『4』
今日も今日とて七海は外に出て怪異を狩る。ついこの間、二段になることができ、受けれる仕事も増えてきたのだ。初段だと平原以外の怪異と単独で接敵することができて、二段だとその範囲が広がる。三段になれば自ら部隊を組んでその長になることができるし、四段は大部隊を持つことができる。そして、五段以上にでもなれば同盟を作ることができるのだ。
七海のこの世界での夢とは…『八百万』を作ると言うことだった。もっと九十九と距離を詰めたいというのもあるのだが、それとこれは話が別だ。この世界に初めて来て、七海もまた二神藤吉郎と対面していた。
「ここは…って変わってないけれど…九十九の代わりに知らない人がいる…」
「ようこそ鳴神大戦記へ。儂は二神藤吉郎、このゲームの…いや、今はこの世界にいるただのジジイじゃ」
「二神藤吉郎って…この前死んだはずじゃ?」
「現実ではな。じゃが、ここは仮想空間。儂が独自に作り上げた別サーバーといった方が分かりやすいかの。精神をまるごと移譲してここで余生を過ごすつもりじゃったのじゃよ」
「それは何と言うか…ごめんなさい」
頭を下げる七海に手を振って静止する二神。罰が悪いのか表情は怪訝そうだ。
「この世界にお主らが来たのは全くもってイレギュラーなことでの。よもやエンドコンテンツで獲得したアイテムを儂がこの世界に来てから使うとは思いもせんかった。それがトリガーとなってこっちの世界に移るとはの。巻き込んだのはこちらじゃ。嬢ちゃんが謝る必要はない」
「とりあえずログアウトして、九十九に連絡…ってログアウトがない?」
「この世界は儂が余生を過ごすために作った場所、はなから出る気など無かったでの。じゃが、保険として用意していた脱出方法はある」
「それは…?」
「お前達も参加したじゃろう『深淵城攻略戦』。あれをもう一度達成することになる。じゃが、前回は勝手に中身を変えられてヌルゲー化されてしもうた、じゃから儂が元のあるべき姿に戻した。難易度は高くなっとるじゃろうな…」
「他にはないんだね…。だったらやるしかないかな〜。このことは九十九は知ってるの?」
「いんや、今はまだこちら側に来ておらん。あんたが転送されたら次は九十九とやらに話をしようと思ってたのでな」
「…やります。多分九十九も同じ意見だと思うから。それにしても元から選択肢はないだろうけど」
「うむ、ではこの世界を楽しんでくれ。あぁ、くれぐれも死なぬように。仮想現実とはいえ、この世界での死は現実での死。そこだけは忘れてくれるなよ」
「わかりました…。最後に一つ聞いてもいいですか?」
「ええぞ、なんじゃ?」
「この世界で子供って作れるのかなぁ…って」
モジモジとする七海に呆気に取られてしまったのか二神は大きく笑う。
「かっかっか!なんじゃお主は九十九とやらを好いておるのか。まぁ、なんじゃ断言するが作ることは可能じゃ。じゃが、あまり肩入れするでない。もし現実に戻ったら取り返しのつかんことじゃからな」
「わかってます…が、あの『深淵城攻略戦』は私も参加してその強さがわかってます。だから、この世界に永住する選択も出てくるかもしれません。そうなった時に私はどれくらい歳をとっているのかわかりません。現実で死ぬくらいなら二神さんみたいにこの世界でずっといる方がいいかもしれませんし」
その言葉には重みがある。この短時間で先を見てそして考えた結果だ。この世界に生きるということがどんなことかも理解はしているつもりだ。
「あー、その言いにくいんじゃが、現実での時間は経過せんぞ。あくまで精神がここに囚われているだけでその他は止まっていると言ってもいいじゃろうな。だから、そんなことは気にせずに大いに楽しめばいい」
「えー…私の決意を返してください…」
締まらないが、時間がやってくる。世界は白くなるとそのまま元の殿の間に変わっていたようだった。
と言うのが初日の出来事。色々と先の見えない状況ではあったが、それでも2ヶ月も経てばやりたいことや、やるべきこと、どうすれば九十九の助けになるのかを考えた。そして行き着いたのが殿としての楔が九十九を縛っている。だから、その隣にいる私が動いて解決すればいいのだと。
先日の『薄氷』での出来事は九十九も出なければならない事態になり、あまつさえ負傷までさせてしまった。笑顔を装ってはいたものの、内心は気が気でないほどに動揺していたのだ。
「よし…!今日の討伐はおしまい。今日はリポップした平原の主と煙々羅、それから機尋だったかな。平原の主は通常攻撃でも倒せたし、煙々羅は【魂魄開放】で有効打を与えれた。機尋は元が布地だから刀と相性よかったね」
平原の主は餓鬼の大きいもので、初段の際にも倒してからリポップし、暇があれば討伐している。
煙々羅は煙の怪異であって、それを倒すためには風を起こしたり、水をかけたり、とにかく斬撃以外の術で攻撃することが常套手段であるが、侍の技能で【魂魄開放】が使える七海にとっては、憑依型・不定形問わずダメージを与えることが可能となる。
機尋とは「はたひろ」と読む。布に怪異が憑依し、蛇となり襲い掛かる怪異だ。敵に巻きつき窒息させたり…というか、それくらいしかない。上手いこと上下に切り分けて無力化したら刀を突き立てておしまいだ。
物足りない…というのは自分の力を知ったから。だが、無力だ。この世界基準で見れば相当に強い部類かもしれない。だけど、小鈴の師匠や、武神とまで呼ばれる轟天一、そして深淵城の怪異たち。それらと今、対峙してみればどうだろうか?九十九にすら単独で勝利したことは無い。井の中の蛙、それが今の自分に相応しい称号だろう。
「今日も血まみれになっちゃった。また町の人に怖がられちゃうな…」
実際、町の人からは称賛の意味を込めて『血塗れ一刀斎様』なんて呼ばれている。これはベテラン兄弟が広めたらしく、個人的に強さを表す上ではこの上ないかもしれないが、それでももう少し良い肩書きがあったろうと考える。七海が町の人が怖がっているというのは単に憧れの的として近寄りがたいだけで、人々からは畏れ多いだけなのが現実だ。
『薄氷』と最果城下町との間にてそう考えていると、息絶え絶えになった人がこちらに走ってくる。白い息を吐きながら身体は汗をぐっしょりとかいていて、羽織っているローブがピッチリと引っ付いているため、その肢体の良さを浮き上がらせる。
「大丈夫…って、外人さん?」
「ひぃ…ひぃ…ひぃ!?血塗れのお化け…!」
汗によるものなのか、それとも自前のものなのか、その銀色に光った癖っ毛と、現実世界でも見ないくっきりとした顔に綺麗な白肌。そんな彼女が七海を見て腰を抜かしてしまったようだ。それでも太ももあたりのポケットから火打ち石を取り出し叩こうとするが、汗で濡れたのか火花は出ない。
「汗で火打ち石も着火しない…!あぁ、目と鼻の先なのにここで終わってしまうなんて…」
「あの…1人で盛り上がっているところごめん、私人間です」
「ふぇ…?あー…そうでしたか。では…安心ついでに手を引っ張ってください。腰が抜けたであります」
「えー…」
手を差し伸べて引っ張り上げる。尻についた砂を払って息を整えて心拍数が落ち着いた頃に身を正し終える。そして左手を胸元に持っていき、軽く会釈を行う。
「私は西紀城からやってきました、フラン・フィアンマと申します。西紀城の追手から逃げてきて、今ここに辿り着いた次第で…」
「追手…ということは、何か悪いことしたのかな?」
「いえ、私は元々雇用されていた側であります。最近、西紀城の上層部が次々と軍事や怪異狩りの関係者の中でも戦闘能力の強い者たちを中心に、多勢に無勢、時には暗殺したり、そして生きて捕らえたならば地下施設にて強制的に労働させているのです」
突拍子もない話だ。静流子から聞いていた話だと最近は進行もあり得ると言うことだったが…。
「うーん、正直聞いていたのと違うから戸惑っているってのが本音。何か他に情報はないの?…あ、いや急に初対面には話しづらいかな」
「いえ…大丈夫でありますよ。私は城主の近衛仕えとして働いていたので、そこらへんは問題ありません。…先日、城主である轟天一は崩御した…とは思えませんが、現在は宰相の峯司児玉が実権を握っております。…私は轟天一の助けもあり城から抜け出すことができたのでありますよ」
「ということは…今ものすごく状況が悪い?」
「左様で。私が宰相ならば、今働かせている者たちを戦に呼び出し、最果城並びに美鶴城を陥落させたら解放すると念書を押させるでしょう。つまり…戦力は落ちるとも、国力や個人の能力の上では十二分に陥せると言うことです。…だからこそ私はいち早く最果城主にお伝えしなければならないのです!」
すごい剣幕でこちらに訴えかける、その姿だけで信用に値すると判断する。これで嘘ならば余程の演者である。ならばこそこちらの身分も明かさねば無作法だろう。
「私は一ノ瀬七海。七海でいいよ、フランさん。最果城の…うーん、役職はまだ決まってはないけれど、城主の幼馴染だから、今の話を持っていくことはできるよ」
「あぁ…ありがたき幸せであります」
改めて手を握り、感謝の意を示すフランに七海は直接の感謝をされなれてないのか少しだけ照れくさい。
「よし、善は急げだよ。私たちの城に案内するね。途中怪異が出たら私に任せてね」
「よろしくお願いします」
2人は平原を横切り最果城下町に入る。所々で『血塗れ一刀斎様だ!』などと遠巻きに見ていることを半ば無視して城へと駆けて行った。
「七海様!また今日も血まみれで…お怪我はありますか?」
「特になーし!お客さんが来たから、ちょっとお風呂借りるね。沸いていたらだけど」
「では、九十九様には帰ってきたことを先に伝えておきますので、御二方は身を清めてくださいませ」
「やはり本当に重鎮なのですね…これはこれは」
フランを連れて風呂場に向かうが、ぬるま湯状態だったため、少し冷たいながらも水を被り拭き上げて血のりや汗を流す。雑務員にフランの分の服を用意してもらっていたため2人は同じ和服を着るが、銀の癖っ毛は解かれず、やや似つかない感じの外国人観光客が完成した。
そして…内政に忙しい九十九の元に着くと2人揃って九十九への状況説明を始めたのだった。




