『5』
話を進めて最後にまとめるフラン。内容としては単純明快だ。
「最終的にはここを喰らい尽くして拠点とし、美鶴城まで侵攻すると思われますれば…」
「なるほど…それで、俺たちに何を求める?見ての通り、城とは言えないこの城で、城下町の人は怪異狩りを除いて誰一人この城の雇用で戦闘できる者はいない。そして、単騎特攻ならまだしも相手は軍隊にも等しい大部隊。それから手練れの多さ。どれをとっても俺たちに勝算はない」
その言葉に嘘偽りはない。だからこそ分析する時間が欲しい。九十九は先のことだと思っていたが、今回の件でよくわかった。これは戦の前触れだと。しかし、それでもやらなければこちらが潰される。それは完膚なきまでに。
「だから…この城を明け渡すのでありますか?」
「そんなこと…!」
「フランさん…だっけ?俺は一言も明け渡すなんてことは言ってない。現状で勝てないのなら、勝てるところまで相手を追い込めばいい。それこそ、相手の峯司だったか…首でも取れたら問題ないだろ?」
途端に空気が冷える。それは冬だからとかそんなことじゃない。この人はその技量があって、それを実行しようとしている。そして確信した。…初めの賭けに勝ったのだと。
「いえ…峯司の他に2人ほど抱えの用心棒がありますれば、突破は容易ではないかと。前城主が敗北に追い込まれたのはその2人の成果であったと言うのは過言ではありません。諜報部隊『篝火』の長で、忍である村雨。そして強襲部隊『あらくれ』をまとめている剛力。並の相手ならいざ知らず、歳もそこそこではあれど、武神と呼ばれた轟天一であっても退けることは叶わなかった」
「そうか…ならば、単独での強襲も難しいと」
そして思案に入る九十九。鳴神大戦記の世界において指折りの暗殺者、忍という上級職を極めた実績。そしてオーバーアイテムとも呼べる保有しているアイテム達。そして七海という存在。これらから吟味した上で答えを出す。
「よし、静流子に助けてもらおう。華宮国にはまだ交易実績はないから今回は難しいけど。七海、すぐさま書状を書いて送ってくれないか?」
「うん分かった!どんな内容にする?」
「そうだな…とりあえずは『西紀城が戦の準備をしている、以後注意されたし。それと関係ないが、今後の関税や品物について話したいことがある。最後に個人的に見てもらいたいものが手に入った』と書いて、あとは上手いこと上文とかに綺麗な言葉を書いておけばいいかな。あ、そうだった、出来るだけ汚く書いて欲しい。最低限読める程度でいいから」
「りょーかい。走り書きで書くよ〜」
手際よく手紙の内容について指示をしてから、九十九はそのままよくわからない飛翔体に触れて何やら頷いている。一瞬の出来事とはいえ、ハッとさせられるフランは言葉を紡ぐように述べる。
「い、今の情報でまず一手が出せたのは素晴らしい手腕であります。が、根本的に敵戦力を削ぐことはいかがするので?」
「それは静流子次第だな。あ…静流子ってのは美鶴城の城主代理のことで、懇意にさせてもらってるんだよ。まさか、最初のお願いが城がやばい、助けて〜ってなんとは思わなかったけど」
「は…?今のやりとりでそんな意味があったのでありますか?」
「多分気づいているんだ、美鶴城まで攻め入ると何が手に入るかを…な」
「それは一体…?」
九十九は立ち上がって後ろの書棚から地図を取り出し、それを広げる。それは最近更新されたのであろう、『薄氷』の伐採状況から通れる道を算出並びに現時点の怪異の縄張りについて。そして美鶴城の南に位置する飛石山脈に指差す。
「ここにある鉱山だ。俺たちも懇意させて貰っているから分かるけど、ここの鉄鉱石とか質が良くてなおかつよく採れる。それを武器の強化や防具の補強、そして兵器生産に着手したならば莫大な量が必要だ。それから…金が手に入るだろうな」
「なるほど…最果城と美鶴城を攻め落とせば確実に手に入る資金源。そしてこの領土。ですが、なぜ飛石山脈を横切ってまで取りに行かないのですかね?」
「今の季節を考えれば分かるけど、冬の山は死ねる。それは先代達が教えてくれた教訓だ。しかも冬で活動が鈍いとは言え、山脈を通り抜けて俺たちが探知できない道ならば女王蜘蛛との戦闘もあり得るし、何より気をつけるのは雪崩れだろう。分断されればそれでおしまい。だったらフランさんが単独で抜けることの出来た『薄氷』を通って侵攻する方が被害が少ない。…相手はこっちの戦力については知らないけど、怪異狩り達を通して佇まいとかは筒抜けだろうし」
冬の山とは化物だ。それ自体が怪異だ。確実に体力を奪う雪の路、いつ起こるか分からない雪崩の恐怖、活動する怪異、そして現実世界で起きるようなブリザードと呼ばれる突発的な氷の嵐。それでも行軍すると言うのならばそれで良し。勝手に自滅してくれるだろう。
だが、相手は武装国家と言ってもいいくらいの力を持つ城。突破できるかもしれないが、それは美鶴城にも伝えるこの手紙があればそれで予防線を張れる。だからこそ道は一択しかないのだ。
「ところでフランさん」
「な、なんでありますか?」
「どんな能力…いや、職業で何が出来ますか?…七海、刀を抜いて」
「はーい。ごめんねフランさん」
スッと抜いた煌めく刀身をフランの近くまで寄せる。少しでも動けば斬るという信念が込められた闘気を発し、無意識のうちに手が上に上がっていた。
「えっ、はっ?ちょ、ちょっと待ってください!なんで私に刀が向けられているんですか!?」
「だからごめんなさい。私はわからないんだ〜」
「さて…ここからは質問の時間だ。嘘偽りなく答える方がいい。俺の【気配察知】ってのは単に敵を捉えるだけじゃなくて、相手の感情の動きまで読み取れるみたいだからさ」
ごくりと喉を鳴らすフラン。なぜバレたのか分からなかった。あんなに好意的に話を聞いて、なおかつ作戦を教えてくれていたのに。
「まずは最初。君は轟天一の味方?それとも…峯司の味方?」
「わ…私は」
ガクガクと震える膝、カタカタと鳴らす歯。…この目はヤバい。七海が刀を振り下ろさなくても確実に命を刈り取ろうとする強者の目。否、暗殺者だ。村雨とは違う、明らかに格上の雰囲気。
「…轟派であります」
「嘘はなさそう?」
「うん。…じゃあ次。轟天一は今もなお生きている?死んでいる?」
「…生きているであります」
「次、君の職業は?」
「…魔女、焔の魔女であります」
「次、技能は何がある?」
「…い、今は【火属性・優】でありましたが、【火属性・可】にまで落ちたであります…。だけど、それを補うために【増幅】で攻撃できるであります…」
チラリと七海の方に一瞥すると七海は答えてくれる。
「確かに最初に会ったときに火打ち石を使おうとしてたね。霊力があるからそのまま使えば良かったのにって思ってたんだ」
「嘘はなさそうだが…重要な技能はまだあるな…そうだろ?」
「…はい。ーーーーーー【未来視・良】。特殊なことをしないと出来ないでありますが、的中率は9割であります」
「それは今日でも可能?」
「出来る…!…なので、この刀を下げて欲しいであります!」
「了解。七海いいよ。何となく分かった」
「へ…何となく?」
半ば尋問にも似たそれは雰囲気の緩和をもって終結する。刀を鞘に戻して九十九の横に鎮座する七海。先ほどまで首を取ろうとしていた人物とは思えない。もちろん九十九の方もだ。
「事後で悪いが大変失礼なことをした。…これはこの城の進退を決めると言ってもいい大事なことだったんだ」
「いや、え、何が何だか…」
「俺は君を間者だと思っていたんだ。さっきも言っただろう?【気配察知】は相手の感情も読めるんだ。話の節々で好機と思わんばかりの感情の起伏。だからこそ、探りにきた…それこそ峯司の手下じゃないかって。下見に来ただけなのかもしれないし、そのまま君の力で放火することも出来るかもしれない」
「私は…そんなつもりは…」
そんなつもりは毛頭ないとは言い切れない。実際、轟天一と話したことはこの城を転覆させることになりえる可能性のあることだ。そしてフランは思い出す。自分を逃がしてくれた轟天一との最後の場面を。




