『7』
彼女は沈黙を嫌って語り始める。これは本当に峯司の謀反であって、私はその被害者だと。ここに身を寄せたのは轟天一の指示でもあるが、あの城に残っていても何をされるか分からない。記憶から弾き出し、言葉にして九十九達に嘘偽りなく話す。そして回想から抜き出した事のあらましについて再び理解する。
「以上であります。…身の潔白は証明されたでありますか?」
心の臓は未だにどくどくと唸っていて、言葉を間違えれば、嘘をつけば刀身が飛んでくるのではないかと疑心暗鬼になる。
「おおむね分かった。ありがとう。なるほど…轟天一の狙いは謀反を企てた者を自分の手で断罪するのではなく、第3者を用いる事で解体しようと言うわけか…」
「それでも、こっちが失敗すればいずれ美鶴城に侵攻を拡大。でも、それが峯司の思い通りという事じゃなくて、あくまで轟さんの想定内のことだよね」
「そう…クソッタレな作戦だけど、フランがここに来て話をしたことで無関係とも言えなくなった。峯司の放った刺客は『薄氷』で散ったのも耳に入っているだろう。そんな大罪を犯した魔女を匿っている城があるかもしれないと…」
轟天一が仕掛けた罠というべきものだろうか、孤立しているフランを使う事で自身は雲隠れ。仮にフランが『薄氷』で捕らえられるか殺されるか、それがどちらにせよリミットを決めた轟は遅かれ早かれ最果城まで単身来ていたに違いない。同じような内容を持って。
「誰かがここに辿り着く事で発生する、逃げ場のない敵意の集結。これはいよいよまずいことになるな。俺たちは戦わざるを得なくなった」
「さぁ…どうしようか?」
「決まっているさ。このまま続けてやるさ。手のひらで踊らされているのを分かった上で、俺たちは峯司達を退ける!」
圧倒的な戦力差、そして練度の違い。それを覆すための戦いに身を投じる。
「それにしても…厄介なことを背負わされたもんだな…。俺がやろうとしていることもおんなじことなんだけど」
自分の手に余るから他に戦力をバラけさせる。実に身勝手で狡猾な手段だ。遅かれ早かれこの作戦が実行に移された時点で美鶴城は被害を被る。
「知らない間に巻き込まれるより、知った状態で巻き込まれたほうがまだ対処の余地はあるだろうな。…静流子には迷惑をかけるよ」
「さて…事のあらましが分かったところで私の処遇はどうなるでありますか?こんなことを言うのはお門違いかもですが、私は直接的ではないにせよ、その引き金部に当たると思うであります」
「うーん、七海どうする?」
「そうだね…奴隷か、それとも処刑する?」
「ひぃ…!?」
出た。たまにあるサイコパス七海。本人は冗談のつもりだが、フランはさっきのことがあるのかやはり怯えている。
「そんなことはしないよ…。話を聞く限りでフランは巻き込まれた側だ。ならば断罪するなら峯司だろう。…というわけで、フランにも今回の作戦に参加してもらうよ。そうだなぁ…報酬は無事解放するということで」
「はぁ…助かったであります。でも私は過去の件から技能を大幅に低下させました。そんな私でも戦力として数えるでありますか?」
「今は猫の手も借りたいんだよ」
話し合いについて大まかにまとめる。いずれくる西紀城の侵略、峯司の暗躍、そして美鶴城との共闘。もし、これが全部終わったら轟天一をぶん殴ってやりたい気持ちもある。
戦力の差を覆すためにもあらゆる手段を講じて『薄氷』を超えさせ、この城下町まで来させるわけにはいかない。脆弱な城だと分かれば簡単に落とすことができる。だからこそ、目に見えない範囲でくたばってもらう他ない。
「というわけで…今日は内政終わり!俺はやることあるから、2日ほど帰ってこないかも。その間は城主代理として静流子と共に挙兵して欲しい。場所については以前拠点に使っていたあそこがいいな」
「りょーかーい。あそこだと伐採した道の正面だもんね。森に籠るって何をするのかな?」
「俺は工作兵も持っているからな。罠設置はお手のものよ。幸い必要な道具とかは持ってるし、足りなくなったら現地調達するよ」
「無理しなくていいからね〜」
「今無理しなきゃまずいからな」
「え…この人、城主ですよね?なんで単独で出ようとしているのでありますか?」
「まぁ…貴女のところと同じだよ」
フランはその九十九の姿に見覚えのある影を見る。何でもかんでも自分一人でやろうとして、無理なら部下に丸投げ。でも…最後には勝てる算段を見つけ出し勝利を掻っ攫っていく。そんな豪胆な姿をこの小さな城の主人に見出した。
「そうそう言い忘れていたよ。【未来予知】についてだけど、俺はもう出るから七海に詳細伝えておいてよ」
「分かったであります。では、七海…殿こちらへ」
「…?まぁ、いいか。じゃあそっちは頼んだよ九十九!」
「任せておけって!無理ならすぐに戻るけどな〜」
九十九は田門丸に頼んで保存の効く干物を貰って『薄氷』へと向かう。鎮静化したとは言え、怪異はいる。しかし、あの時に比べれば比較的穏やかであり、寒さもかつてほど冷え切ってはいない。念入りの準備を整え、単独で『薄氷』に潜伏する。
一方で呼ばれた七海はフランの話に傾聴する。
「私の『焔の魔女』はその名の通り、焔を操る職業であります。他にも類似して『火炎術師』と言うのがありますが、私がそう呼ばれない所以は特筆すべき力…【未来予知】に集約されてます。儀式を行い、安眠することによって夢の中で未来を見る事が出来るであります」
「…安眠?」
「そこは触れないで欲しいであります…。私が見た未来で起こっていない遠い未来と近い未来。遠い未来は轟天一…城主が死ぬというものであります。それは明日明後日というわけではないのでありますが、いかんせん見た時期が一年も前で、もしかしたらこの騒動で起こる未来を見ていたかもしれません」
その言葉を口にして顔が曇るフラン。過去のトラウマの件から、自分に対してここまでしてくれていた城主が死ぬ未来を見せられてしまえば必然そのような気持ちになる。
「まぁ…本人は『いずれ人は死ぬ、はーはっは!』といつもの調子でありましたが…」
「楽観的な人だね〜。…それで近い未来とはなんなのかな?」
「おっと失礼したであります。…近い未来は、私がこの城にて共にご飯を食べている様子でありますな。正直、夢なので朧げにしか覚えておりませんが、まだここで食事をしていないと言うことは、私はこの騒動が終わるまでは死なないという意味を持つであります。儀式をして他にもいくつか夢を見ているでありますが、そのどれもが些細なことでもある程度的中させているのでほぼ間違いなく【未来予知】…にも似た予知夢を見る事が出来るであります。例えば、見た事のない場所で崩落する床を察知したり、名のある怪異の出現を予知して予め準備ができたり。あとは…夕食のおかずを当てる事ができたでありますな」
未来については千差万別であるが、もし仮にこの力がずっと使えるならば、轟天一ももっと利用したであろうが、フランは1つ忠告をする。
「ですが、この力には制限がありますれば、何度も連続して使用は出来ません。使用期間を空けるのですか、それは4ヶ月に一度となってるであります。ちょうど前回に見たのが夏に入る頃でしたので、今なら使う事が可能であります」
「そっか…やっぱり制限無しってわけにはいかないよね」
「あとは条件もあります。儀式ですが…まずは冷えた水に身体を浸し、次は身体にお湯をかぶるであります。それを3回〜7回ほど繰り返し、身体が適度に火照ってきたら寝巻きに着替え、何かを抱いて寝れば何とかなるかと。私が愛用していた小豆枕は城に置いてきたため、他に代用できるものがあればいいのですが…」
まるで休日のスーパー銭湯でサウナからの水風呂を行なっているようで、恐らくは整った状態に持っていくことでそれが可能になるかもしれないという…完全に憶測だが。使用期間についてもクールタイムが4ヶ月かかるため、その周期でしか行えないという事だろう。
「ですが、冬は嫌であります…。わざわざ水風呂に入るなど正直にしんどいです」
「なるほどね…ちなみにある程度遠かったり近かったりは選択できるの?」
「うーん、抱き心地の良いものだと近い未来が多いでありますな。私の小豆枕は硬いでありますが、抱き心地は良くて、どちらかと言えば近めの未来を見れてたであります」
「そうかぁ…生憎だけどそれはないかな。でも、できれば抱き心地の良いのがいいよね。…あ、試してみたい事があった。…とりあえず今日『未来予知』を行うとして、抱く物については私に任せてよ」
「…気は乗らないでありますが、仕方ないでありますな。城主殿には出来ると言った手前、反故にするにはいきませんからね。あとは、あまり当てにしてはいけません。あくまで9割ほど。残りの1割を引き当てることも充分忘れないで欲しいであります」
「うん…でも頼らざるを得ないかな、今この場においては」
渋々…ながらも了承してくれるフラン。とにかく九十九の手助けになるような未来を見てくれれば御の字である。七海はそれから風呂の準備と、とある人物に声をかけてフランの力を引き出すことにするのであった。




