『3』
『薄氷』は九十九達の尽力もあって木の伐採が進められて道一本に至ってはなんとか迷わずに進むことが出来る。その間を息を切らせながら走る人影。
「はぁ…はぁ…もうダメであります」
「ここから道がひらけているぞ…いた、焔の魔女だ!!足を射抜け、無理なら殺してしまえ!」
黒を基調とした膝下まであるローブに身を包む女性に対して、武装した男たちが集団で取り押さえようとしているようだ。焔の魔女と呼ばれる彼女は振り向きざまに手を翳して霊力を高めて何かを放とうとする。
「【紅蓮五芒星】…霊力はあるのになんで…!?」
「やはり…焔の魔女は炎が出せない!いけ、この先で捕らえよ!」
迫り来る男たち。必死に逃げる彼女への距離はどんどん近づいてくる。しかし、彼女はニタリと不穏な笑みを浮かべる。
「術は発動できないけれど…こう言うのがあれば問題ないのでありますよ?」
彼女が手にしているのは火打ち石。それを近づく男の正面に向けて打ち鳴らす。火花が飛び散り、威嚇でもしているのかと男は怯まないが、彼女から練り上げられた霊力が髪の先から紅く染め上げて、霊力が放出されると火花を媒体として増幅を繰り返す。
「【増幅】【紅蓮五芒星】!!」
宙に描かれた炎の五芒星。凄まじい熱量を伴って完全無防備な男たちに迫り、遂には焼き焦がす。鎧は溶け、皮膚は爛れ、そしてもがく姿に一瞥だけすると颯爽と走っていく。
後ろの方に控えていて指示を出していた男は肉の盾もあってか比較的軽症らしく、苦しむ他の者を置いて任務の継続をしようと立ちあがろうするが、そこには思いもよらない存在が木の上で待っている。
風を起こし、集団で襲ってくる怪異…天狗の姿。土蜘蛛とは違い、冬でも活動できるように家畜の外皮やかつて人間の落とした軽鎧などを纏っていて、問題なく動けるようだ。持っている扇を立ち上がる男を中心に一斉に振ることで風の渦ができる。それは礫を巻き込んだものだが、普段は行動が阻害されるだけのものだ。しかし…今回は勝手が違う。
「ぐぎゃぁぁーーーーーーッ!!」
周りに着火している炎を巻き込んでそれは渦となり男の皮膚を全てを焼き尽くす。狭間から覗く魔女はすでに小さくなっていて、最後の瞬間を見ることなく目の水分、身体の原型、着込んだ服に至るまで焼き尽くしてしまった。そして動かなくなった肢体に群がる天狗の群れは、焼けた肉を切り分けご馳走のように喰らうだけであった。
「なんだ…私のトラウマもそんなもんでありますか…」
彼女自身も虚をついたとはいえ、あれだけの攻撃でやられるわけはないと後ろを振り返ると、その光景が目に入る。熱がこちらまで放出されていて、これが今みたいに走ってなくて、ただの冬祭りの会場ならな〜と若干人の死に対する感情の欠如を認めながらも目的のために走って森を抜け出した。
九十九が静流子との会談を済ませ幾日が過ぎた。内政に力を入れながらも鍛錬を欠かすことはしない。疑似戦闘と称して武器は木製の物を使い、七海や小鈴と共に戦闘を行なっている。ルールは攻撃系の技能を使わないということ、降参宣言、真剣なら確実に倒せる状況になるまで試合を行うというもの。九十九1人に対して2人は攻撃の手を緩めない。
「流石に忍者に攻撃は当てづらい…ね!」
「ははは、【単独行動】のお陰で能力上がってるからな…そぉれ!」
七海が刀を振るうがそれを紙一重でいなす九十九。小鈴も機を図って攻撃を繰り出すが、止められるか手で払われて有効的な打撃とはならない。そんな中で九十九は急にしゃがみ込むと足払いを一閃お見舞いする。
「にゃにゃっ!?」
「小鈴ちゃん!?」
「はい隙あり…俺の勝ちだな」
「うー…気を取られて反応が遅れたよ〜」
気がつけば地面に突っ伏す小鈴と、喉元に木の短刀を突きつけられた七海は手を上げて降参の意を示す。
「【単独行動】強いよね〜、それ解除できないの?」
「なんだろうな?勝手に発動するし、まぁ…俺としては死ににくくなるからありがたいことだけど」
「うにゃ〜頭がぐわんぐわんするにゃ〜」
「おっと…ごめんよ小鈴。ちょっとばかし気合を入れ過ぎた」
「大したことはないにゃ…急に脳が揺さぶられた感じがするだけにゃよ」
倒れた小鈴に手を貸して起き上がらせると、昼間というのもあってか霜柱は溶けて、小鈴の服は汚れてしまったようだ。
「うにゃー汚れたのにゃー…」
「汗もかいていたしね〜、とりあえず新しいのに着替えて洗濯しようか」
「そうなのにゃ〜…よいしょ」
「ばばば…小鈴、ストップ!!いや、止まって!!」
「ーーーーーーにゃ?」
「…天誅!」
「ぐげぇ…。いや、俺悪くない…」
強烈な一閃で九十九はフラフラと地面に倒れ込んでしまった。小鈴は羞恥心があまりないようで、その場で脱ごうとしたのを九十九の忍者のスキルである【単独行動】のおかげか世界はスローモーションとなり、舐めるように見てしまった。くびれがありながらも締まった腹筋に、わずかな膨らみを覗かせるその瞬間を。しかし、高校生の性への興味よりも理性が今回は勝ったようでちゃんと止めるように伝えたのだが、七海の天誅の餌食になってしまった。
「みなさん、そろそろ昼ごはんができま…おや、九十九様が負けてしまったのですか?」
「そう!私が成敗したよ〜」
「にゃー、ベトベトにゃよ、早く脱ぎたいにゃ」
「小鈴ちゃん、お風呂場で着替えてきてね〜。…それと男の前ではそうやって脱がないように」
「にゃにゃ…なんだか怖いのにゃ、分かったにゃよ」
そう言うとパタパタとお風呂場へと向かう小鈴。完全に伸びてしまったのか九十九は地面に大の字で横たわっていた。それを木刀でペチペチと叩くと九十九は目を覚ましたようだ。
「んぁ…って、痛かったぞ七海」
「ふん!あんな鼻の下伸びた顔してたら誰だって叩くよ」
「そんなに伸びていたのか…?」
「まるでお猿さんだったよ。これは今日からツクモザルだね」
「理性が勝ったから許してよ〜。って、俺も汚れたな…風呂に行くか」
「い、ま、は、ダメ!!小鈴ちゃんが入ってるからあとで!…まぁ、私は入るけどね〜。そのまま服を汚したまま反省してなさい!」
「うへぇ〜い」
気の抜けた返事をする九十九、そして若干怒りながらお風呂場に向かう七海。そんな様子に外野にいる六花達も話をしてくる。
「ありゃ〜九十九が悪いぜ。止めたとはいえ、あんなにまじまじと見たら七海も切れるってもんよ」
「猫の裸など見て興奮するのか九十九は?なら我もその対象ということかの?」
「いや…俺はロリコンじゃないから…」
「そのロリコンってのは分からないが、七海って正室がいるんだから、昼間っから他の女に鼻を伸ばすのが悪いよな」
「ーーーーーーッ!な、七海は正室とかそんなんじゃなくて…た、ただの幼馴染だから!」
「…はぁ、これは七海様も苦労されますなぁ」
「私も同感だ」
「何か言ったか田門丸?」
「いえいえ、ささっと着替えて食事を取りましょうと言っただけですよ」
「そうか…へぶちっ。あー冬はやっぱり冷えるなぁ。そうだ、風呂上がるまで誰か相手しないか?」
「私は得物が銃だからな、今回は無しで。的を狙うのとかは得意なんだけどな」
「寒いなら我の術はもっと寒くなるぞ?」
「私はこれから配膳しますので無理ですかね〜」
「そうだよな…風呂までそこの焚き火で暖をとっておくよ…」
とぼとぼと焚き火に手をかざして温もりを得る。そこから数十分も火はあれど外に待機する九十九。汗で冷えた身体と湿った服のせいで次の日には微熱を起こして布団から出れなくなったのは別の話だ。
「さて…せっかくだし私たちも風呂に入るか。温泉もいいもんだが、ここの風呂は別格にいいしな。それと珍しく昼間に湯が沸いているから運がいいぜ。っと、ほら氷華もいくぞ」
「わ、我はいい。昨日沐浴したし…」
「まだ湯船には入ったことないだろ?遠慮するなって。…それとお前、たまに獣くさいからな」
「う、嘘じゃ!我は魂魄じゃぞ!」
「現界してるんだから人と一緒だっての。…元は玉藻前から生まれた狐なんだからよ。ほら行くぞ〜」
「今の我は獣臭くなんてないのじゃー!」
叫び虚しく風呂場へと連れてかれる氷華に、風呂が好きなのか上機嫌な様子な六花。女性陣は風呂へと向かっていった。
先に風呂場に到着していた小鈴はすでにお風呂に浸かり顔がとろけている。そこに七海が手ぬぐいを持って入ってきた。
「私も入るね〜、あー冬だから本当に寒いね。ちょっとお湯もらうよ〜」
「どうぞにゃ〜」
風呂からお湯を汲みかけ湯をする七海。宿だったりには五右衛門風呂があったりするが、町では一般的には沐浴と呼ばれる手ぬぐいに水を浸して体を拭くことであるが、蒸気浴を行える場所もある。しかし…そこは混浴であるため七海は一度行ったっきり井戸水で身体を流したりしていたり、贅沢に五右衛門風呂だけを借りに宿に行ったりしたそうだ。
一方で、城だと一斉に入ったりするため贅沢に大きめに魔獣の森産の木材で組み上げた木風呂となっている。
それは『薄氷』から伐採が決まったその日に七海が提案したもので、すぐさま組まれてこうして生活水準を上げるのに貢献した。かけ湯が終わると七海も風呂に浸かり気の抜けた声を出す。
「あー…傷はないけどお湯が染みる〜。あ、小鈴ちゃんは怪我はなかった?」
「にゃあはないにゃよ〜」
「…それにしても猫は水が嫌いだと思ったけど、獣人は違うんだね」
「にゃあは風呂が気持ちいいから問題ないのにゃ〜」
腑抜けた顔をして肩まで浸かっている小鈴に対して、七海はゆったりと胸くらいまで入っている。しばらくお湯を堪能していると六花と氷華がガラガラと扉を開く。
「今日は私たちもお邪魔するぜ〜」
「結局負けてしもうた…お、中々にあったかいの〜」
「いらっしゃーい」
かけ湯そこそこに2人も湯船に浸かり、4人とも顔が綻んでいる。
「ふー、やっぱり何度入ってもいいなこりゃ。蒸気浴だと男もいるから、時間を狙ってくるしかねぇしな」
「そうそう、私もそれが嫌だから普段は井戸水汲んで身体を洗ったりしてたよ〜」
「にゃあは気にしないけどにゃ〜」
「我も同じく」
「ダメだよ、女の子なんだからそこら辺は気にしないと」
「まぁ…襲われたら周りの女どもで成敗してやるが、七海なら問題なく倒せそうだしな…。っと、意外に胸大きいのな」
湯に浮く双丘。六花も同じくそうなのだが、普段の服装だとここまで大きいとは思ってもみなかった。
「普段はサラシを巻いて潰しているからね〜、窮屈ったらありゃしない。でも、巻かないと動きづらいからね」
「本当にデカい乳じゃの。まぁ、六花ほどじゃないけど」
「私はタッパもでかいからな。それに比べたら絶壁だな氷華は。猫娘の方が何倍も膨らみあるじゃねぇか」
「我はこれでいいのじゃ。脂肪の塊が無くとも問題ない。それともう大きくはならんから、いらぬ心配じゃ」
「にゃあも大きいのは動きづらいしいらないのにゃ〜。でも、前より大きくなったのは否めないにゃ」
「食べるものも変わったし、よく動いているからね〜。それにしても六花さんはくびれもあっていい身体だよね」
「女としてはな。だが、怪異狩りとしては七海の方がいいな。腹筋は若干とはいえ割れているし、他も筋肉がついて強そうだ。私は銃を使うから、近接戦闘がない分、そこまで動けてないってことだ」
「その点、猫は普段から走ったり拳で戦っておるしの」
「にゃあは武闘家だから、他の武器があんまり扱えないのにゃ。匕首って小さい刀や、鎖鎌とかの暗器武器なら使えるんだけどにゃ」
「私は主に刀だけかな。他にも棒術や短刀も使えるけど、技能が刀ばかりだから使ってないや。氷華ちゃんは何か使うの?」
「うーん、我は戦闘時は霊力使って氷で攻撃するくらいじゃの。槍を出したり出来るが、手で持つのはしたことないのじゃ。この前回収してもらった大幣はあくまで術の補助じゃな」
風呂場にて乙女な会話がなくなってしまったが、六花がそれを破るように話題を提供する。
「そう言えば七海は姫なんだろ?九十九とは子作りとかしてねぇのか?」
「こーーーーーー!ししし、してないよ…まだ」
「はぁ…初心だなあんた達。跡継ぎも必要になるだろ、仮にもって言い方は変か。実際に城主とその幼馴染だっけか、それでも一緒に寝てるんだからよ。って、まだってことはいずれはって感じか?」
六花はあくまでも悪意なく尋ねる。それを七海は読み取ったのか反論することは出来なかった。
「それは…あと2年は待って欲しいかも」
「2年!?それじゃあダメだ、明日にでも襲え、夜這いしろって、九十九は否定してたが殿であれば正室とか側室とか跡継ぎが必要だぞ?現に西紀城だと5人くらい子供がいるらしいからな。まぁ、美鶴城は珍しく娘1人だが」
「ーーーーーーこの話は終わり!私は私のペースで九十九にアタックするから〜!」
ザバンと湯船を出て外へと逃げるように出る七海。顔は風呂のせいだけではなくとても真っ赤で、それを見られまいと手で覆い隠すのだった。
「にゃあ…七海も九十九もたまに分からないことを言うのにゃ。にゃあはその度にポカーンとなるのにゃ〜」
「ま、奥手だがどっちも好意があるのは丸見えだしな。あとはどうなるか分からねえけど、進展すれば御の字だ」
「我はそもそも元は魂魄じゃから、そう言うのは分からんが、好意があるのは我にも分かるわ」
「正直、もどかしいよなー」
その後、話をそこそこに風呂を出るとすでに七海はおらず、昼食の場に顔を赤らめて鎮座しているだけだった。




