『6』
時は遡り3日ほど前のこと。西紀城天守閣にて轟天一は何やら唸っている。
「…フィアンマよ、お主孤立しておるな」
「えー…私がぼっちって言いたいのでありますか?」
フラン・フィアンマの役職は主に戦闘時の後方支援部隊と轟天一の小間使いである。しかし、それは彼女が持つ職種技能の低下によるものだった。
焔の魔女と呼ばれる所以にもなった、遠距離からの大規模な霊力による掃討。それが彼女の真骨頂であり、多数を相手にするほどその利便さが際立つ。
しかし、そんな彼女にもトラウマがある。ことの発端は西紀城の西にあるのは廃墟となった城である。そのには霊魂や屍といったRPGとかでいうゾンビ系統の怪異が存在していて、そう言うものには七海の持つ【魂魄開放】だったり、六花のような巫女としての才能があれば修祓することも可能であり、一般的には属性持ちの術や技能を使うことで倒すことができるのだ。
いつものように合図が出ると怪異に対して霊力を込めた一撃を放つ。
「いくであります…【焔火睡蓮花】」
花火のように周囲一帯を焔の花が開き、周囲を巻き込んでパチンと弾ける。それを喰らった屍はうめき声を上げて焼失していく。しかし、今回は少し違った。
うめき声に混じる生の息遣い。それが意味するのは間違いはない…人の命の途切れる音。
「は…?え、なんで生きた人が…?」
苦しい、熱い、痛い…いや寒い、感じない。焼け死ぬ苦しみは人の死の中でも上位に位置する痛みを発生させる。それを意図してなくとも実行してしまったのだ。
「フィアンマ貴様何をしている!早く攻撃を止めよ!」
「わ、私は悪くないのであります…!」
その場から逃げ出したのは言うまでもない。城まで戻り、衰弱したところを村雨に見つけられ、一時は投獄される。しかし、今までの功績もあってか前線に出ることはなくなったが、後方部隊の支援を行うことでその職を維持し続けていた。城主である轟はその事態に寛大な心と状況証拠で部隊指揮者を打首にし、フランをお咎めなしとはしたが、それでは下の者は納得しない。だからこそ、下働きという名目で近くから離れないように人前では奴隷のように扱うことにしている。
だが、それはあくまで人がいればの話。普通にしていればなんてことはない、城主とその部下と言う関係性で、フラン自身もその時のトラウマは和らいだのである。
しかし、一度植え付けられたトラウマはすぐさま解消することはない。自分自身から焔を出すことは出来なくなったが、火打ち石や松明を媒介にして増幅させることで放てるようにはなった。
また、轟との鍛錬と教育で人に向けて焔を放つことも幾分かマシとなった。そんな彼女は小間使いとして1年ほどが経った頃にそんなことを言われればげんなりとなってしまう。
「そりゃ確かに人との付き合いは皆無になったかもですが…猫の松永ちゃんとか小鳥の丹下さんも私を慕ってくれているであります!」
「うーん、そうではないのだが…。…急な話だ、信じろと言う方が難しい。私は色んな能力に秀でた者を雇用してきた。諜報部隊の村雨、強襲部隊の剛力、そして焔の力を操れるフィアンマも同様だ。全てはこの城の民を、領地を守るために強化していたに過ぎない」
「それは…分かっているのでありますよ」
「だが、それをよく思わない者もいる。峯司などいい例だな。あやつの内政能力を高く買って宰相にしておったが、いかんせん金にがめつい。しかも本人は戦う術を持っておらん。手に余ると思っていたが、よもや転覆させられるほどに賛同者を集めるとは思わなんだ」
「それは…って、え?」
「謀反であるな」
「謀反であるな…じゃないでありますよ!?今、責め込まれたら、私や貴方はどうするんですか!?」
「私の命で何人を巻き込めるか試してみたいものだな、はーはっは!」
そんな高笑いをする轟にフランはジトーっと見つめている。ことの重大さが少しばかりズレている気がする。
「だが、このままやられるのも癪だな。というわけで私は5日から10日ほど雲隠れする。フィアンマには頼みたいことがある」
「はい、私で良ければなんなりと」
「私は、この国が好きである。だが、美鶴城との交易を断って100余年、長く続いたこの城も疲弊しておる。そして最近できた最果城なる場所へ城下町の怪異狩りが移住するようにもなった。一方で私たちは交易を断った憂いもあってかこちらに来ることはない。そして、私の対処できる所まで謀反の波は押し寄せている。つまるところ、この事態を終結させる力が無いというのは本音だ」
武力による国作りを目指した結果が、武力による制圧によって終わる。それは轟自身が考えた末路の1つではあるが、こちらも反撃しなければ面白くはない。そう…武神と呼ばれた漢はとどのつまり戦闘狂いなのだ。
「では、改めてフィアンマよ」
「はいであります!」
「最果城に向かい、こちらにけしかけるように仕向けるのだ。事が始まれば私も出て謀反を起こした者どもに鉄槌をくれてやろう。それで最果城が滅びるというなら…やむなしだ。そして、また私が城主として戻ってきたのなら、この鎖国とも言える状況を覆して、もっと人材や物資を集め、より強固な城にする事を誓おう」
非公式ながら、この状況を脱するとフランは耳を疑った。しかし、それには轟自身が思うところもあった。
「実を言うとな…こんな状態にした先々代…だったかな、もっと深く調査していれば怪異が台頭した原因も分かったろうに、本当に馬鹿馬鹿しい。あとは…峯司のことだ、主要な人材は手中に収めておろう、そして狙うなら金を集めるために美鶴城まで侵攻するだろうな。恐らくは羽振りのいい美鶴城から金をせしめ、その供給源である山脈の鉱山を抑えるだろうな」
長く過ごした仲だからこそ手の内は読める。が、それを超える掌握能力により追い込まれたのは誤算であった。だからこそ、峯司を敵として見定め、完膚なきまでに叩こうと言うわけだ。人の手を借りる状態であっても。
「荷物でもまとめていく準備でもするといい、私もこれから武器と食料でも持って、廃城へと向かうとしよう」
「了解であります。では、このフラン・フィアンマ、生きてまた貴方と会える日を待ち望んでおります」
「早くて5日後だがな、はーはっは!」
その高笑いを聞いて自室へと帰る。そして持てるだけの干物や荷物を泥棒よろしく風呂敷に詰め込んで、夜になるのを待つ。
「さて…出ますか。ついぞ、焔を自分で出すことはできなかったですが、ここまで持ち直したのは重畳でありますな。あとは…最果城主と話を交わして攻め入る準備をしていると持ち掛ければ任務完了であります」
そして城を出て見つからないように立ち回り、魔獣の森へと到達。しかし、途中で休憩していたのが仇となったのか、追いかけられるハメになり、『薄氷』での出来事に繋がるのだ。




