『1』
時は流れて12月。世間では師走と呼ばれるその時期は、城下町も特に忙しく行商は行き交い、年を越すための準備を行う。もっぱら最果城にて内政に尽力している九十九はそんな世間のことに気をかけている暇はなかった。
この1ヶ月で成せたことと言えば、主に魔獣の森の伐採作業だ。狭いながらも森を二分割する形で敷かれた土の道。山脈や海を通らずとも陸路で渡ることができるため、多くの怪異狩りが最果城下町に拠点を作るきっかけにもなった。
その他には美鶴城への輸出項目が増えたことだ。北の海では豊富な海産物が、そして魔獣の森から木材が採れる。海産物に木材と城下町でも消費しているがいかんせん余りが出る。昆布は取れすぎて、木材も魔獣の森から伐採して売り捌く。それでも消費が追いつかなければ単純に木材や、それを加工した木炭や工芸品を出荷する。
それらを輸出しつつ、美鶴城からは保有している鉄鉱山から鉱物を掘り出してもらい、それを輸入して鍛冶屋が仕立てる。そして、この町に来た怪異狩りに買ってもらったりするという流れ。
しかし、冬場ということもあってか寒さに強い怪異達以外は特に活動していないようで、まるで動物と変わらない。そのため、いかにして留まらせるかが課題というわけだ。
「で…内政なんだが、少しばかり面倒くさい要件ができた」
「へー…」
「炬燵に潜り込んで生返事するんじゃない。…美鶴城から城主が挨拶に来るそうだ。と言っても代理城主らしいけれど」
炬燵から顔を出して返事する七海。日本の冬はやはり寒い。霜柱が立って、足を踏み締めさくさくと音が鳴る。そんな時こそ暖房器具が必須であり、湯たんぽや炬燵と言ったものを九十九はお願いして作ってもらっていた。とは言え、近代化した電気は使えないため、豆炭を入れたりして熱をとっているので頭をいれることはできない。反対側には小鈴が顔を出して微睡んでいる。
「こっちに来るんだね〜。どんな人なんだろ?」
美鶴城にとっても、懇意にしている最果城とはこれからの便宜も含めて交流を図りたい目的がある。九十九自身も、他の城を見たことがないためどのような運営をしていくのが良いのかと意見交換できる良い機会だ。惜しむらくはあちらに赴くことができないのが残念な点であるが。ちなみに今の城主は娘さんがしており、父は病床に伏せったために代理として幾年経っているそうだ。
父の輸出入に重きを置いた内政をそのまま引き継ぎ、つつがなくこなしている点において、相当なやり手なのだろうと考える。
「うーん、文面だととにかく真面目な印象を受けたよ。字も綺麗だしさ。ガサツな俺とは違うな」
「確かにね〜」
「そこは否定して欲しいんだけどな。とりあえず見てみるか?」
「うん、見る見る〜」
文面に書かれていたのはとにかくかしこまった文面であり、高校生の九十九からして初めてとも言える正式な文章だ。
『師走を迎え、ますますご多忙の時期に恐れ入ります。冬のひだまりがことのほか暖かく感じられる寒冷の候、行く年を惜しみながらも、新たな年に希望を馳せるこの頃、気の忙しい時期ではございますが、最果城主様並びに城に仕える者、城下町の民草に至るまでお変わりなくご健勝にて何よりと存じます。さて、この度交易の運びとなりまして二月と余日、美鶴城の民も質が上がり、寒さに負けることなく豊かな暮らしが送れることに誠に拝謝致します。来る十二月の七日、午の刻になりますが、感謝の念を直に伝えたく、初顔合わせの意を込めまして訪問させて頂きたく存じます。恐縮ではありますが、ご高配くださいませ。美鶴城主代理・猪俣静流子』
達筆な字、そして流暢な言葉使い。とてもじゃないがこんな自分がお会いしても良い方なのかと萎縮してしまう。
「これは…すごいね。私も書道はやらされたけれど、ここまで上手いのは見た事ないよ」
「とりあえず粗相の無いように振る舞わないと…城主として顔を突き合わせての初めての外交だからな。好印象を与えられればいいんだけど」
「ところで…もう明日だけどどうするの?」
「そこなんだよなぁ…」
城主代行とはいえ、お嬢様だ。威厳を見せるつもりは毛頭無いが、それでもいい格好はしたい。でも、そんな経験の乏しい2人は無い知恵を絞りながらもてなしの準備を進めていく。
そして当日の朝。正午に来るであろう時間に合わせて巳の刻からいつでも来ても大丈夫なように門番の田中を中心に出迎えの準備は整った。そして、九十九と七海は現世での知識を使ったお茶請けを作ろうと昨日から作成し、いつでも出せるように準備した。訪問の間は粗相がないように城の者には裏方に回るように指示もし、これで粗相があればもう仕方ないだろう。今か今かと待ち受けている九十九は七海と共に殿の間にて足を崩して座っている。
「とにかく話を聞いて、いい気分で帰ってもらおう」
「そうだね〜」
緊張は増して互いに無口になるが、その均衡を破るように小鈴が部屋に入ってくる。
「九十九〜美鶴城の人が来たみたいにゃ〜。だけど、誰も連れていなくて揉めているみたいにゃよ」
「1人で…?とりあえず対応するよ」
そう言うと戸を開けて外に飛び出していく九十九。それを七海達はポカーンと見ていた。
「まぁ、二階建てだからね。飛んではいけるか」
「そうだけど、中々思い切るよにゃ〜」
すぐさま門にまで到達して門番に事情を聞く。その傍らには少し年上の女性が立っていた。
「だーかーらー、うちが美鶴城の代理城主だってば」
「そ、そう言われましても従者が1人もおらず…」
「暇を出して町の散策に行かせてんですわ。こんなか弱い少女が1人で来れるわけないやろ?なぁ、そこの兄さんも思わへん?」
「え、俺?まぁ…そうだけどさ。とりあえず名前だけ聞いても構わないかな」
「うちは猪俣静流子や!父の厳鶴の娘で代理で城主をやらせてもうてます〜」
「き、君が猪俣さん…?」
その瞬間、手紙から読み取れる理想というのが音もなく崩れた。そんな気がした。もっとこう…お淑やかで雅のある女性を想像していただけに、現実で言えば関西弁、庶民が着るようなラフな和服で、腰まである長い髪を先の方で束ねている。
「お…俺は城主の五条九十九…です。今日はよろしくお願いします」
「お、あんたが九十九か。よろしゅうな〜」
「…では、小さいところですが案内します。こちらへどうぞ」
「か〜、城主自らお出迎えとは至れり尽くせりやな。ほな頼むで」
それからどんな建物か、町の様子、輸入している鉱物の良し悪しを聞いたりと、回るうちにそれとなく仲良くなれた気がする。
そして、腰を据えて話をするため殿の間にて対面して話を設ける。
「改めて…本日は美鶴城からようこそお越しくださいました。おれ…私はこの城の城主…と言っても成り立ての新米ですが」
「そんな畏まらんでもええよー。歳も近いさかいに。私も代理でやらせてもうて、まだ2年しか経ってないで〜」
「じゃあ…お言葉に甘えて。正直堅苦しいのは苦手なんだよな。…って、2年もしてれば大したものじゃないか」
「そんな〜大したことあるけどな〜」
「大したことあるんだ…」
「で、手紙にも書いたけど、木材とかが不足しとってな…でも、ありがたいことに今年の冬は越えれそうや。ほんまに感謝、感謝やで」
「そう言ってもらうとこっちも嬉しいな。鉄鉱を輸入させてもらって怪異狩りに対して武器とか作れるしね」
「まぁ…こっちとしては一石二鳥なわけやけどな。いつもは華宮国の四龍城と取引しとるけど、あっちは木材やのうて、砂糖とか果物などの食料品や嗜好品を輸出してくれるってことやな。見返りとして同じく鉄鉱を渡しとるけど」
「それじゃ…鉱山とかがある感じかな?」
「そうゆうことや!南の飛石山脈を川の上流から分けてこっち側がうちらの治める地域でな、そこで採掘することが出来るっちゅう訳や。翼獣人と麓に住む犬獣人が手伝ってくれて、おかげさんで美鶴城は潤っとるってことやな〜」
飛石山脈とは実のところ初めて知った。地名については人からの又聞きが多いし、何よりそっちの方には九十九は出かけたことがない。それと他にも獣人が沢山いるみたいで、その身体能力を活かして内政に組み込む辺りが前城主の手腕の高さを思い知る。
「こっちは正直なところ何が取れるかって言われたら、魔獣の森から木材を、それと北の海から昆布などの海産物。…それくらいしか無いんだよね。南の飛石…山脈か、そこから鉄鉱が取れればいいかもしれないけれど」
「あー…難しいんとちゃうかな?こっちは兎も角、そっちに関しては女王蜘蛛や鵺が生息してるらしいし、翼獣人の住処らしいのもほとんどないやろな。開拓したら何かあるかもしれんけど、大元をどうにかせんことにはそれもあかへんってことや」
「そうか…中々に厳しい状況だな、最果城は…」
「でも、最近はこっちから怪異狩りに出るもんも多いで。海に住んでる半魚人や、魔獣の森の天狗達、山脈の入り口付近なら人面羊とかいるわけやしな」
「怪異がいるのも一長一短ってことか」
それぞれの城周辺の内情についてはそこそこに話を進める。すると目の端で七海が手を振っているようで、恐らく準備が整っていつでもお茶請けを出せるようだ。
「では、そろそろ一旦休憩にしよう。お口に合えばいいけど、俺達が作った甘味を食べてもらおうかな。七海、出してもいいよ」
「はーい。それじゃ…失礼しまして」
それぞれに小さい足付け膳が持って来られるとそこには透明なわらび餅と抹茶、そして横に添えられたきな粉が置いてある。七海はというと、九十九の横に自分の膳を持ってきて一緒に座っている。




