪うための策略であった。
「しかし、その技術は無駄ではない。なぜなら…東の美鶴城と、新参者の最果城なる2つが結託し、我らが麗しの西紀城に侵攻してくることを諜報部隊が察知した。ならばこそ、手に取るのは武器である。そして、この城守るのは諸君達である!」
口八丁で嘘を吹き込む。しかし、民は本当のことを知らない。だからこそ容易く嘘を信じ込ませる気迫を峯司は演じていた。
「今ここに新城主として宣言しよう。見事2つの城を陥落させ、鳴神国随一の城となった暁には税収の半減と、兵役の義務を撤廃する!そして、我々の未来を豊かにすることを誓おうではないか!」
その言葉を聞きいろめき立つ。西紀城では兵役の義務があり、約3年を城に仕える。そして、その後はそのまま残るのか、家業を継ぐのか、怪異狩りとして仕事をするのか…他にも道はあれど、おおむねそのような進路になっている。
人の人生において3年も縛り付けるのは民衆も思うところがあり、本音としては兵役については賛否両論があったという。それでも轟天一はこの国の根幹を支える力を養うためにもその義務を押し通してきた。かくいう峯司もそれを終え、宰相になるべく勉学や交渉術について人並みならぬ努力をしてきた。
「わしは…この城が戦いだけに目を向けて孤立する。そんな未来を見たくはない。民があってこその西紀城だ。ならば、民が裕福に暮らす事になんの憂いがあるだろうか。しかし…この戦いを確実にかつ、短期間で終わらせるために酷なお願いをしなければならない…。この日より税収を上げねばならぬのだ。いや、わかっておるとも、この胸が張り裂けそうになるほどに。全てが終われば弾圧してくれても構わない!それが民のためでもあるのだから!」
税収と聞いた瞬間に怪訝な顔をする民もいた。しかし、それは自分の非であることを認め、真摯に頭を下げる峯司の姿に民衆は何も言わず、ただただ拍手を彼に与えていた。
長く、鳴り止まない拍手。それは彼が頭を上げるまで続き、この短期間で民衆の心を掌握しようとしていたのだ。
「決行は明日行う!腕に自信がある者、この城を魔の手から守りたい者、そして家族を親友を、全てを救うための力を貸してもらいたい!薄給であり、危険であるが、諸君らの参戦をわしは望んでいる。民よ時間を取らせてすまなかった。これでわしの決意表明を終わらせてもらう」
その瞬間に湧く民衆。いかにして轟天一との比較を作り、好印象を与えるのか。このほんの数分という時間は民の目の色を変えるのには容易いものであった。峯司は後ろへと下がり、その近くには幹部の2人が控えていた。
「さて、わしはこれからのことを考えねばな。剛力、村雨よ」
「へいへい何でしょうか新城主殿?」
「なんなりと」
「約束は覚えておろうな?順調すぎて怖いくらいであるが、成し遂げた時に必ず褒美としてくれてやろう」
「俺は『あらくれ』主導の自警団の設立、税収撤廃、あとは女だな」
「くくく…お主は本当にわかりやすい男よ。だが、それこそがいいのだ」
「難しく考えすぎだ剛力。とにかく金が積まれればそれでいい。怪異と戦うのも全ては金の為だ」
「単純だがそれこそが人の真理。金こそが世界で唯一平等であって、必要不可欠だ。2人の願いは叶えてやるとも。最果城も美鶴城も全てを飲み込んでやろうではないか」
暗躍する峯司。彼の金による金のための進軍は夜明けと共に幕を開けるのであった。




